ボスバトル
「あの怪鳥の姿がありませんね」
「それはぼくも気になってた」
この状況において眷族っぽい黒い兵士だけを出してきて、本体が姿を現さない。
確かに多くを捕らえるなら、自分の世界で塗りつぶして全部閉じ込めるのが手っ取り早くて確実だ。
その手段を選択したんだろうけど、ぼくたちが普通に対抗できているあたり目論見は上手く行っていないように感じる。
「クリフォトは大丈夫だろうけど、問題はマリークレアとブラッド」
詳しく知っている訳じゃない。
でもクリフォトは人形使いだし、いつも抱えている豚のぬいぐるみを大切にしていることは伺い知れる。
玩具たちなら確実に救助対象に……。
「いた」
豚のぬいぐるみに先導されるようにして、クリフォトとマリークレアを抱えた大ぬいぐるみが走ってくるのが見えた。
「あっちにある……あの高い三角屋根の建物に」
指示を出すとぬいぐるみは何度も頷いてそちらの方に走っていく。
「……あなたの指示は聞くのですね」
「幸いなことに」
言われてみれば、ぬいぐるみ達はぼくの指示に素直に従ってくれている。
助かるけど確かに不思議だ、やっぱり"あの子"と関わりがあるんだろうか。
って、今はそれより先に考えることがある。
「あとはブラッド」
赤い村の範囲はジリジリと広がっているように見える。
マレーンたちと近い位置の見えない場所に倒れてたんだろうか。
だとしたら取って返すことになるけど、うーん面倒。
「もうすぐ空間の端ですが……居ませんね」
……この赤い世界はジリジリと体力を奪っていくようだ。
ハリード錬師の息が乱れてるのなんて珍しい。
同時に、倒れてる人たちの余力を考えれば余裕はない。
「せめて起きててくれたらいいんだけど」
騒がしいブラッドが起きているなら位置なんてすぐにわかるんだけどね。
「もう少し……見て回りましょう」
「うん」
流石に空は目立ちすぎるし、地上をくまなく見て回るしか無いか。
焼け焦げた建物や死体の間を探して走る。
時間は無情に進んでいき、空の赤さが目に痛いくらいになってきた。
「スフィが怒ってる気配がする……」
なんか左の耳がぞわぞわしてきた。
早く見付かれと祈りながら走っていると、草むらの中で倒れている誰かの靴が見えた。
「ハリード錬師、あそこ」
「ぐ……カバーしますので、確認を」
たたっと駆け寄ったシラタマから降りて草むらを検める。
居た、狼っぽい見た目の犬人の男の子。
「起きろ」
ぺしぺしと額を叩くと、ブラッドは苦しそうな寝顔のまま魘されはじめた。
「うぅ……うわぁあああ!? …………あれ?」
叫びながら上半身を起こしたブラッドは、そのまま前のめりに倒れた。
「か、身体が、うごかねぇ」
「気合入れて立って」
「うごごごごごごご」
ぶるぶる震えるだけでブラッドは立ち上がる気配もない。
ぼくならこういう状況なら這ってでも動くのに、情けない。
「無理を言わず、手を貸しましょう」
「わ、わりぃ、ハリード先生……アリスはなんで普通に動けるんだよ」
「体質」
昔から精神干渉系は効かないんだ。
「それより、これで全員回収した、急いで戻ろう」
「そう、ですね」
ハリード錬師がブラッドを背負って走り出す。
その後を追いかけて集会所へ向かう。
数分走れば見えてきた建物を、ぬいぐるみ達が囲んで守ってくれていた。
後少しだ。
「ありがとう」
すれ違いざまにそう言って、建物の中へ飛び込む。
「アリス! 遅い!」
「ごめん」
ザザザと雪を撒き散らして地面をスライディングするシラタマから降りると、スフィが抱きついてきた。
ぎゅっと抱き返してから、間髪入れずカンテラを呼び出す。
「さっきからね、やな感じがすごいの!」
「身体が、重いのじゃ……」
集会所の中で寝かされてる人たちを見れば、一様に魘されていた。
スフィがまだ余裕があって、シャオは具合悪そうだけど動けてはいる。
ノーチェとフィリアはお互い寄りかかるように座り込んでいて、フォレス先生とマレーンはまた気を失ってしまっているようだ。
アンノウン関連は単純な破壊力や物量が怖いけど、こういった遠回りな攻撃も厄介なんだよね。
「ハリード錬師」
「ぐっ……」
少し遅れて飛び込んだハリード錬師が耐えきれなかったのか膝をついた、それでも背負っていたブラッドを落とさずに床に寝かせたあたりは流石だ。
一方でブラッドの方はまた意識を失っているようだった。
この違いはなんだろう。
「……意識がないならちょうどいい」
目算で人数を数える。
こっち側に残っている人数は……これで全部。
「よし……」
カンテラを呼んで、ポケットからいつか倒した鼬が残した特大魔石を取り出す。
おっもい……スフィに手伝ってもらってカンテラに近づけると、氷が溶けるように炎の中に消えていく。
暫くすると、予想通りに炎が勢いを増した。
「『
剣を作り出し、氷の倭刀へと切り替える。
「出る先がまともであってくれ……氷天花月!」
手応えからしてやり直しは効かない、道をこじ開けるのと違ってぶち抜くから長持ちもしない。
剣を振り抜くと、直進する凍てつく風が地面に氷の花を咲かせていく。
バキリと音を立てて、空間に氷が砕けたような穴が出来上がった。
「……空いた」
さて、どこに穴が出来たのか。
「ヂュリリリ!」
つながった先を確認しようとした矢先、警戒音を出してシラタマが飛んできた。
すぐ横で黒い影が集まるようにして、怪鳥と同じ顔をした赤いローブの男の像を結ぶ。
ぼくに向かって手を伸ばす男の腕を、シラタマの小さな脚が蹴り飛ばした。
「貴様、半獣風情が、何故俺の世界で動ける」
「アリスッ!」
「……マイペースってよくいわれる」
見た目と気配でわかった、こいつはあの怪鳥と同じ存在だ。
だけどついさっきまでと違い、しっかりとした理性を感じる。
「過分な寵愛を……ようやく己の物にできたのだ……贖罪の邪魔をするな、俺は貴様等に償わせねばならんのだ」
「ふむ」
スフィが咄嗟に剣を構えてぼくを庇うように走ってくる。
シャオは遠くで弓を構えているけど、今にも倒れてしまいそうに顔色が悪い。
ハリード錬師は意識を失わないようにするのでやっとみたいだ。
「……贖罪をせよ、貴様らの罪を償え」
「主張は理解した、断る」
あいにくと覚えのない罪で裁かれる謂れはない。
まだカンテラの燃料は十分に残っている。
「フカヒレ! "向こう側"にみんなを放り込んで!」
「シャーッ!」
「スフィ、シャオ、協力おねがい」
「まかせてっ!」
「……うぅ、わかった、のじゃ」
約1名ほど元気が足りない。
「これ以上は逃さんぞ、咎人共……」
「逃がすよ、ひとりのこらず――『
手にした黒い青銅剣が、影絵として写し取った鮫のような形状へと変わっていく。
フカヒレの心象世界を剣身に映した、"鮫"という怪異の写身だ。
動けないぼくじゃ振るしか出来ない氷月と違って影響範囲は狭いけど、消耗が少なくて自由が利く。
「喰らえ」
音もなく、影で出来た怪物が赤い男に食らいついた。
■
「なんだ、その力は……?」
空中を泳ぐように噛み砕きにいく影鰐の攻撃を、赤い男は苦も無く避ける。
武器の性能がよくても操舵がぼくじゃ、十全には活かしきれない。
わかってはいたことだけど、口惜しい。
「寵愛に似ている、しかし、これは……」
「フカヒレ、急いで」
フカヒレも頑張って生徒たちを脱出させているけれど、やっぱりペースは遅い。
「そうか……どうやってかは知らぬが、貴様ごとき半獣が、寵愛の紛い物を……断じて許せぬ」
「さっきから意味不明」
「キュピ!」
何故か怒りに震えた様子で、男はぼくたちに向かって赤い結晶を飛ばしてくる。
「てやー!」
「ヂュリリ!」
ぼくに向かってくるものはスフィが剣で弾き、自分のフィールドの上で絶好調なシラタマは流れ弾を阻止しつつ男の周辺に氷の柱を作り出して妨害してくれている。
「まいった、見た目はともかく中身は一緒」
こいつの危険度は怪鳥の時からなにひとつ変わってなかった。
隙を見てシャオが放つ水の刃や矢も、意にも介していない。
影鰐による攻撃も、まるで先読みしているかのようにゆらゆらと避けてしまう。
「寵愛の簒奪など断じて許せぬ、断じて許せぬ、断じて許せぬ!」
「理性はどこいった」
怒りに我を忘れたような様子の男が腰だめに構えた瞬間、猛烈に嫌な予感が背筋を駆け上った。
「シラタマッ!」
「キュピッ」
男の手から放たれた赤い濃霧と、シラタマが放った白い冷気が空中で爆発を起こす。
赤と白が混じった煙に視界が一気に埋め尽くされた。
「アリス、掴まって!」
「うん……フカヒレ、シャオたちを」
「は、なんじゃ! のじゃあぁ?!」
スフィに支えられて何とか吹き飛ばされないように堪えているうちに、フカヒレにシャオを"向こう側"に連れていってもらう。
ノーチェとフィリアも送り出した、残りはハリード錬師とブラッド……!
視界が晴れてくる。
赤と白の結晶が入り乱れる中、シラタマが赤い男の頭部を蹴り飛ばす。
のけぞるだけで倒れもしない男の手がシラタマの腹部を貫き、雪になって崩れたシラタマが男の背後で身体を作り直して白氷の槌を叩きつけた。
「創主の眷族でありながら! 貴様らは何故咎人に味方する!」
シラタマの本領は雪山や雪原での質量攻撃だ、こんな場所でのタイマンなんて苦手もいいところなのに必死に食い下がってくれている。
「フカヒレ! 急いで!」
「シャアー!」
フカヒレがブラッドの襟首を噛みながら、穴の向こうへ放り込んだ。
あとは……。
「ハリード錬師も!」
「ぐ、うっ」
何とか身体を起こしたハリード錬師の袖をフカヒレが噛んで、穴へと引っ張っていく。
「ちかづかないで!」
「ヂュリリリ」
正面を向き直せば、けしかけた影鰐を掻い潜って赤い男がぼくへと手を伸ばしていた。
周囲の光景がスローモーションに見える。
間に合わない距離で慌てるシラタマに、盾に差し出した剣が砕かれて目を丸くするスフィ。
影鰐を引き戻そうとしても、そもそもあれの速度は遅い。
怒りと憎しみに満ちた男の手が、貫手の形を作る。
ぼくに、これは避けられない。
参った、しくじった。
許された残り時間の中、スフィを作った穴の向こう側へ送り出そうと床に影糸の錬金陣を貼り付ける。
心臓を貫かれて、死ぬまでに何秒かかるか。
それまでに錬成を発動しようと口を開きかけた瞬間。
突然目の前に大きな影が現れた。
鈍い音がして、赤い男が吹き飛んでいく。
「滅びかけの精霊が……この期に及んでまだ贖罪の邪魔をするか……ミカロル!」
影の向こうから憎々しげな声が聞こえる。
見上げた背中はあちこち解れてボロボロで、左腕は半ばからちぎれて綿が出ている。
あちこち破けて穴だらけのシルエットは、見たことがないのに既視感があるもので。
僅かにみじろぎをするたびに、風化しかけた身体からパラパラと砂のようなものがこぼれ落ちる。
「……君は」
ぼくの声に反応するみたいに、おそるおそる振り向いたその顔は……紛れもなく"あの子"のものだった。
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