玩具の精霊

「アリス、どうしたの?」

「……うん」


 赤い空の下の街並みが、どうしてぼくの記憶にある第0セクターの偽装都市とそっくりなのか。


 あの赤い鳥が関係者だったのなら納得できるけど、理性を無くした様子から返事は期待できない。


「――おまえは、この街を知ってるのか?」


 それでも何かの手がかりを求めて、怪鳥を見上げてつい声を出してしまう。


 ギロリと、赤い瞳がぼくを見た。


「ギイヤアアアアアアアア!!」


 期待していた返答は来なかったけれど、怪鳥が完全にぼくをロックオンした。


 あれのもとになった奴は何かを知っているんだろうか。


「この街並みは、始まりの時代の遺跡によく見られる様式です」


 闇雲ではなく明確にぼくに向かって放たれる結晶を、ハリード錬師の蹴りが砕く。


「生き延びることができたならば、是非考古学の講義も取って頂きたいですね」

「検討しておく」


 軽口を叩きながら護ってくれるハリード錬師の作った隙に、目の前に赤い剣の花と光り輝く盾が出来た。


 マレーンの剣とフィリアの加護による防御だ。


 図らずもヘイトを集めてしまったんだけど、ちょっと失敗した。


「生徒たちはすぐ……に……」


 ずっと怪鳥を警戒していたフォレス先生が並び立つぼくとスフィを振り返り、心音を跳ねさせた。


 マレーンと同じ反応だ、この状況でやられても困る。


 誰か知り合いとでも似てるのか、狼人ヴォルフェンの双生児に何かあるのか……。


「…………」

「フォレス先生、ぼけっとしないでください、来ますよ」

「あっ……あぁ、まさかな……」


 じっくり考えている余裕はない、怪鳥は赤いオーラをまとって翼で身体を覆い隠す。


『赤く、赤く、覆い尽くせ、ここは我が世界』


 詠唱が聞こえる、空の赤が濃くなっていく。


「総攻撃だ、好き勝手させるな!」

「咲きなさい!」

「『風穿つ白雷サンダーレイジ』」


 斬撃や剣、雷が集中するが怪鳥はビクともしない。


『緋色の空よ、世界を喰らえ』


 ばさりと音を立てて翼が開かれた。


 怪鳥の周囲を赤いオーラが漂い、赤い濃霧が地面を埋め尽くしていく。


「ぐッ!」

「離れるな!」

「アリス! 手をつないで!」


 伸ばされたスフィの手を掴みそこねた。


 再び探し当てる暇もなく、視界は一瞬で赤に埋め尽くされていった。



「ふむ」


 赤い霧が薄れていくと、見えていた景色がさっきまでと全然違っていた。


 燃える村、あちこちに転がる黒焦げの死体。


 背後を振り返れば、遠くに破壊された研究所が見える。


 明らかに今まで居た空虚な街とは違う景色だ。


 今までは違う空間同士が競り合ってた?


 怪鳥が居た場所を中心に別の空間で塗りつぶされた感じだけど、他のみんなは……。


「アリス! どこ!?」

「こっち」


 馴染み深い声が聞こえたので返事をすると、建物の影からスフィが飛び出してきた。


「みんなは!? はぐれちゃった!」

「ぼくも見てない」


 空間の侵食に巻き込まれたせいか、再び分断されてしまったようだ。


 厄介にも程がある。


「って、ひゃっ!?」

「…………」


 話している間に黒いヒトガタが地面から湧き出るように現れた、皮鎧と兜を着込んでいてまるで兵士のようだ。


 錆びたボロボロの剣を振り上げ、ぼくたちに向かってくる。


「近づかないで! やあっ!」


 スフィは落ち着いた様子で黒い兵士を切り捨てていく、断面は漆黒の炭のようになっていて見えない。


 強さ的にはトカゲ型と変わらないか。


 大掛かりな割にさっきとやってることが変わらないのがかえって不気味だ。


『ニガサナイ、ヒトリモ、ツグナワセテヤル』

「ひうっ」


 あたり一帯に響くように不気味な声が響く。


「うぅぅ、せなかがぞわぞわする、くるしい……!」

「だいじょうぶ?」


 兵士を倒し終えたところで、スフィが苦しそうにしゃがみこんだ。


 近づいて背中を擦ると、服越しでもわかるくらいに身体が冷たくなって震えているのがわかった。


「キュピピ」


 奴の気配が薄く広がっているとシラタマが言う。


「アリスありがと、楽になってきた」

「うん」


 恐らくだけど、精神汚染の類か。


 自分の心象世界を上からかぶせて範囲を広げて、薄く広く負荷をかけて動きを封じる……。


 戦闘力をむしろ落としてどうするのかと思ったけど、脱出を防ぐという意味では有益だ。


 暫くせなかを擦っていると、スフィも回復してきたみたいで立ち上がった。


「まずはみんなと合流しよう、すぐ近くに居るはず」

「そうだねっ! ついてきて!」


 元気を取り戻したスフィが剣を振り上げて走り出す。


 ぼくもシラタマに乗ってその背中を追いかけた。


 村の中は古めかしい農村のように見えるけど、まるで焼き討ちにあったかのように荒れ果てていた。


 黒く焼けた死体の中にはフォークみたいな農具を手にしているものもある。


 背中に剣が突き刺さった大きなものが、小さなものを抱えるようにしているのも見えた。


 ……これが、あの怪鳥の心に焼き付いた世界か。


「アリス、あれ!」

「――ッ」


 スフィが指差した先を見て、ぼくは思わずシラタマの羽を思い切り握って引っ張ってしまう。


「ヂュリリ!」

「ごめん」


 抗議するシラタマに謝りながら前を見る。


 焼け落ちた建物の影から半身を覗かせる大きな犬のぬいぐるみが居た。


「……て、敵?」

「敵意はない、と思いたい」


 さすがに生体音を出さないぬいぐるみの感情は読めない。


 ぬいぐるみはぼくたちを見て、こっちこっちと手招きをしてみせた。


 思わずスフィと顔を見合わせる。


「……行ってみる?」


 何もわからないまま得体の知れないものについていくのは怖い。


 かといって他に手がかりもない。


 ……唯一信用できそうな要素はといえば、ミカロルの伝承。


 あそこに広がる街並みがあの怪鳥じゃなく、学院に館があるというミカロルの心象風景だとしたら。


「……うん」


 どうすべきかと悩んだ末に頷いた。


 もしかしたら、あの子に繋がっているかもしれない。


「行ってみよう」

「わかった、おねえちゃんが先行くからね」


 スフィがしっぽを立てながら近づいていくと、ぬいぐるみは手招きをしながら建物の影へ向かう。


 そこではツギハギだらけの木彫りの人形が、Dクラスで見たことがある犬人の少女を介抱していた。


「あの子、銀のたてものに居た……」

「クラスメイト、たしか……ポキア」


 登校初日に普人の女子生徒にお腹を吸われて半泣きになっていた子だ。


 意識を失っているようで顔色は悪い、木彫り人形はポキアが負っている軽傷を丁寧に手当している。


「ちょっとごめんね」


 シラタマから降りてポキアの様子を診る。


 血流の音は滞りない、おかしな雑音もない。


 でも肌……特に手足が冷たくて脈が弱いな、意識がないのは外傷が原因じゃなさそうだ。


「スフィ、あの声が聞こえた時って身体どんな感じになった?」

「え? うーん……なんかね、冷たいのが背中をぞわぞわーって、そしたらおむねが寒くなって……力が抜けちゃった」


 背中から胸部にかけての強い寒気か。


 心臓の動きを弱らせるのかもしれない。


 あえて怪異っぽい言い方にするなら……。


「……生命力を奪う感じかな」

「うーん、そうかも」


 これは動けなくなってる生徒があちこちにいるかもしれない。


 そこをあの黒い兵士に襲われたら……。


「ヂュリリ!」

「アリス!」

「ん」


 警戒音に振り返ると、また黒い兵士が地面から染み出してくる。


 しかしスフィが動くより先に、犬のぬいぐるみが動いて黒い兵隊を殴り倒した。


 一撃でノックダウンされた黒兵士たちは、倒れたまま動かなくなって消えていく。


 ……意外と強い。


「……ぬいぐるみさん、助けてくれるの?」


 手持ち無沙汰になったスフィが見上げながら尋ねると、ぬいぐるみはハッキリと頷いた。


「もしかして、他の子たちのところにも行ってるの?」


 まさかと思いながら聞いてみたら、それも頷かれた。


 状況はよくないけれど、絶望的ってほどでもないらしい。

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