のんびりとした晴れの日

「下着をあっちで干すのはね、恥ずかしいのはあるけど、それだけじゃなくてね……」


 疲れた顔で話すフィリアによると、この家は近所では有名になっているのだそうだ。


 『小さな獣人の女の子たちだけが住んでいる家』があると。


「前にね、洗濯物干してたら、ちかくで見たこと無いおじさんが庭をちらちらって覗き込んできてて」


 ブラウニーが生まれる以前には、ぼくたちだけで家事を回していた。


 ぼくの担当は料理と家具作りとか家財の修理とかで、洗濯とかの体力がいる仕事は基本ノータッチ。


 雑巾がけや洗濯なんかは主にフィリア主導で行われていた。


「通りすがりかなっておもってたんだけどね、晴れてる時にみかけるようになって」

「ふむ」


 そんなフィリアによると、少し前から散歩中らしいおじさんがフィリアガ洗濯物を干す姿をニヤニヤ眺めるという事態が発生するようになっていたらしい。


「早めに言ってほしかった」

「そうにゃ、そういうのはリーダーに伝えるべきにゃ」

「だって、気のせいだったらって……」


 ハリード錬師やマクスがちょくちょく家に顔をだすようになってからは頻度は減ったみたいだけど、今でもたまにあるという。


 リスク案件は早めに共有してほしいと思いつつ、話を続ける。


「それで、干してた下着を見てるんじゃないかとおもって、陰の方で干すことにしたの」

「なるほど」


 そういった被害はちょっと想定外だったな。


 まさか家にまで覗きに来るとは、騎士団や錬金術師ギルドにも伝えておいたほうがいいかもしれない。


「あとで錬金術師ギルドに言って警邏騎士団に話をしておいてもらう」

「おっさん捕まえるにゃ?」

「何か盗まれたとか、敷地内に入ってきたとかあった?」

「う、ううん、ないとおもう」

「じゃあ無理」


 アルヴェリア法において、そのおじさんは犯罪者じゃない。


 庭に侵入してきたり盗みを働いてたなら別だけど、当たり前だが道を歩いてるだけの人を不審だからで捕まえることは出来ないのだ。


「でも圧はかけてくれると思う」


 民間の、しかも子どもの訴えなら恐らく聞き流される。


 しかし錬金術師ギルドを通した訴えを無視も放置もできないだろう。


 巡回ルートに含めてもらえるだけで、そういう手合の動きは一気に封じられるのだ。


 パンドラ機関には恩赦狙いで働きに来る犯罪者の職員もたくさんいたけど、盗みとか軽犯罪系の人は「人目があるのが一番やりづらい」って言ってたし。


 逆に言えば、これでもしつこく見に来るようなら別の目的が隠れている可能性もある。


「そういうのは言ってね、切れる手札は色々あるから」

「う、うん、わかった」


 フィリアはたまに悪い意味で子どもらしい部分が出る。


 色々と気を回して遠慮したり我慢したり、自分で何とかしようとしてしまうのだ。


「アリスちゃんって、そういうのすぐ大人に言うよね……変なふうに思われたらって、怖くない?」


 一息ついたところで、フィリアが少し感心した様子で呟いた。


「説き伏せる自信があるし、前にもはなした"前世"で散々教えられたから」


 不本意ながら、前世でのぼくは色々な勢力に狙われる護衛対象だった。


 しかも生まれ持った妙な特性上、自分だけが真っ先に気付く異変みたいなのも多い。


 保護者代わりだったたいちょーさんには「どんなくだらないことや些細なこと、馬鹿らしいことでもいい。後で気の所為だったでもいいからすぐに教えろ」と口を酸っぱくして言われていた。


 それもあって、何かあった時の相談が身に染み付いてる。


 後は話を聞いてくれる人と聞いてくれない人の判別くらいか。


「ぼくに関しては変だと思われるのは慣れてるから、遠慮なく窓口にして」


 まったく気にしてないと言えば嘘になるけど、落ち込むほどでもないって感じ。


 普段からみんなに世話してもらってるんだから、みんなの苦手な部分では助けになりたい。


「そう言われると……逆に……」

「なんか酷いことしてる気分になるにゃ」

「えぇー……」


 何故かふたりはお気に召さなかったようで、中でもフィリアは何かを探るように周囲を見回した。


「平気だからって全部おしつけちゃうのは、スフィちゃんが多分怒るよ、ね? ……あれ?」

「ん?」


 きょろきょろするフィリアは、どうやらスフィを探しているようだ。


 途中から部屋を出たのは把握してるけど、そういえば遅いな。


「スフィちゃんは?」

「さっき部屋を出てった」

「お話してたから全然気づかなかった」

「姉も姉で結構自由だよにゃ……」


 暫くするとスフィが部屋に戻ってくる。


 眉を8の字にしながら、横たわるぼくのところへ。


「ねーアリス、おくすりない?」

「なんの?」


 流石にそれじゃわからん。


「えっとね、痒いの止めるやつ」

「見せて」

「んゅ……」


 袖をめくって、スフィが脇を見せてくる。


 微かな汗の匂い、よく見ると赤い小さなぽつぽつが出来ている。


「虫刺されじゃないね、汗疹かな」

「かゆい」


 雨季はジメジメして暑いので、汗が多い。


 こまめに洗い流したり乾かせば発疹まではいかないけど、騒動から家に帰り着くまで身体を洗うこともできなかったからなぁ。


 というか、かゆみ止めの薬ないか探してたのか。


「ちょっとまってて」

「うん」


 よろよろと長椅子から身体を起こして、スフィに支えられながら404アパートへ向かう。


 保存が必要な薬剤は全部あっちにおいてある。


 脇のあたりでそんなに炎症は強くないみたいだし、弱めの軟膏でいいかな。


 冷蔵庫に保管してある野菜の下から木箱を取り出して中身を確認、緑色の半透明な軟膏がたっぷりとつまっている。


「あ、そこにあったんだ」

「いつの間にか埋もれてた」


 一応下痢止めと痛み止めの胃腸薬、弱中強3種類のかゆみ止め、外傷治癒ポーション配合の塗りぐすりは常に用意している。


 野菜に埋もれていたせいで見つけられなかったようだ。


 暫く滞在することが決まったし、アヴァロン側の家屋に薬棚と薬箱も用意しておくべきだろうか。


「はい」

「終わったられいぞうこにいれとくね」


 涼しめの常温ならどこでもいいんだけど、梅雨が終われば日本もアヴァロンも夏季である。


 ……ずっとエアコン全開ってわけにもいかないし、冷蔵庫が安牌か。


「こまめに汗流してね」

「アリスもね」

「うん」


 これから暑くなってくるし、汗疹対策も必要になってくる。


 ベビーパウダーがこっちになかったか、あとで確認しておかなきゃね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る