雨季の終わり

 お風呂上がり、用意されていた朝食を食べてソファに座る。


 リビングから見える外は相変わらず豪雨と雷の真っ只中だ。


「どっちも大雨だね」

「アヴァロン側も?」

「雨すごいよ、雷も」


 梅雨の終わり頃に雷が鳴るというのは、どこでもそんなに変わらないのかもしれない。


「明日には止むといいね」

「ねー」


 ブラウニーが入れてくれた香草茶を片手に、スフィとソファに座って外を眺める。


 もう正午だっていうのに、まるで夕方みたいな暗さだった。



 一日中大雨が続いた翌日、どちらの世界も驚くほどの晴天を迎えた。


 アヴァロン側では雲ひとつない空に、飛び回る飛竜のシルエットが見える。


「晴れたのじゃー! のわー! 泥がぁぁ!」

「元気だにゃ……」


 まだ少しぐったりしているノーチェとフィリアが、歯磨きしながらはしゃぐシャオを眺めている。


 ふたりは呪詛の影響が抜けきっていないようで、まだ慢性的な疲労感とめまいを感じているらしい。


 あと数日もすれば回復するとは思うんだけど、なんというか言葉にし難い感覚がある。


「"こっち側"にようこそ……」

「縁起でもないこと言うにゃ!」

「そ、それはやだよ!?」


 手招きをしてみたら全力で拒否られてしまった。


 そんなに嫌がらなくてもいいのになと思いつつ、縁側の長椅子に横たわる。


 ぼくは呪詛とは全く関係なく疲労で微熱気味だ。


「アリス、風呂つかいたいのじゃ」

「アリスー、ブラウニーちゃんが……シャオ、どうしたの!?」

「転んだのじゃ」


 スフィの悲鳴に顔を庭先に向けると、そこには小さな泥田坊が居た。


 田を返せと言いながら襲いかかってくる泥で出来た妖怪である。


「うちに田んぼなんて無いけど」

「何の話なのじゃ」

「シャオちゃん、そのまま上がっちゃだめだよ……」


 より一層疲れた様子のフィリアが奥からタオルを持ってきて、泥田坊に手渡す。


「うぅ、すまんのじゃ……」


 妖怪は感謝を伝えて、顔を拭きながら泥まみれの足で家に上がってきたのだった。


「顔じゃなくて足拭いて!?」

「どこ拭いても手遅れだと思う」


 それにしても、何でものの数秒で全身泥まみれになれるのだろうか。


 途中で10分くらい時間飛んだりしてないよね、疲れで横になるたび意識が一瞬なくなるのって結構怖いんだけど。


「これ誰が掃除するにゃ?」


 呆れたようなノーチェの言葉に、3人分の指先が404アパートに入っていくシャオの背中に突きつけられた。


「ま、そうだよにゃ」

「とりあえず、暫くは庭に出ないほうがいいね」


 前日までの雨の量が凄まじいから、まだ泥でびしゃびしゃなのだ。


 迂闊に外に出ると二の舞いになる。


 悲しい犠牲者はひとりで充分だ。


「あ、ブラウニーちゃん」


 モップの柄が視界の端を横切ったとおもったら、肩を怒らせたブラウニーが404アパートに入っていくのが見えた。


 あの子、怒ることあるんだ。


「あたしらは気をつけるにゃ」

「そだね……」


 怒りがしっかりと伝わるあたり、まだ数日なのにすっかり保護者ポジションが板についてるのが伺い知れる。


 心配はしてなかったけど、ここまでスムーズに馴染むとは。


「でもほんと助かるにゃ」

「わたしたち、あんまり家事やることなくなっちゃったよね」


 ブラウニーにおかげで家事負担が大きく減ったんだけど、反応的にはふたつに分かれている。


 ノーチェとシャオはやるべき家事が減って純粋に喜んでる。


 フィリアとスフィはちょっと寂しいと感じているみたいだ。


 性格の違いがハッキリ出るものだなぁと思う。


 ぼくは、まぁ喜んでる側かな。


 純粋に負担だったのもあるけど、事あるごとに自分の世話をさせてしまうのは申し訳ない気持ちがあった。


「全部任せちゃうのは、かわいそうかもって思うの」


 スフィの言葉にフィリアが頷いてるけど、ちょっと事情が違う。


「ブラウニーは精霊で、家事はあの子の存在意義みたいだから」


 精霊は人間と心を通い合わせることはできるけど、根本的に人間とは違うのだ。


 シラタマはぼくらと仲良くしてくれるけど、人間の命については多分何とも思ってない。


 普段からたまに聞いてくる「消す?」を肯定したら、相手は本当に居なくなってしまうことだろう。


 フカヒレは多分違うと思いたいけど、人間を餌として見てる疑惑がある。


 どんなに仲良くしていても、人間と精霊の間には致命的な価値観の違いが存在してることを理解しないといけないのだ。


「一緒に家事をやるのいいけど、存在意義を奪っちゃだめだよ」

「そっかー……」


 ぼくは慣れてるから適当に流してるけど、力のある精霊アンノウンってのは迂闊に触れると何が起こるかわからない、非常に危険な存在なのである。


 そのあたり、シャオのほうが詳しいんだよね。


 ぼくが見る限り、精霊と一番適切な距離感を保っているのがあの子だったりする。


 スフィはちょっと近すぎるけど、愛し子効果で何とかなってる状態。


 その上ぼくは感覚で乗り切ってるわけで……冷静に考えると危ういな、うちの環境。


 話をしている間に、籠を持ったブラウニーが戻ってきた。


 遠くから洗濯機が回る音が聞こえているので、シャオは無事にお風呂にたどり着けたらしい。


「あっ、まってまって!」


 晴れたからか外干しをするつもりみたいだ。


 ブラウニーが取り出した小さい三角形の布切れをみて、フィリアが慌てて庭へ飛び出していった。


「下着はあっちのほう、ね!」

「…………」


 不思議そうに首を傾げるブラウニーの手を引いて、建物の影……下着を干す時につかっているエリアへ誘導していく。


 ……あの子は玩具、小さな子ども向けの気遣いはしてくれるけど、思春期の子が抱く感情についてはあんまり考慮しないところがある。

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