チェイス
シラタマの背に乗って屋根の上を駆ける。
背後からは怪鳥が追いかけてきて、結晶を弾幕のようにばら撒いてきている。
「てやっ!」
「フシャア!」
「おらぁっ!」
狙いも付けずに放たれる攻撃を撃ち落とすのは、ノーチェとスフィとブラッドの3人。
素早いノーチェとパワーのあるブラッド、その間を埋めるバランスの良いスフィはなかなかいい連携を見せている。
「咲きなさい!」
「『
後ろでは鳥に向かって雷の雨や赤い剣が飛び交っている。
攻撃役はマレーンとハリード錬師が担当しているけど……やっぱり有効打には程遠い。
「これ、この後っ! どうするのじゃっ!?」
「ハリード錬師、避難の状況は?」
「隠れていたSクラスとAクラスの生徒たちの一部は無事に脱出したようです」
「まだかかりそう」
屋根を跳んで移動してるんだけど、シャオが少し遅れ気味になっている。
あまり長時間の追いかけっこはできなさそうだ。
「フィリア、きつそうならシャオと一緒に避難してる子たちのサポートに回って」
「う、うん、わかった」
フィリアにはシャオのサポートに回ってもらう、移動しながらだとフィリアの加護は使えない。
ふたりは能力的にも避難の手伝いのほうが向いている。
「あっ、あっ! アリスちゃん!」
「まぁ! わたくし達より目立ってますわ!」
ものすごくハッキリ通る声が聞こえた方向を見ると、赤と青のツートン髪と金髪縦ロールの女の子がトカゲ型と戦っていた。
人形使いの魔術師であるクリフォトと……縦ロールの方は確かマリークレアっていう子だ。
「凛々たる光よ! 道拓く勇気をここに! 『
マリークレアが演劇のような身振りと共に光の剣を作って振り回す。
スフィたちのように天性の才能に任せたぶん回しじゃなく、しっかりとした型のある攻撃だ。
意外と様になっている。
「あの、あのね! 私たちね、逃げるの手伝ってたら! はぐれちゃって!」
「どうしてわたくしより目立ってますの!? 許しませんわよ!」
「……ハリード錬師ー、ウィルバート先生たちの班は?」
「丁度合流したようです、はぐれたふたりと残った生徒を探すと戻ろうとしてますね、止めておきます」
どういう手段かわからないけど、使役獣を介した状況確認は一方通行ではないらしい。
便利なクリオネが居て羨ましい。
「ヂュリリ」
「シャーッ! シャー!」
「……ふたりのほうがもっと頼りになるから」
そんな事を考えたのが何となく伝わったせいか、シラタマとフカヒレがちょっと拗ねてしまった。
宥めながらふたりに声をかける。
「あっちの方角にずっと行くと、先生たちが救助に来てる」
「えっ、あっ、アリスちゃんたちは!?」
「しばらくアレを引き付けてから逃げる、こっそり行動して」
ツギハギだらけの豚のぬいぐるみを抱えるクリフォトを見ながら親指で背後を示すと、彼女の眼が真ん丸に見開かれた。
「ひゃああ! なんで追われてるの!?」
「わたくしも目立ちますわ!」
「クレアちゃんやめて!」
飛ぶ速度そのものはそんなに速くないから距離がある怪鳥を見て、ふたりの反応は劇的だった。
何故か攻撃しようとしはじめたマリークレアの口を、クリフォトの操る豚人形が塞ぐ。
まるで意思があるみたいに動いてるけど、魔術によって『意思を持つ人形のイメージを与えて』操ってるんだっけ。
人形に擬似的な自律行動をさせる技術は画期的で、彼女は魔術師として認められたのだとか。
「ふたりとも避難して下さいね、私たちもすぐに脱出しますから」
「わたくしだって目立てますわ!」
「そこは"戦える"と言ってほしかったですが、今は攻撃力より機動力がほしいのでお二人には不向きです」
「痛し痒しですわ……!」
マリークレアはイロモノだけど話は通じるらしい。
そもそも人数が増えすぎても困る。
「それより、ラゼオン先生が怪我した生徒たちを連れて隠れて避難中、戦えるなら合流して一緒に逃げてほしい」
「しょうがありませんわね、そちらで目立ちますわ!」
「こっそりだよ!? じゃ、じゃあ行くから! またあとでね!」
言うが早いか、マリークレアは指で示した方向に走っていく。
クリフォトが慌てて追いかけていったので、うまく抑えてくれるだろう。
きっと、たぶん。
馬とかけっこできるスフィたちを見慣れてると遅く感じちゃうなぁ。
「おどおどしてるのは声でかいし、派手な方は目立ちたがりだし、大丈夫にゃ?」
「不安になってきた」
「それより、追いついちゃうよ!」
――ギャアアアアア!
近づいてきた怪鳥が声をあげて結晶を飛ばしてくる。
「『
「乱れ咲きなさい! アマリリス!」
ハリード錬師が回し蹴りで弾き飛ばし、その隙に花びらのように並んだ剣が盾になる。
「わし、出番がないのじゃ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
即席の盾を手に砕けた結晶の余波を避けながら、変なところにこだわるシャオにフィリアが突っ込んでいた。
なんだか余裕だなあっちも。
「スフィ、足元」
「ふえっ?」
「シャー!」
「うおお!?」
立っている屋根のすぐ下から狙っていたカエル型をフカヒレが捕まえて引っ張り上げてきて、驚きつつもスフィとブラッドが無防備な敵を切り裂いた。
「あ、これ斬れるんだ!」
「びっくりした、凄いな鮫!」
「シャー」
遊泳するフカヒレは褒められてごきげんだ。
「さっきは壁の中に逃げられて斬れなかったの!」
「そうそう、こいつら攻撃効かないって思ってたんだ!」
「すり抜け移動はいつだって厄介」
今はシラタマの冷気を無駄遣いできないので、こうやって倒してくれる人員がいるのは助かる。
「だけどいつまでもやり過ごせないにゃ」
「消耗戦は著しく不利」
「フォレス先生はまだなのじゃ!?」
とはいえ攻撃の度に確実にこっちの体力も魔力は削られていく、引き離しすぎても逃げてる生徒たちの方に行かれてしまう。
弱音が少し漏れはじめた頃、凄まじい速度で迫ってくる足音が聞こえた。
「何か来る」
「――『スラッシュエア』!」
目にも留まらぬ速度で飛び上がった影が、怪鳥の首元を掠めてから近くの屋根に着地する。
「――グゥッ」
着地した時の体勢のまま屈んだ影から苦痛を堪えるような声が聞こえた。
「遅かったですね、フォレス先生」
「……すまんな、少し無茶をした。致命傷を与えた手応えはあったんだが、こんな怪物になっているとはな」
曲刀を腰に佩いた精悍な男性、入学式でも見た記憶のある彼がSクラスの担任か。
「……フォレスせんせー、血の匂い」
すんすんと鼻を鳴らしたスフィが心配そうに言う、怪我をしてるようには見えないけど、たしかに苦しそうではある。
物言いからしてあの怪鳥と戦闘したみたいだけど。
「攻撃は随分と稚拙になっているが魔王級だな、どう対処する?」
「生徒たちの避難が済み次第、足止めをして我々も脱出します。可能であれば外で迎撃をしようかと、アレクサンダー先生が騎士団に要請するため向かいました。星殿騎士団か、七星騎士の誰か、最悪の場合オウルノヴァ様が来て下されば……」
「今は星殿騎士団の大半が出払っている、七星騎士は聖都に3人滞在しているはずだが……すぐに動けるとしたら"剣聖"殿か"竜槍"殿だろう」
横で聞いてる限り、動員できる主力は数少ないって状況らしい。
出来れば怪鳥はこの空間に閉じ込めておきたいところだけど……。
……そういえば、ここって誰の心象世界なんだ?
未踏破領域の風景っていうのは核になった何か、あるいは誰かの心象世界が反映されているというのがぼくの仮説だ。
シラタマの世界は無限に続く絶対零度の雪原。
フカヒレの世界は直接見たことはないけど、頭の浮かぶのはたぶんヤシの木いっぽんの丸い無人島を中心にした大海原。
じゃあこの血のような赤い色に染まった、第0セクターの偽装都市の街並みは誰の心に焼き付いた光景なんだ?
怪鳥の世界だとしたら、あいつが第0セクターの関係者なんだろうけど……それにしてはなんだか微妙に違和感がある。
街並みこそぼくの知っている物なのに、現れる怪異がトカゲといいカエルといい知らないものばかり。
日本語を喋っているあたり関係してるんだろうけど……鳥と爬虫類でどうにもつながらない。
どうにも気になる。
唐突に湧いてきた些細な疑問は、この状況を打開する何かのヒントのような気がした。
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