追いかけっこ開始

 怪鳥はぐるぐると上空を旋回している。


「……このままでいいのかしら」

「ここからでは有効打が届きませんね」

「集中している時より、いざ動き出そうとした瞬間に邪魔する方がヘイト稼げる」


 怪鳥を倒すのは目的じゃない、というかそれを目的にしたらどれだけ犠牲が出るかわからない。


 理想は『全員の生還』だ、やつが外に出てくるならそれこそ騎士団を呼んで総力戦をしたほうがいい。


 ぼくたちのすべきことは、あくまで怪鳥の意識を逸らして逃げてる人たちの時間を稼ぐこと。


 隙だらけのところに一撃入れるより、相手の機先を制してイラっとさせたほうが効果的だ。


「……あなたたち、双子なのよね、本物の」


 そんな事を話していると、確かマレーンという少女がぼくたちに視線を向けた。


「んゅ?」

「本物の定義が不明だから返答しかねる」


 似てるだけの双子ルックだと思われたんだろうか。


 血の繋がりという意味でなら本物だって返せるけど、どういう意味合いでの『本物』なのかがわからない。


「何と言うのかしら、顔も体格も性別も同じ双子のこと……」

「一卵性双生児?」

「多分、それのことね」


 別に二卵生双生児も偽物ってことはないと思うんだけど、イメージを現実に反映させる魔術なんてものが存在する世界だ。


 一卵生であることにもそれなりに意味があるんだろう。


「スフィたちはそれだよ!」

「うん、ぼくたちは一卵性双生児」


 これはおじいちゃんから渡された、ぼくたちを拾った時に一緒に見つけた物に刻まれていた情報だ。


 生年月日が同じで、ぼくたちが『双子の姉妹』であることを示す言葉が書かれていたという。


 一応ぼく自身もその情報を確認している。


 薬と体調の影響で毛質がちょっと違うけど、ぼくとスフィの顔の作りは同じだ。


 体格がちょっと違うのは単純に食事量の違いすぎるから。


「……そう、あなた達は砂狼族よね?」

「うん」


 少し食い気味に答えてしまった。


 彼女の挙動に緊張が見られたせいだ、所属と立場がわからないのにこっちの情報を明かせない。


 ただでさえ銀狼を巡って不審な動きも多いというのに。


 スフィもそれを察したのか、少しだけ筋肉を緊張させて左手をぎゅっと握ってきた。


「…………動き始めましたね、フォレス先生は間に合いませんでしたか」


 何か話したがっているマレーンを遮るようにハリード錬師が焦りの滲んだ声をだす。


 フォローかと思いきや、普通に焦ってるみたいだ。


「じゃあ囮作戦で、フィリアとシャオはここでフォレス先生に……」」


――ギィヤアアアアアア!


 機動力のあるメンバーでヘイトを取って脱出組から離そうとしたら、怪鳥は思いもよらぬ動きを見せた。


 嘴から黒い液体を四方八方に撒き散らし、地面に落ちたそれがトカゲのヒトガタに変異していく。


 ……一番やられたら困ることをわかってやがる。


 あれなら自力で対応できる子が多いとは言え、追撃されるのは厄介だ。


「ハリード錬師、無事を祈って怪鳥だけ引き付ける方向を提案する」

「確かに手が足りませんね……同意しましょう」

「なんで普通に指示出してるにゃ……」

「この手の空間と、あの手合にはぼくが一番理解がある」


 遺憾極まりないけどね。


「問題はあれに攻撃する手段だけど……」

「それは私が……」

「いいえ、ハリード先生は魔力を温存しておいて」


 マレーンが真紅の剣を片手に前に出る。


 静かに剣を構え、上空の怪鳥に向かって切っ先を突き出す。


「咲きなさい! アマリリス!」


 突如出現した赤い花びらが周囲に舞って、やがていくつもの剣を作り出す。


 次々と飛び出していく剣が上空まで飛んでいって怪鳥の顔先を掠める。


「……あの剣って」

「レッドスケイル辺境伯家に伝わるアーティファクト『華剣アマリリス』ですね。かつての当主が未踏破領域の古代遺跡から発掘し、以後は家宝として扱われている剣です。彼女は今代の継承者ですね」


 あれがアーティファクトか、確かに魔道具と違って表面上に何らかの術式は見られない。


 作り出した剣の複雑な操作も出来るみたいだし、剣の形に複雑な術式を組み込むのはスペースの問題で不可能に近いんだよね。


「アリス! スフィの剣もってる!?」

「……さすがにスフィの教室まではいってない」

「なんで!?」


 それに対抗心を燃やしたスフィがしっぽをピンと立てて言うものの、さすがにそれまでは回収してきてない。


 たぶんスフィたちの教室のロッカーに鞄と一緒に入っていると思うんだけど。


「せっかく使い時だと思ったのに!」

「今回は我慢して」


 とりあえず錬成で砕けた床から何本か剣を作っておく。


「あたしはとりあえずこっちで我慢するにゃ」

「むーーー」

「アリス、弓はないのじゃ?」

「ある」


 シャオにはポケットから弓と矢を取り出して渡しておく。


 使い所のなかったフルカーボンのショートボウだ。


「おぉ、良い弓じゃな」

「な、なぁ俺にも剣……」

「好きなの使って」

「もっとでかいやつがいい!」

「…………」


 ブラッドも怪我してるんだから休めばいいのに、やる気はあるようだ。


 合金っぽい床材から頑丈さに振った大きめのバスターソードを作っておく。


「……いまいちだなぁ」

「大剣とか作ったことない」


 贅沢言うなと睨みつけたところで、ブラッドも渋々それを手にした。


 普通に振り回せるのは素直に凄いけど……。


 準備ができたとほぼ同時に、攻撃を受けていた怪鳥がぼくたちの方を向いた。


「シラタマ!」

「キュピッ」


 シラタマに捕まって背中に乗せてもらい、スフィたちと走る。


「天を揺蕩う雷よ、我が手に集いて雲を穿て――『風穿つ白雷サンダーレイジ』」


 ハリード錬師が雷の魔術を放つのを合図に、命がけの追いかけっこがはじまった。

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