夏風は憩いの鈴を鳴らした

帰還

「ねぇ……アリス」

「うん」


 暫く静寂に浸ったあと、ぼくとスフィは適当な屋根の上に寝転んで空を眺めていた。


 結構無理をしていたようで、疲労感が眠気を呼ぶ。


 少しうつらうつらしていると、スフィがそっと身体を起こした。


「どうやって帰ろう……」

「うん」


 問題はそこなんだよね。


 フォーリンゲンで遭遇した神兵を思わせる怪鳥との戦いで、ぼくの手札は全て切った。


 残っているのはビーム銃くらいだけど、弾は残り3個だからできるなら温存しておきたい。


 そもそも乱射したところで意味があるかもわからないし。


 家はある、食料もあるしカンテラの力が回復するまで待って脱出か……何日かかることやら。


「みんな大丈夫かな」

「どこにつながったか確認してなかったからなぁ」


 距離感的に学院の敷地のどこかだとは思うんだけど、最悪でも雨に濡れるくらいだろう。


「……そいえば、もらったのはどうするの?」

「うん……」


 未だにぼくが胸元に抱えている、マイクと石像の遺品に視線が向かう。


 そう、遺品……。


「ぐすっ」

「えっと、泣かないで? くまさんとっても嬉しそうだったよ」

「泣いてない」


 謂れなき中傷を振り払い、こほんとひとつ咳払いする。


 いつまでも抱えていても仕方ない。


 隣に浮かんでいるカンテラを引き寄せて、ロウソクのように小さくなった火にマイクのリボンとチャーム……それから石像の欠片を焚べる。


 青い炎が燃え移り、ふたつが揃って光となって消えていく。


 全て消えた直後、吹き上がった炎が渦巻きはじめた。


「わわっ」


 スフィが驚いて飛び退くのを横目で見てから、カンテラに集中する。


 照らされて生まれた影から糸が飛び出して、地面に集まって形を作っていく。


 足から順番に出来上がっていくのは、くまのぬいぐるみ。


 チョコレート色の毛皮に白色のリボン、胸元にはハートの形をした銀のチャーム。


 瞳の部分にはルビーのようにきらきらとした綺麗な石がはめ込まれた、ぼくより一回り小さなテディベアだ。


 炎が収まると同時にその子が一歩踏み出して、ぼくに向かってお辞儀をする。


「キュピピ」

「名前、かぁ」


 どこかに行っていたシラタマがいつの間にか戻ってきていて、名前をつけてあげてと言った。


 チョコレートみたいな色だから……。


 連想していたら思いついたお菓子と同じ名前で、北欧あたりに家に住まう精霊の伝承を思い出した。


 本家の方は本来の意味の"ゴブリン"の一種だけど、何となくその名前がこの子にピッタリな気がした。


「ブラウニー、君の名前はブラウニー」


 濃厚なチョコレートケーキで、お菓子好きの傭兵部隊の人がこっそりくれた思い出がある。


 初めて食べた洋菓子はそれを棒状にした携帯用のものだった。


 『これが嫌いな子どもなんて居ない』って豪語してたくらいだから、この子の名前にちょうどいい。


「よろしく、ブラウニー」

「よろしくね、ブラウニーちゃん」


 名前をつけると、ブラウニーは大きくうなずいた。


 それにしても、生まれたばかりなのにフカヒレと違って随分と意識がハッキリしてる。


 完全に無垢な状態で誕生したのと、古い精霊の核から生まれたのの違いなんだろうか。


 残念ながら、感覚的にマイクとも石像ともぜんぜん違うのはわかる。


 マイクが無口なお兄さんって感じなら、ブラウニーは落ち着いた女の子ってイメージがある。


 因みに作った玩具の操作とか、家事のお手伝いとかが得意らしい。


「あれ? ぬいぐるみさんたちだ」

「おや」


 スフィに言われて屋根から下を見下ろすと、マイクの眷族である大きなぬいぐるみたちが石を運んでくるのが見えた。


「いってみようか」

「そだね」


 シラタマに滑り台を作ってもらい、屋根から降りる。


 スフィは普通にジャンプできるけど、ぼくは無理だからね。


 下につくと、ぬいぐるみがぼくの足元に濁った赤い石を置きはじめた。


 みるみるうちに貯まっていく赤い石は、魔石なんだろうか。


 怪鳥やトカゲのヒトガタのものだろうけど……本当に使って大丈夫なの?


「……どうする?」

「まぁ、うん」


 眷族とは言えこの子たちも古い存在だ、マイクの眷族がぼくに害があると予測できる行動をするとは思えない。


 ……ちょうど燃料も尽きているし、ここは信じて突っ込むしかないか。


「ていっ!」


 覚悟を決めてカンテラを近づけると、ぬいぐるみ達が蒼炎の中に魔石をジャラジャラと放り込んでいく。


 ごうごうと勢いよく燃え盛る蒼炎を見ていると、なんか蒸気機関の火室に石炭を放り込んでるのを眺めてる気分になってくる。


 全ての石がなくなったころ、カンテラの力はかなり充填されていた。


「いけそう」

「よかったぁ」


 そう伝えると、スフィがほっと胸をなでおろす。


「じゃあ、ぼくたちは行くから」

「ぬいぐるみさんたちもありがとう!」


 並んだぬいぐるみたちが、ぼくたちに向かって手を上げた。


 この子たちは、きっとこれからもこの領域を維持しながら子どもたちを守っていくんだろう。


 人々がミカロルの伝承を忘れるその日まで。


「元気で」


 天叢雲を作り、氷月に変える。


 ぬいぐるみに手を振り返し、再び剣を使ってトンネルを作り出した。


「スフィ、行こ」

「うん!」


 今度はしっかりとスフィと手をつないで、穴の中に飛び込んだ。


 ぬいぐるみたちはこの街にずっといる、会いたくなったら夜中にこっそり廊下の先でも見ればいい。


 子どものうちなら、きっと見守ってくれているから。



「うにゃああああ!?」


 スフィの鳴き声が雨音によって掻き消された。


 短い氷のトンネルを抜けた先は、数歩先すらまともに見えない豪雨の中。


 ずっと建物の中で、かつ"あっち側"が晴れてたから忘れてたけど今日って稀に見る大雨だったっけ。


「アリス! 動いちゃダメだからね!」

「わかってる」


 足元はわずかにななめになっている石瓦、雨粒があたってまともに眼をあけていられないけど、下の方にうっすらと樹木のようなシルエットが見える。


 なるほど、ここ屋根の上だな?


「見事にへんなところにつながった」

「うええん、制服がー!」


 扉をこじ開けたんじゃなくて壁に穴をぶち開けたせいか縦軸も横軸もずれまくってる。


 他のみんな、衰弱しきった状態で豪雨の中に放り出しちゃったかもしれない。


 ……まぁぼくよりは頑丈だし、大丈夫だよねきっと。


「これどうするのー!?」

「こうする、シラタマおねがい」


 シラタマに氷の屋根を作ってもらってまず雨を遮断、あとは足元に錬成を……。


「よかった、ありがとシラタマちゃん……アリスどうしたの? つかれた?」

「ちょっとまって」


 流石は学院の外壁部、屋根の隅々まで錬金術師対策をされてる。


 おそろしく強固なセキュリティ。


 錬成のため魔力を通そうとしても弾かれる、防がれる、迂回させられる。


「『錬成フォージング』……なめんな」


 無理矢理こじあけて屋根に穴を空けて、内部への道を作った。


 下は……最上階の廊下か、丁度いい。


「スフィ、先に降りて。それからシラタマとブラウニーも」

「わかった」

「キュピ」


 スフィが降りたのを確認してから、ぼくも降りる。


 シラタマとブラウニーに先に降りて貰い、下で受け止めて貰う形だ。


 ダブルクッションで安全に着地してから、屋根の穴を閉じてセキュリティも元に戻した。


 子どもサイズの穴ひとつに3分もかかるなんて……。


「あ、カーペット水浸しになっちゃった」

やむを得ない犠牲コラテラルダメージ

「外に居たのちょっとだったのに、ぱんつまでびちょびちょー」

「ぼくも」


 ようやく戻ってこれたという安堵からか、制服のスカートを引っ張ってスフィがくすくすと笑う。


 軽く水を落として一息ついたところで、先生たちを探そうという話になった。


 ブラウニーにはカンテラの中に戻って貰ってから階下を目指す。


 どうやら本館の屋根の上だったみたいで、途中スフィに背負われつつ1階へ。


 職員の姿が見当たらないと思っていたら、1階と2階の間にある大階段付近に沢山の大人が集まっているようだった。


 別の階段を使ってきたから、人だかりを外側から眺める形になってしまった。


「何この騒ぎ?」

「さっき行方不明の生徒たちが次々見つかったんだけどさ、異空間に1年生がふたり取り残されたって」

「可哀想……大丈夫かな」


 近くに屯してる上級生に聞いてみると事情がわかった。


 少し前に行方不明になっていた生徒たちを、異空間から教員が救出。


 それから少しして、他の生徒や教員が雨の降りしきる中庭に放り出された。


 酷く衰弱していた彼等の証言によると、生徒がふたり異空間に取り残されたまま入り口が閉じてしまったのだという。


 今は学院内にとどまらず、救助のために集まった魔術や錬金術に詳しい人たちで何とか入り口を開こうと試行錯誤しているらしい。


「取り残されたって、大丈夫かな」

「……ピックアップしそこねた?」


 馬鹿な、ハリード錬師がそんな凡ミスをするとは思えない。


「というか君たちビショビショじゃないか」

「早く着替えたほうがいいよ?」

「うん、やることが終わったら」

「だいじょうぶ!」


 確認が必要だと思って、人混みの間をすり抜けて踊り場の鏡の前までいく。


 丁度いいところに知っている教員、フェルメール教授が居たので声をかける。


「取り残された子がいるって聞いた」

「あぁ、そうなんだ。ハリード先生たちによると生徒がふたりあっち側に取り残されたみたいでね……」


 フェルメール教授は普段の軽薄な様子を微塵も見せず、その横顔は真剣に鏡を睨みつけている。


「なんとかして救助出来ないかと、頭をひねっているんだ」

「手伝えることがあれば」

「あぁ、助かるよアリスく……」


 こちらを振り向いたフェルメール教授の動きが固まる。


 動作の途中で時間が止まったような奇妙なポーズで、完全に静止してしまった。


 何が起こったのかと、スフィと一緒に首を傾げる。


 それから数秒ほどして、フェルメール教授の大声が踊り場に響き渡った。


「探してたのは君たちのことだねぇ!?」


 ふむ……なるほど?

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