落着

 大人たちが集まってわちゃわちゃしていた踊り場は一時騒然となり、ぼくたちは即座に救護室に護送された。


 以下はベッドの住人となりながら聞いたところ。


 生徒職員含めて重軽傷者は多数いるが、死者はなし。


 魔王級と目される相手に死者なしでの解決は奇跡的だと話題になっているそうだ。


 もちろん何があったのかは探られたけど、ミカロルが助けてくれたで通した。


 玩具たちが子どもを助けて回っていたのは目撃されていたし、ハリード錬師がミカロルがぼくたちを庇うように姿を現すのを見ていたようだ。


 それから精霊術師の関係者からスフィが精霊の愛し子であるという話があがり、伝えた流れの説得力を増した。


 何らかの切っ掛けで、学院に隣接するあちら側の空間に繋がる道が開いてしまった。


 同じタイミングで生徒たちが引きずり込まれて、今回の騒動が発生。


 そこはミカロルの空間であり、赤い男が時間をかけて侵食を行っていた。


 最初は侵食を抑えていたミカロルは、愛し子であるスフィの危機に駆け付けて赤い男と対決。


 倒しはしたものの、相打ちに近い形で自身も消滅してしまう。


 残された眷族たちが愛し子であるスフィを助けるために道を作り、こちら側の世界にぼくたちを送り出してくれた。


 以上が、ぼくたちが伝えた内容を元に騎士団や職員の人たちが推測して作り上げた話だ。


 スフィには曖昧に否定するように頼んでおいたので、暫くすれば事実として定着するだろう。


 こういう話は、ハッキリ肯定されるより微妙な感じで否定的なニュアンスを仄めかされる方が真実味が増すのである。



「それで、結局ふたりでやっつけたのかにゃ……」


 ノーチェたち、赤い濃霧に取り残された人たちは割りと中等症だった。


 治療師によると相当強力な呪詛に蝕まれた痕跡があるという。


 長時間滞在していたら、間違いなく命に関わっていただろう。


「マイク……ミカロルに助けてもらったのは本当。というかぼくらじゃ無理だった」

「なんか自信なくなるにゃ」


 今回はあまり動けなかったノーチェが落ち込んだ様子を見せた。


 あの怪鳥の最後の足掻きは多分相当やばかったと思うので、ぼくとしては居なくて良かったって思ってるけど。


「程よい相手が居ないね、今回のは最後になんかしてきたけど、ヤバそうな気配だった」

「なんかね、すっごいいやーーーな感じだったの」

「そんなやばかったにゃ?」

「キュピピ」


 風を取り入れるために開いたままになっていた窓から、シラタマが飛んでいく。


 何事かと眺めていると、ふらふらした様子のフカヒレがその後を追いかけていった。


「フカヒレちゃん元気ないね」

「あれからなんか、おなか痛いって」


 フカヒレはあの日以降、ずっと調子が悪かったようでカンテラの中で休んでいた。


 もう丸1日経っているのに具合が悪そうで心配ではある。


「キュピッ」

「ゲウー……ケプッ」


 樹の枝に止まったシラタマに促されるように、フカヒレが身体をもぞもぞさせて黒い煙を吐き出した。


 何となく怪鳥の最後のあがきの直後に見た煙に似ている。


 煙に触れるなり、太く育っていた庭の木が一瞬で黒く変色してぐずぐずと崩れ落ちた。


 青々と茂っていた葉っぱは瞬く間に全て枯れ落ちて、泥状になった木片が地面に撒き散らされる。


「…………」

「ケプー」


 フカヒレはスッキリしたと言って、幾分か調子を取り戻した様子でこちらにきた。


「……最後にあの煙をぶわっと」

「お前らよく無事だったにゃ」


 どうやらあの瞬間、マイクとシラタマが盾になって防ぎきれない分をフカヒレが食べて守ってくれたみたいだ。


 甘えてくるフカヒレのお腹のあたりを優しく撫でると、エラの部分から心地よさそうなキュルキュルという音が聞こえてきた。


「うわぁ! 庭の木が!? 何だ一体!」

「なんですかこの呪詛の濃度は! そこ! 近づかないでください! すぐに浄化しなきゃ……」


 外から聞こえてきた騒ぎを遮るように、フィリアがそっと窓を閉じた。


 ふぅと満足気に額をぬぐうフィリアはだいぶ慣れてきたようだ。


「ところで呪詛ってなんにゃ?」

「負属性に染まったエーテル、生物に対してありとあらゆる悪影響を与える」

「……にゃ?」

「生き物にとって猛毒になる空気。近くにあると呼吸をする過程で吸収しちゃう」


 呪詛とだけ言うと怒り憎しみ、そういった負のエネルギーと呼ばれる要素に染色されたエーテルのことを指す。


 濃度の薄いものを瘴気、濃いものを呪詛と分類することが多い。


 生物は魔力に変換する肉体機能があるから、周囲にある負属性のエーテルを吸収してしまうためモロに影響を受けるのだ。


 これそのものを武器として使う魔術もある……『暗恨術グラッジスペル』というやつが。


 今回の怪鳥は、その呪詛をメインの攻撃手段にしていた疑惑がある。


「未踏破領域はどこもやばい」

「あたしらもう一生分くらいは関わってる気がするにゃ」

「普通の人は一生に一度関わるかどうかだと思う……」


 呆れたようなノーチェの物言いに、ベッドに戻ったフィリアが遠い目で答えた。


「それはそれとして、みんな体調は大丈夫なの?」

「お前にだけは言われたくないにゃ」

「一番重傷なのアリスちゃんでしょ!?」

「アリス! 動いちゃめーでしょっ!」


 ベッドに横になりながら尋ねると、既に回復し始めている3人に揃って突っ込まれた。


 むしろなんでみんな元気なの。


「くぅー……すぴー……」


 シャオに至っては朝食おかわりまでしてつかれたのじゃーと言って爆睡してるし。


「どっちかというと職員のほうが重症でしょ」


 子どもたちは比較的衰弱が軽くて、ミカロルが守ってくれたと言われている。


 問題は大人たちで、結構な数の休職者が出る見込みらしい。


 赤い濃霧にとじこめられた人たちだけじゃなく、外側でもトカゲやカエルとの戦いで結構な数のけが人が出たのだとか。


 一方でぼくは単純に疲労で熱が出ただけ。


「でもにゃ、調子良くなると暇なんだよにゃ」

「今日の夕方には家に戻ってもいいそうだから、雨も止んでるし」


 ぼくたちが救護室のベッドを占領しているのには訳がある。


 事情聴取の必要があったこと、それから豪雨だったことと家が離れていること。


 学院生の多くは寮住まいで、問題がない生徒の大抵はそちらに移されている。


 もっと重症者は当然治療院へ、残ったぼくたちは雨が止むまで救護室を借りることになったのだ。


 今日は曇で雨は降らないようだし、夕方くらいには帰れるだろう。


「でも暇だよにゃ」

「カードでもやる?」

「お、いいにゃ」

「じゃあアリスのベッドの隣に机よせよー」


 日本ではトランプと呼ばれているカードをポケットから取り出して見せると、ノーチェたちが乗ってきた。


 それから途中で起きてきたシャオも交えて、夕方まで適当なカードゲームで時間をつぶした。


 なんか、穏やかな日常が帰ってきたって感じがする。

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