学校再開
例の事件が残した傷跡は大きいながらも、授業は再開の運びとなった。
久々の登校で入った教室の中にはDクラスの生徒の数が少ない。
「おはようゴンザ、大丈夫そうでなにより」
「アリスちゃんおはよう、そっちも無事で良かったわ」
ゴンザはあちこちに傷を手当した痕はあるけど、元気そうだ。
「生徒の数、少ないね」
「まだ怪我が治りきってない子も多いみたいでね……」
玩具とAクラスの先生のおかげで致命傷の子はいなかったそうだけど、それでも小さいうちにあんな経験をして平然としていられるはずもないか。
「平気だろうなと思ってたメンバーは実際そのとおりで安心したけど」
「あはは、誰だかわかるわね」
突進系犬人のブラッド、人形術師のクリフォト、縦ロールのマリークレアはきちんと登校していてなおかつ元気そうだ。
ノーチェたちも調子7割くらいまで回復してるし、タフさと強さは比例する傾向があるのか。
「アリス、大丈夫だったか!!」
「あ、アリスちゃん、大丈夫だった?」
ぼくに気付くなり笑顔を見せてこっちに向かってきたブラッドの声を、クリフォトの声がかきけした。
「ピンピンしてる」
3日くらい熱下がらなかったけど、物理的なダメージはない。
「赤い霧に飲み込まれたと思ったら、いつの間にか学園の庭で寝てて、起きたらアリスちゃんたちがあっち側に取り残されたって聞いてたから」
クリフォトの声に教室中の視線がぼくに集まってきた。
言動こそおどおどしてるのに、相変わらずハキハキとした凄い声量……。
「ミカロルに助けてもら――」
「そう、それ!」
突然の大声に耳がキーンとなる、隣のブラッドも両耳を押さえて涙目になっているくらいだ。
「――――――!?」
「――――!」
「――! ――!」
それを皮切りに、近くの生徒が話しかけてきた。
とりあえず、いきなりの大音量のせいで何も聞こえないんだが。
「――にしなさい! アリスちゃん耳押さえてるでしょ!」
ゴンザが抑えてくれたおかげで、何とか聴力が戻ってきた。
鼓膜がやられたわけじゃなかったか、よかった。
「ご、ごめん、興奮しちゃって」
「ごめんね……」
クリフォトともうひとりの生徒が謝ってくる、誰かと思えば初日に吸われていた犬人の女の子だ。
「人形使いからしたら、ミカロル様って憧れの存在だから!」
「わたしのお人形、知らないかなって……」
「ひとりずつお願い」
ホームルームまではまだ時間がある、他のグループの事情も知りたかったし、当事者の話を聞いておきたいと思っていたところだ。
■
クリフォトの話は簡単で、彼女のような人形使いにとって完全自律型の玩具というのは正しく夢の存在。
是非とも一度会ってみたいと考える術者は多いから、可能なら自分も会いたいという内容。
学院内ではスフィがミカロルの愛し子という噂になっているようなので、ぼくも詳しくはわからないと流しておいた。
スフィが"精霊の愛し子"なのはシラタマ、フカヒレ、ブラウニー、シャルラートのお墨付き。
マイクも許してくれるだろうし、他の子たちも協力してくれるだろう。
犬人のポキアの方は、ようやくすると昔に失くした人形が助けてくれたという話だった。
「昔貰った木の戦士人形なんだけど、大事にしてたのに森で獣に襲われた時に失くしちゃって……諦めてたんだけど、あっちに居る時に助けてくれたの」
「……あぁ」
赤い世界の中で倒れているポキアを守っていた、木の人形の姿を思い出す。
「このくらいの、素朴で簡素な作りの?」
「う、うん……やっぱり知ってるの?」
覚えている限りの特徴を伝えると、ちょっと微妙な顔をしながらポキアは頷いた。
ってことは彼女が失くしたっていう人形と、あの時の人形は同一か。
「怪鳥が作った赤い霧の中で、倒れてるポキアを見つけた時に傍で守ってた」
「っ……私、失くしちゃってごめんねって、謝らなきゃいけなかったのに……!」
大粒の涙をこぼしながら膝をつくポキアの背中を、他の獣人の女子生徒がなでた。
「んー……相手は玩具だし、別に気にしなくていいんじゃない?」
「なんでっ、ぐすっ、そんな、ひどいこと言うの……!?」
ポキアに睨まれて、なんなら他の生徒たちからも軽い非難の視線が集まる。
「うーん……」
何て言ったらいいんだろう。
「あそこで玩具たちが助けるために動いてたのを見たけど、玩具たちは助ける相手を選んでた。ポキアは人形にしっかり守られてた、きっと、その人形は玩具としての役割を全うしていた」
ブラウニーから教えてもらった玩具たちの価値観を、人間にもわかるように言葉にするのが難しい。
「でも、わたし、もらったときはずっと友だちだって思ってたのに、すぐに失くしちゃって……!」
「接した時間も失い方も大した問題じゃない。人間と玩具は違う、心の形も在り方も」
使い捨ててもいい道具扱いすることは違う。
でも人間と同じように扱うことも違うのだ。
「短い時間でもちゃんと大事にしていたから、ちゃんと友だちになれていた。だから君を助けに来たんだと思う、玩具たちの本懐は"子どもの成長を守ること"らしいから」
「…………」
ぼくも理解しきってるわけじゃない。
どうも、ミカロルの眷属になるような玩具の条件は、『幼い心が少しずつ成長していくのを見守ること、その切っ掛けになれること』に価値を見出しているようだ。
ポキアの人形が眷族になっていたってことは、つまりそういうことだ。
因みにマイクと眷族達は玩具から精霊になったタイプだけど、ブラウニーは最初から玩具の精霊として誕生したのでちょっと事情が違うらしい。
「怒って、ないのかな……」
「怒ってたら助けになんか行かないよ、クリフォトやマリークレアは助けられてたけど、ブラッドなんて完全放置だったし」
「うえっ!?」
突然水を向けられて動揺したのか、ブラッドが奇妙な声を出した。
「見てた限り、大人と一部の生徒は放置されてた。ぬいぐるみたちにお願いしても助けようとする気配すらなかった。あの子たち、意外とわかりやすいよ」
「……うん」
そこまで言って、ようやく自分に向けられていたヘイトが軽減されたことを感じる。
「で、ブラッドくんは玩具をどう扱ってたのよ」
「そ、そんな酷い扱いしてねぇよ! その、買って貰ったのなくしたことはあるけど!」
空気の読めるゴンザがいい感じにブラッド弄りを挟んで、雰囲気を変えてくれた。
一瞬ぼくにウィンクしたので意図的だと思う、出来る男の子だ。
「ブラッドくんの家、族長で金持ちだからな……」
「そこまでじゃないし!」
意外と言うか順当というか、仮にも自治区にある一集落の族長筋だけあってブラッドは意外とお坊ちゃまだ。
貴族や商会の子には及ばないけど、一般家庭出身者よりは圧倒的に上である。
「ブラッドくんって仕送りとお小遣いいくら貰ってるの?」
「え、いくらだっけ……知らない」
女の子の質問に対するブラッドの答えに良識ありそうな子たちがドン引きした。
同時に一部の獣人女子の瞳がギラリと光ったのが見えた、こわい。
「このクラス貴族から孤児まで幅広いんだから、そのあたりの話は地獄を生むよ」
「さっきからうるさいですわよ、派手な話なら私を仲間外れは許しませんわ」
そう言って止めたところで、貴族の代表格であるマリークレアが割り込んできた。
「派手な話はしてないわよ」
「そうですの、地味ですわね」
が、ゴンザに苦笑で返されてそのまま帰って行った。
この子の価値観もちょっと謎なんだよな。
「あ、そういえばアリスちゃんにそっくりな子がいたよ、リボンはAクラスの色だったけど」
「遠目だったから、一瞬アリスちゃんかと思った」
「それお姉ちゃん」
「ええー!?」
「お姉さんが精霊様の愛し子って噂、本当?」
とはいえ、おかげで緊張感みたいなのは霧散した。
スフィについて質問攻めされながら、備え付けの壁掛け時計をちらりと見る。
いつもならとっくに教室に来ているはずのウィルバート先生は、今日はまだ来る気配もなかった。
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