事件の余波2
学校再開翌日の朝、代理の担任が教室に顔を出した。
冷たい目をした金髪緑眼の長身の男、服装は上等なもの。
教員は静まり返った教室の中を大股で歩いて教卓の前まで行くと、深くため息をついた。
「君たちの面倒を見ることになったレヴァンだ、劣等生としての自覚を持ち、くれぐれも他の優秀な生徒たちの足を引っ張ることなどしないように。特に上級クラスの貴族の方々への迷惑は万死に値する。退学届はいつでも受け付けている」
それだけ言い放つと、男は生徒たちの反応を見ることもなくさっさと教室を出ていってしまった。
「――レヴァン先生!」
ドアの外からウィクルリクス先生の怒鳴り声が聞こえる。
「リクス先生、怒鳴ることってあるんだ……」
どっちかというとウィクルリクス先生の怒鳴り声にショックを受けているらしい。
ぼくはホランド先生だからあまり交流ないけど、いつも穏やかで他の生徒たちから慕われているとは聞いていた。
いやまぁ、初手からあそこまで酷いと怒りとか悲しみとか不満とか通り越して『ぽかん』となっちゃうよね。
代理の担任はなかなかおもしろい先生らしい。
■
「すまんな、ウィルバート先生は聴取が終われば必ず復帰するから、少しだけ我慢して欲しい!」
ホームルームの後はウィルバート先生が基礎科目の授業を始めるんだけど、うちのクラスは副担任のアレクサンダー先生とウィクルリクス先生が交代でやっている。
どうやら代理の担任は劣等クラスでの授業を拒否しているようだ。
……代理とは。
「これなら副担任の誰かが代理をすべきだったとおもうんだけど」
「そうよねぇ」
そんなこんなで午前の授業が終わった後、ぼくはDクラスの面々と本館のラウンジでお茶を飲みつつ疑問を呈していた。
すぐに復帰する予定があるなら、わざわざ新しい代役をねじ込むのは不合理だ。
「……流石にいないか」
「どうしたの?」
「何でもない」
平時なら悪戯っ子のハリード錬師あたりが茶目っ気を効かせて話に混ざってくるんだけど、体調はまだ万全とはいかないようだ。
「このままだと次のレクリエーション、あの先生じゃない? 心配だわぁ」
「……次のって何?」
紅茶を揺らしながら溜息をつくゴンザの言葉に、少し不穏なものを感じた。
「あら、アリスちゃん聞いてないの? 1年生はレクリエーション多いのよ」
「えぇ……」
「アタシもあんなことがあった直後だから中止するかと思ってたんだけど、授業に含まれてるんですって」
どうやら王立学院の方針として、1年期は授業としてのレクリエーションを多く設定されているようだ。
生徒同士の交流強化、アヴァロンに早く慣れるため、社会学習の機会……理由は多々ある。
「夏は無人島でのサマーキャンプ遠征に、秋は協賛してる貴族の領地訪問と目白押しよ」
「盛りだくさん」
「おれキャンプなら慣れてるぞ!」
「ブラッドくんはそうだろうね」
手にした骨付き肉を掲げながらブラッドが立ち上がっ……骨付き肉?
さっきからやたら香ばしい匂いがしてるなと思ったら。
昼食はさっき食べたし、ここって骨付き肉あるんだ。
「その頃にはみんな復学してるでしょうし、今度こそ楽しいキャンプになるといいわね」
「おれが食えるものの見つけ方や火のつけかた教えてやるよ! 安心しろよアリス!」
そしてブラッドは何でぼくを名指しするんだ。
できるわ、むしろ得意だわ。
「やり方しってる、全部」
「えぇ……」
何故かその場に居るブラッド以外の全員から疑問の目を向けられた。
「ぼく、ラウド王国から子どもだけで旅してきたんだけど?」
国で言うなら4つ5つは越えてきている。
身体の弱いぼくが独力で出来たなんて言うつもりはないし、足を引っ張っていたことは事実。
だけど錬金術師として、旅に寄与していた要素がないとも言わない。
「マジかよ! すげぇな!」
「……流石に大げさすぎじゃないの?」
ブラッドは素直に信じてくれたけど、ゴンザは苦笑で他の面々は「ふかしすぎじゃね」とヒソヒソがはじまってしまった。
まぁDクラスでぼくの手札を知ってる人は少ないから、仕方ない反応ではあるんだけど。
「あれ、スフィ? 図書室の用事もう終わったのか?」
突然知っている名前が聞こえてきて振り返ると、貴族っぽい男子生徒がまっすぐぼくを見ていた。
……どこかで見覚えがあるような。
「…………?」
「ど、どうしたんだよ?」
思い出そうとして顔を見ながら首を傾げていると、男子生徒はだんだん困惑してきたようだ。
「あら、確かAクラスの」
「あ、スフィのクラスメイト」
そうだ、例の建物で怪鳥に襲われていた中に居た気がする。
よかった思い出した。
スッキリしたところで、皿に乗せられていた、スコーンのような焼き菓子の残りを口に放り込む。
「……いや、え!?」
「アリスちゃん、たぶんお姉さんと間違えたんだと思うの。放置してお菓子食べ始めちゃダメよ?」
「もぐもぐ……」
「そうよね、口に入れたまま喋るのはお行儀悪いものね?」
「あ、あぁ、ようやくわかった、妹だったか。自由な子だとは聞いてたが……」
スフィたちから見たぼくの評価ってどうなってるんだろう。
とりあえず咀嚼していたお菓子を飲み込み。
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったな、僕は君のお姉さんのクラスメイトの――」
脇に避けていた本を開く、売店で見つけた『アヴァロン美味しいもの名鑑』だ。
食道楽の生徒がアヴァロン中の食べ物屋を食べ歩き評価を記した本で、生徒たちから意外と根強い人気がある。
「――…………」
「……?」
あれ、名乗るんじゃなかったの?
「アリスちゃん? ご本じゃなくてお話を聞きましょう? ね?」
「慣れてるから聴覚と視覚を別処理で動かすことは容易」
このあたりは必死に訓練した、今は自己紹介程度なら聞き逃さない。
唐突に始めた別のことに夢中になって人の名前を聞き忘れるなんて、流石に失礼だったと反省してる。
ぼくは同じミスはしないのだ。
「だから気にしないで」
「ごめんなさいね、この子ちょっと……その、とらえどころのない子で」
「あぁ、そう聞いては居たが……どうやら僕の中で過小評価していたようだ。すまなかった」
……まったくよくわからないけど、貴族の男の子から謝られてしまった。
彼の名前はエルルークというようで、スフィたちと同じくルークという愛称で呼ぶことを許可された。
懐が深いとゴンザが絶賛するあたり、きっと親しみやすい貴族なんだと思う。
スフィたちにも順調に友だちが増えているみたいで良かった。
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