ブラウニー

 分厚い雲が敷き詰められたくもり空の下、シラタマに背負われてみんなと一緒にのんびりと家に帰る。


 作り直された家は、豪雨の中でも健在で雨漏りもしていない。


 ……流石に庭は荒れていたけど、畑には防水仕様のスライムシートを被せていたから大丈夫だと信じたい。


 庭の奥から滝みたいな音が聞こえてくるのがちょっと不安だけど。


「ようやく家だにゃ……」

「眠いのじゃ」

「雨が降りそう」


 水の匂いが濃くなっている、ぼくでもわかるレベルだから相当だ。


 さっさと玄関の鍵を開けて中に入ると、みんな安堵したように息を吐いた。


「なんか落ち着くにゃ」

「帰ってきたって感じるよね」

「おなかすいちゃったー」

「……うん」


 ざっと部屋の中を見回して、侵入した形跡がないかを確認する。


 玄関からリビングまで家を出た時のまま変化点はなし、一部の埃や安定してない物が微かに移動してるけど自然な動きによるものだろう。


「疲れた」

「アリス、まだお熱あるんだから休まなきゃ」

「しばらく休校だし、休む」


 当然というべきか、学院は一時休校だ。


 めちゃくちゃ強い騎士と魔術師がチームを組んで、未踏破領域や精霊の専門家を交えて現地の調査を行うらしい。


 まぁ1週間くらいだし、長期休暇の一部が早めにきたと考えよう。


「夕ごはん何か作るね」

「手伝うにゃ」


 フィリアとノーチェが台所に向かうのを見送ってから、ぼくは階段裏にある扉へ向かう。


「わしはもうちょい横になるのじゃー」

「ごはん出来たら呼ぶねー!」


 シャオは2階にある自分の部屋に行った。


 みんなして勝手知ったる自分の家って感じだ、良いことだと思う。


「あとでブラウニーのことも紹介しないと」


 そう思いながら階段裏の扉から404アパートの部屋にはいると、凄い雨音が聞こえてきた。


「……こっちも雨か」


 リビングの窓から見える外は、雷を伴う大雨の真っ只中。


 脱衣所に備え付けられてる乾いたタオルで軽く身体を拭いて汚れを落とし、手を洗って洋室のベッドに倒れ込む。


 ひとまず、疲れたぁ。


「ん……?」


 ベッドで横になった途端に眠ってしまっていたようだ。


 誰かに揺り起こされて目を開けると、ブラウニーがベッド脇に立っているのが見えた。


「おはよう」


 ブラウニーは頷くと共に、デスクの上に置かれたコップを取ってそっと差し出してくる。


 体を起こして両手で受け取るとほのかに温かい、白湯みたいだ。


 一口飲んでからコップを返して、あくびをひとつ。


「んー……」


 部屋の中は寝る前の状況と変わらない、強いて言うならつけっぱなしで寝ちゃったのに電気が消えてるくらいか。


 シラタマは机の上に置かれた専用スペース、命名『雪籠』の中で寝ている。


 フカヒレは部屋の隅にある座布団の上でゴロゴロしている。


 ようやく目が覚めてきたところで、ブラウニーはコップを片付けに部屋を出ていってしまっていた。


 窓の外は暗いけど、豪雨のせいで時間がわからないな。


 どうしようか考えていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきてスフィが部屋に入ってきた。


「ブラウニーちゃん、アリス起きたー?」

「スフ……なんでぱんつだけ」


 しかもパンツ1枚だけの姿で。


「今からお風呂はいるの、アリスも起きてたらはいるかなって」

「なるほど」


 一瞬悩んだけど、熱はだいぶ落ち着いてる。


 湿気と暑さで汗をかいて気持ち悪いし、あの一件から身体を拭いただけだから汚れも気になる。


 身体を冷やさないようにすれば大丈夫か。


「ぼくもはいる、ノーチェ達は?」

「朝ごはん食べた後、とっくに入ったよ」 


 そうか、先に入ったのかって今聞き捨てならない単語が混じったような気がする。


「わか……ちょっとまっていま何時?」

「えっとね、朝のね、7時くらい。昨日は寝ちゃってたからごはんたべてすぐ、みんなも寝ちゃってね。起きてからお風呂はいろってお湯いれたの」


 まじか。


 まさかとっくに一晩過ぎてたとは、ブラウニーが起こしにくるわけだ……。


「それよりブラウニーちゃんすごいね! 朝ごはん作ってくれてたんだよ! アリスの分もあるから!」

「……そうだったんだ」


 そしてブラウニーはスフィの紹介によってみんなに知れ渡り、とっくに受け入れられているらしい。


 一応契約してる形にはなってるようだけど、うちの精霊たち自由行動が過ぎないか。


「とにかくお風呂はいろ、スフィ汗ベタベタなのずっと我慢してたの!」

「わかった」


 催促されてベッドを降りて、支えられながら部屋を出る。


 リビングには焼いた卵と肉、それから野菜スープのいい香りが漂っている。


 キッチンの中ではブラウニーがぼく用の台に登り、鍋を片手に何かを作ってるようだ。


「ブラウ、お風呂いってくる、ごはんありがと」

「…………」


 こちらを振り向いたブラウニーが手を振った。


 あの子が伝えたいことを翻訳すると『お風呂出るのに合わせて、ミルク温めておく』となる。


 道中で話を聞くに朝のメニューはカリカリのベーコンとふわふわスクランブルエッグに焼き立てバゲット。それから野菜を丁寧に濾したスープだったようだ。


 それ以外にも寝ている間に洗濯や掃除を済ませていたことも発覚した。


 ブラウニーの名に恥じない家事得意っぷりに、思わず感嘆の溜息を漏らしたことは言うまでもない。

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