救出のために

 新たに出現した赤い世界で味方になってくれたのは、玩具たちだった。


 今までどこに潜んでいたのか、玩具たちは次々と現れては子どもたちの脱出の手助けをしてくれている。


 中でも大きなぬいぐるみ達は戦闘力も結構あって、黒兵士程度なら普通に倒してくれる。


 問題があるとしたら……。


「まって玩具さんたち、あそこにまだいるよ!?」

「ダメっぽいね」


 助ける相手の判断は何か条件があるらしく、玩具が救助に向かうのは一部の生徒限定だ。


 職員に至っては倒れていても完全スルーだ。


 いまのところ目に見える範囲で死人が出てないことだけが救いか。


「気を失ってるだけ」


 生徒とそれを庇うように倒れている教員の脈を確認すると、ふたりとも意識を失っているだけのようだ。


 ……でも不自然なほど衰弱している。


 ただの気絶と考えるべきじゃないな。


「フカヒレ、この人たちをあそこの建物に」

「シャー」


 倒れているふたりに紐をくくりつけると、フカヒレが紐の先端を咥えて集会所らしき場所に引きずっていく。


 悪いけど引きずった傷くらいは我慢してもらおう。


「アリス、さっきからあそこに集めてるけどどうするの?」

「向こう側の様子が分かり次第、道を作って強引に脱出する」


 どうにものんびりやる余裕はなさそうだ、可能な限り全員の所在を判明させて、集合次第脱出する。


 出し惜しみとか考えていられない。


 スフィとぬいぐるみの護衛を受けながら、ぼくたちは倒れている人を回収していく。


 なんだか、焼き討ちされた村で救助活動をしている気分だ。


 村が侵食している範囲がさほど広くないことだけが救いか。


「あっ!」


 移動中、何かに気付いたスフィが走っていく。


「ノーチェたち!」


 影になっている部分に倒れているのはノーチェとフィリア、それからシャオだ。


 手乗りサイズでワンピースを着た小さな兎のぬいぐるみと、精微な木彫りの和服っぽい人形が傍についていた。


 ノーチェはふたりを庇うような体勢で倒れていて、3人とも衰弱している。


「起きて! 起きてってば!」

「スフィ、ちょっとどいて」


 具合が悪くなったスフィはぼくが背中を撫でると以降は落ち着きを見せた。


 倒れている人たちも、ぼくが脈を取ったりしている間に衰弱が落ち着いていったように思える。


 こういった影響を基本受けないぼくが触ると影響から脱出できたって例は、パンドラ機関に居た頃にも何度かあった。


 というわけで。


「ていっ」


 ぺちりと音を立てて、ぼくの手がノーチェの額に当たる。


「う……うう……ニャ」


 暫くすると、魘されていたノーチェが薄っすらと目を開ける。


「…………」


 起き上がったノーチェの顔色は悪く、大分ぐったりしている様子が見て取れた。


「ノーチェ! 起きた!?」

「……おう、にゃんかすっげー嫌で苦しい夢見てた気がするにゃ」

「ふむ」


 ノーチェが起きたところで、右手でシャオ、左手でフィリアの額に触れる。


 時間が経てば、ふたりもだるそうにしながら目覚めてくれた。


「思い出せないけど……」

「最悪な夢を見ていた気がするのじゃ……」


 ふたりも状況的には一緒だったようだ。


 強制的に眠らせて、夢を通じて命を奪う……なんて回りくどくて嫌な攻撃を。


「脱出するためにみんなを集めてるの、起きて起きて!」

「待つのじゃ、すっごいだるいのじゃ」

「あっちの建物に集めてる、玩具たちが協力してくれた」

「玩具にゃ?」

「あれ?」


 スフィが周囲をキョロキョロと見回しはじめた。


 ……あれ?


 さっきまでフィリアとシャオの傍で守ってた人形がいなくなってる。


 見えるのは走り回る大きなぬいぐるみだけだ。


「いなくなっちゃった」

「姿を見せたくないのかな」


 不思議そうにしているノーチェたちへの説明を後回しにして、ぼくは再びシラタマに乗る。


「とにかく出来るだけ集めて、ぼくはハリード錬師を探す」

「まって、ひとりじゃ!」

「見つけたらすぐに戻る。スフィはノーチェたちをおねがい、ぼくはぬいぐるみと行く」


 スフィには悪いけど時間がない。


 ノーチェたちの安全を確認できたなら、次はハリード錬師だ。


 最初に作ったトンネルで脱出できた生徒たちの数を知りたい。


 まだ満足に動けないノーチェたちをスフィに任せて、ぬいぐるみを伴って駆け出した。



 フカヒレに頼んで道中の気絶者を運んでもらいつつ、村の中を探す。


 死体のようなものが多いせいか、咄嗟に倒れている人を判断できないな。


 それでもぬいぐるみ達の協力もあって生存者の救助は順調に進んでいる。


「いた」


 赤い世界を進む中、倒れているハリード錬師の姿がようやく見えた。


 記憶している位置に対して遠すぎる、やっぱり空間がねじれてるな。


 少し離れた位置にはマレーンとフォレス先生、基本的に至近距離に居た人たちは近い範囲に放り出されたみたいだ。


 3人とも流石というべきか、衰弱度合いは一番軽い。


「う……ぐ……」

「ハリード錬師、起きて。人手が必要」

「ここは……確か私たちは」


 目を覚ましたハリード錬師はかなり具合が悪そうだ。


 大変だと思うけど、頑張って貰わなきゃいけない。


「あいつが世界を塗りつぶしたみたい、みんなバラバラで気を失ってる。街側の様子を知りたい」

「……そういえば、嫌な夢を見た記憶があります。内容は覚えていませんが……少々お待ちを」


 ハリード錬師が使役獣とのつながりに集中しはじめた。


 その間にマレーンとフォレス先生を起こす。


 フォレス先生は比較的すぐに起きたけど、マレーンは意識は戻っても起き上がれないようだ。


「アリス錬師……あちらは大半の生徒たちを向こう側に送り届けたようです。避難が遅くなった生徒が数名、唐突に広がった赤い濃霧に飲み込まれて分断されてしまったと」

「逃げそこねて巻き込まれた感じね」


 巻き込まれたのが全員じゃなかったのは幸いだったかもしれない。


「トンネルの氷が砕けはじめているようですが……」

「もう一枚切り札を切るから、今脱出できる人たちは脱出させて。回収できてない人たちのリストがほしい」

「道を作ることは可能なんですか?」

「一度だけなら」

「……わかりました」


 暫く集中していたハリード錬師が、懐から取り出した手帳に素早くメモを書き込んで一枚破り、ぼくへと手渡す。


 ……名前を見てもわからないけど、大人と子どもの人数の照合はできる。


「濃霧は急速に広がっていっているようです」

「大丈夫だから逃げろって伝えて」

「一度はやってみせてくれましたからね、信じますよ」


 巻き込まれたのは殿に残った子と救助に向かった戦いの心得がある教職員らしい。


 子どもが21人、大人が7人。


 この"子どもの人数"にはぼくたち5人、マレーンとブラッドたちも含まれている。


 つまり14人、大人はハリード錬師たちを除いて5人。


 ええっと救助したのは大人の職員5人で、子どもが11人。


 残りの3人は名前を知ってる子だ。


 ブラッド、クリフォト、マリークレア。


「動けるならあっちにある集会所っぽい建物に、玩具たちに子どもを集めてもらってる」

「アリス錬師は?」

「残り3人探したらすぐ戻る、スフィに怒られそうだし」

「ぐ……ぅ、私も同行するわ……あっ」


 話を聞いていたらしいマレーンが剣を支えに立ち上がろうとして倒れ込んだ。


「無理は、するな……俺たちが……」

「いえ、フォレス先生たちは集会所の方をお願いします。行きましょう」

「うん、それじゃよろしく」

「まっ……くそ、身体が……!」


 ハリード錬師もかなり無理しているけど、大人組の中で一番やりやすいのはこの人だ。


 解決するまで無理してもらおう。


「さっさと見つけて集会所に戻ろう」

「……そうですね」


 何故か静かにしているあの怪鳥が再び動き始めるまでが勝負だ。

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