アンノウン

「この氷の壁はいつまで持ちますか?」

「壊れるまで」


 しっぽ同盟の話し合いが落ち着いたところで、ハリード錬師が氷壁を見ながら質問してくる。


 これは魔術で生み出したものじゃないから、溶かしたり破壊しない限りずっと残る。


「では壁が破壊される前に移動を開始しましょう、ラゼオン先生」

「わかってるよ。さあみんな移動開始だ、先生が必ず守るから静かに急いで!」


 ラゼオン先生が両手を叩いて合図すると、おっかなびっくり年長の生徒たちが動き始めた。


 年の近い子や意識のある子には肩を貸して、意識のない年少の子は体格の良い子が抱えて。


「じゃあ結界を解除する、急いで」

「はい!」


 光の壁が消えると、生徒たちは氷に隠れるようにしながら研究所の外へ出ていく。


 ハリード錬師が居てくれてよかった、ぼくだけだったらここまでスムーズに話は進まなかっただろう。


 ひとりずつ歩き去るのを眺めていると、真面目そうな男の子がぼくたちの方にやってきた。


「さぁ、君たちも早く」

「ぼくたちはいい」

「はぁ!?」


 いわばぼくは"秘密の鍵持ち"だ、脱出は最後にしなきゃいけない。


「事情があるの!」

「あたしらは大丈夫にゃ、お前らは早く脱出するにゃ」

「ノーチェ! でもな!」


 食い下がる男の子を横目で見ながら、心配そうにこっちを見ていた生徒たちの数が減っていく。


 どうやら粘っている彼はノーチェの班のメンバーだったらしい。


 年長だからこそ心配してくれてるんだろうけど……素直に脱出してあげられないことを申し訳なく思う。


「アリスちゃん、アタシたちもそろそろ行くけど……」

「ぼくはブラッドたちを待って連れ帰るから、ゴンザはみんなをよろしく」

「そう……お願いね、絶対戻ってきてよ。さぁみんな行くわよ、まずはアタシたちが無事に戻るの!」


 子どもたちの中では一番動揺しているDクラスの子たちを、ゴンザがうまく纏めてくれた。


 ノーチェ班の男の子もとうとう折れて、悔しそうにしながら残りの班員を引き連れて脱出する。


「ラゼオン先生、私はフォレス先生たちを待って脱出します」

「……あの子たちは?」

「彼女たちなら大丈夫ですよ、最悪でも自分の身を守る術を持っていますから。こちらは任せて生徒たちをお願いしますね」

「…………わかった、よろしく頼むよ」


 最後までぼくたちを心配していたラゼオン先生も、渋々といった様子で生徒たちを追いかけていく。


 ここまでのぼくとハリード錬師とのやり取りで、説得する時間がないと察したのだろう。


 それでいい、こっちは少数のほうが動きやすい。


 残ったのはしっぽ同盟5人と、ハリード錬師。


「……今探索部隊と生徒が接触しました」

「良かった」


 シラタマを怖がって姿を現していなかったハリード錬師の使役獣は、どうやら探索部隊の教員に付けていたみたいだ。


 先程から氷の砕ける音がどんどん大きくなっていっている。


 あまり余裕はないな。


「このペースだと長くはもたな――」


 それを踏まえて警告を出そうとした途端、轟音を立てて壁向こうの空気が爆ぜた。


 咄嗟に耳を寝かせたけど、頭がくわーんと揺れる。


 氷の壁が一部くだけるのが見えて、渦巻く熱波の余波が壁を避けてこっちにまで吹いてきた。


「ひゃあ!」

「あっつ!?」

「あちちち! なんなのじゃ!?」

「ヂュリリ……」


 唐突な高熱にシラタマの機嫌のギアが1個下がった。


 とうとう相手がしびれをきらせて大技をかましてきたんだろうか。


 キーンと響いていた耳鳴りが治まってくると、壁の向こうから少女の甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。


 まだ耳が遠くて聞き取りづらいけど、なんか怒ってる?。


「――状況を考えなさい! 私まで焼き殺す気なの!?」

「だから悪かったって! あっ! 誰かいるぞ!」

「ちょっと!」


 氷の壁の端から、ブラッドと赤い髪をポニーテールにした女の子が走ってきた。


 ブラッドがぼくに気付いてニカっと口を開き、しっぽを振りながらこっちに来る。


「アリスじゃん! すげぇなこの壁! お前の鳥が作ったの? 俺の『轟血』でもビクともしねぇ! ぶわっ!?」


 突っ込んできたところで大きめの雪玉がブラッドの顔でくだけた。


 貴重な冷気ストックの無駄遣いだけどナイスってことにしとこう。


「ハリード先生!」


 髪の毛の先がちょっと焦げた女の子は、ハリード錬師を見てホッとしたような表情を浮かべた。


「貴女は確か、マレーンさんでしたか」

「はい、Sクラスのマレーンです。もしかして救助に?」

「えぇ、出入り口が出来たので救出にきました。ラゼオン先生は既に脱出しました」

「では私たち……も……」


 赤い髪の女の子の視線が、並んでいるぼくとスフィに向く。


 こっちに聞こえるほど大きな心音がひとつ鳴って、太鼓のような大きな音が徐々に落ち着いていく。


 ……なんだ?


「本物の双子……いえ、まさか」


 ぼくたちの顔に何か心当たりでもあるのかと声をかけようとしたところで……。


『ギイヤアアアアアアアアア!!』


 氷の壁がくだけて、巨大な怪鳥が穴から顔をのぞかせる。


 黒い顔の中の赤い光がぼくたちを見つけて、身の毛もよだつような叫びをあげた。


「不味いですね」

「あーらら」


 こっそり逃げ出してたの、バレちゃった。


 様子からして狂乱してるから理性はなさそうだったけど、そこはアンノウン……知性はバッチリあるようだ。


 底冷えするような憎悪と怒りを撒き散らし、怪鳥は一際高く舞い上がって周辺を探し始める。


 無闇矢鱈に攻撃してるけれど、目的そのものはハッキリしている。


 待機中のぼくたちじゃなくて逃げた連中を探すあたり、どうやら誰も逃がすつもりはないようだ。


「よし、もう一度」

「よくわかんないけどやめろ」

「へぶっ!」


 シラタマがぼくの意を汲んでブラッドに雪玉を当ててくれた。


 さっき『轟血』とか言ってたし、たぶん加護なんだろうけど爆発系を迂闊に使うんじゃない。


「あっ……」


 そうこうしているうちに、マレーンという強そうな女の子が動揺から復帰したようだ。


 赤い刀身に花の装飾が刻まれた長剣を振り上げる。


「落ち着いて」

「!? え、ええ……」


 ここでいきなり攻撃されて、準備もする前に怪鳥がこっちに意識を向けても困るので声をかける。


 まだ少し動揺はあるみたいだけど、話はできそうだ


「Sクラスの先生を待って、機動力のある人員で脱出まで囮をやる。そのあと全員で脱出……囮のメンバーに数えてもいい?」

「……えぇ、願ってもないことだわ」


 まだ10代前半に見えるのに、彼女の瞳には強い決意のようなものが宿っていた。


 所作からして貴族に見えるから色々あるんだろうなぁ。


 怪鳥はぐるぐると旋回しながら空高く昇っていく。


 あとはブラッドを探しに行ったっていうSクラスの担任が戻ってくるのを待つだけだ。


 やつの行動開始までに間に合うといいんだけど。

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