事件の余波
ウィルバート先生が来ないことに疑問を持っている最中、本来の予定時間を大きく過ぎたところでひとりの女性教員が教室に入ってきた。
緑色の髪に長い耳、20代なかばに見える美貌の
副担任のウィクルリクス先生だ。
いつもは他の教員と一緒なのに、今日はひとりだけで教室に入ってきたので生徒たちが一瞬ざわつく。
教卓の前まで辿り着いたウィクルリクス先生は、ざわめきが収まるのを待ってから口を開いた。
「みなさんおはようございます。今日はみなさんにお伝えしなければならないことがあります」
……普段は柔和な雰囲気をまとっているのに、今は少し表情が硬い。
「まず、ウィルバート先生は無事です。少し怪我をしてしまいましたが、元気です」
ウィルバート先生は生徒を守るために奮闘していたらしい。
おかげでウィルバート先生と行動していたグループには怪我人も出なかったんだけど、その代わり先生が怪我をしたとは聞いていた。
「すぐに退院をして今は自宅です。命に別状はないので、心配はいりません」
生徒たちの何人かが、安心したように息をつく気配を感じた。
ぼくは普段ホランド先生に見てもらってるから微妙に距離があるけど、他の生徒たちからはなんだかんだで慕われているようだ。
それにしても……。
真っ先にその心配を解消するあたり、問題は起きてるけどもっと別の部分ってことか。
「ただ、事件の調査で少しの間おやすみを頂くことになってしまいました。それまで別の先生がこのクラスの担任をすることになります」
一瞬だけど、苦い表情が垣間見えた。
通常なら副担任が一時的に担任を代行するはずだ。
つまりウィクルリクス先生かアレクサンダー先生のどちらか、わざわざこんな言い方をするってことは。
「新しい先生がくるってことですか?」
ゴンザが代表して手を上げて、質問を投げてくれる。
「はい、そういうことです……」
確認するように教室の扉を向いたウィクルリクス先生の横顔は、何かを鋭く睨んでいるかのようだった。
生徒に向き直った時にはもう元通りの柔和な表情になっていたけれど。
「いつまでですか?」
「事件の調査が完了するまで、ということです」
当然と言えば当然だけど、あの一件の調査は終わっていない。
あくまで安全が確認されたというだけだ。
星竜教会や騎士団、魔術師や錬金術師とかの各ギルドが今でも学院に出入りしている。
ちらりと耳にした程度の話では、昔からあるやばい宗教が関わっている可能性が高いとか。
その宗教は昔から歴史の裏側で暗躍してるという噂もあるようで、騎士団は強く警戒している。
だから関係者の洗い出しや詳しい情報を得るための調査が今でも続いているのだ。
……とはいえ、安定してまだミカロルの領域に行く方法は見つけられてないみたいだけど。
恐らくぼくかスフィが関係してるってところまでは推測されているだろう。
しかし被害者児童に気を使っているのか、まだ接触はない。
「リクス先生、その新しい先生ってどんな人なんですか?」
「……とても優秀な先生だそうですよ」
伝聞、推測、断定するわけでもないニュアンス。
なんだかすごく持って回った言い回しだ。
「お忙しいのか、少々準備に時間がかかっているようですが」
ウィクルリクス先生が代わりにきたとしても、随分遅れてきたなと思ったけど……どうやら代わりの担任には何かしらの問題があるようだ。
事情があるにせよ、何でそんなのが代理教員に選ばれたのやら。
「さて皆さん、今日のホームルームは終了です。暫く授業は午前中だけですので授業の準備をして待っていて下さい」
そんなことを考えているうちに話は終わり、結局代理の先生とやらは顔をだすことはなかった。
■
「ってことがあったんだけど」
「そうですね、少々学内の政治バランスが乱れているようです」
授業が終わった帰り、治療院に入院しているハリード錬師の元を訪ねて見舞いついでに愚痴っていた。
怪我はしていないが、先生たち大人組は衰弱と疲労が激しいようでまだ入院している人も多い。
あのハリード錬師ですらまだ走ることが出来ないのだから相当だろう。
「今回の一件で体調を崩した職員が多いんですよ。赤い霧に巻き込まれた職員は言うに及ばず、あの空間に入っただけの職員も後ほど床に伏したそうで」
「思った以上に厄介な場所だった」
どうやらあの赤い世界には遅効性の毒みたいな特性があったようだ。
近くで感じるハリード錬師の音的には極度の疲労って感じ、当人曰く順調に回復はしているそうだけど。
「再開に向けて緊急の増員が行われるとは聞いていましたが、そこを突かれてしまったのかもしれませんね」
そう言って意味深に笑うハリード錬師は、ちょっと楽しそうですらある。
「荒れそう?」
「恐らくは」
せっかく雨が上がったというのに、学院にはまた嵐が訪れようとしているらしい。
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