馴染みつつある

 錬金術師ギルドに確認したところ、ベビーパウダーに似たものはあった。


 不審者情報を伝えにいくついでに話を聞いたんだけど、こっちではポリットっていう芋の粉を制汗剤の代わりに使っているらしい。


 ポリットというのは似ても焼いても硬くて苦いという"食べられない芋"で、加工するときめ細やかで滑らかな澱粉が取れる。


 優しい香りは獣人も不快に感じないもので、女性や子供の汗疹対策の定番だとか。


「アリスちゃん……これ、けっこう重い……」

「たくさん貰ったから……」


 そんなわけでほしいとねだったら即座に袋ごとくれて、今は付き添ってもらったフィリアが背負って運んでいた。


 因みに総量20キロ、たぶんフィリアの体重と大差ない。


 それを背負って「けっこう重い」で済むあたり、フィリアもやっぱり獣人なんだなと実感させられる。


 因みに代金は無料だった。


 もともとそんなに高いものでもないようで、外8支部から代金はいらんと言われたのだ。


 何でも昨日売り出したエナジードリンクが好評で、新しい主力商品が出来そうだからというのが理由らしい。


 研究っていうのは金がいくらあっても足りないからね……。


「雨季が終わって、人通りも増えてきたね」

「うん……買い物はちょっとむずかしいかも」


 天気が不安定な時期が終わったからか、露店や出歩く人々の数も増えている。


 おかげで人目があるから不思議ポケットにしまいこむわけにもいかない。


 外周8区の路地裏は治安が微妙だから近づきたくないし、7区に入るまで頑張って貰おう。


「うわ、おばけトマト」


 露店の中には、水の張ったタライに子どもの頭くらいの赤くて丸いものを浮かべているものがあった。


「レイニートマトだ、この時期にしか食べられないよ」


 サイズ的はちょっと小さいスイカ、名前的に雨水を吸いすぎて巨大化したのだろうか。


「1個グレド銅貨3枚だよ、どうする?」


 目算4キロくらいありそうなトマトだけど、日本の常識で見ると美味しくなさそうだと思えてしまう。


 トマトって、水を吸いすぎて大きく育ったやつは味が薄くなるイメージがある。


「荷物多くて持ち帰れないから」

「その立派な騎獣に乗せればいいじゃないか」

「ヂュリリ」


 シラタマは明確に拒絶した。


 別に荷物くらいは持ってくれることもあるんだけど、今回みたいになにかに引っかかると拒絶されることがある。


 基準は本鳥に聞いても曖昧かつ不明瞭なので、気分なのかもしれない。


「……またの機会にしておく」

「そうかぁ、美味しいんだけどなぁ」


 おじさんは頭をかきながら渋い顔をした。


 安いしどんな味がするのか興味はあるけど、背後から感じる「これ以上荷物増やさないで」という圧には勝てない。


 ぼくはよく空気が読めないと言われるが、人の感情は読めるのである。


 セールスに捕まらないように素早くその場を離れて歩く。


 道中で立ち並ぶお店を眺めて回るだけでも結構楽しい。


「あ、エナジードリンク」

「売れてるね」


 協議の結果、最初に販売することになったのがマスカット味。


 実家がマスカット農家だという錬金術師たちの猛プッシュがあったせいだ。


 ぼくは味チェックで地球で言うところの『シャンメリー』風味を推したので、大人でも飲みやすく出来たと思う。


 ちらりと眺めていた限り、主な客層はいかにもな研究職の面々と肉体仕事の人たち。


 中にはお酒と勘違いして買っていく人もいるんだろうなぁ。


「良かったね、アリスちゃん」

「うん」


 微々たるものとはいえアイデア料は出るし、たくさん売れてくれればありがたい。


「お、ナイフ売りのおちびちゃんたちじゃないか」

「……え?」


 そうやって道を進んでいると、警邏騎士の制服を着たお兄さんに声をかけられた。


 フィリアはわかってないみたいだけど、この人とは前に会ったことがある。


「前にナイフを買ってくれた騎士っぽかった人だよ、やっぱ警邏だったんだ」

「え、あのお兄さん?」

「あれ、バレてたのか」


 お兄さんは驚かせようと思ったのにと苦笑する。


「よそから来たばかりの子どもが武器売ってるのに、なんのチェックも入れないわけないと思ってた」

「よくわかっているみたいで安心できるなぁ。ところでもう店はやらないのかい? 買ったナイフが思った以上に良かったからさ」

「雨季も終わったし、少ししたら考える」

「そっか、楽しみにしてるよ」


 何かあったのかと思えば、どうやらナイフの品質が気に入ってくれたようだ。


 こういうの、やっぱりなんか嬉しいな。


 軽く手を振って立ち去る警邏騎士のお兄さんを見送って、ふたたびフィリアと家を目指す。


 道中で串焼きを買ってぱくついたり、時おり荷物をおろして休憩を挟んだり。


 家の近くにつく頃には近所の人たちに挨拶をして、スフィたちに「おかえり」と迎えられる。


 シャワーで汗を流して、ブラウニーの作ってくれたおやつをみんなで食べて。


 夕方は夜空を飛ぶ竜の影を見上げながら星を数えて、縁側で風にあたって涼む。


 そんな毎日を過ごすうち、あっという間に学院再開の日がやってきた。

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