├赤のヘイル2
銀の箱のような建物の地下深く。
かつての地球で、『パンドラ機関アンノウンオブジェクト収容所、第0セクター』と呼ばれていた施設によく似ている場所。
真紅の魔方陣が描かれた床に、瀕死の重傷を負った赤のヘイルが倒れていた。
油断から渾身の一撃を食らい、行動不能となって自らの眷族に隠れ家であるここに運ばせたのだ。
腹部に空いた巨大な穴から覗くのは真紅の結晶の断面、彼の身体が既に人間とは呼べないものとなっている証拠。
並の攻撃など物ともしない身体だったが、今はまともに動くことすら叶わない。
フォレスの放った全身全霊の一撃は、異形となったヘイルであっても死を免れない傷を与えていた。
「なん、という、不信心……かっ」
自らの至らなさを悔いるように、ヘイルは呼吸を荒らげる。
不覚としか言いようがない。
力を認められ"寵愛"を授かった身でありながら、愛されぬ身の只人に遅れを取る。
贖罪者の筆頭である『
原因はわかっている、己の慢心だ。
創主である
相手は卑劣な簒奪者の眷族、油断などするべきではなかったのだ。
「……我が身の、不出来を、お許しください」
ひび割れた鳥の仮面の下で悔しさに歯噛みしながら、ヘイルは懐から小さなガラス瓶を取り出した。
中に詰まった漆黒の何かは、瓶が動いても揺れることもない。
言葉で表すならば『見ているだけで不安になるほど凝縮された闇』。
ヘイルは祈りを込めるように瓶を握りしめて蓋を割ると、自らの身体に向けて瓶を傾けた。
それは炎に照らされる影のように揺らめきながら、ヘイルの胸元へと落ちていく。
『
泥はヘイルの胸に吸い込まれ、その内側に溶けていく。
「ああ……創主よ……がっ、ああああああああああ!!」
浸透していく力に恍惚とした声を漏らしたヘイルが、突如うめき声をあげて胸をかきむしる。
「がぁぁぁ、ギ……ギギィ!」
ボキリ、ゴキリと何かが砕ける音を鳴らし、ヘイルの身体が変形していく。
表情を隠す仮面がひび割れ、瞳に赤い光が宿る。
床をのたうつヘイルの身体が、爆発するように膨れ上がった。
■
――ギャアアアアアアア
「な、なに!?」
「もうやだぁ……!」
入口付近の部屋に立てこもった生徒たちが、恐怖で震えながら身を寄せ合っていた。
先程から不気味な鳥の鳴き声のようなものが、ずっと下の方から床を突き抜けて響いてくる。
ラゼオンは何とか落ち着かせようとはしていたが、身の毛もよだつ怪鳥の鳴き声に彼自身も動揺を隠しきれない。
ただでさえ不安を煽る赤い世界に生理的な嫌悪感を催す怪物たち。
空腹と渇きに恐怖……そこに加えてこれだ。
10歳前後の子どもたちがパニックを起こして逃げ出そうとしないことだけが救いになるような状況。
「落ち着きなさい、大丈夫だから」
「……おい、武器作れる加護持ちってこの中に居るにゃ?」
「い、いや、戦えない子たちを守るってあっちに残って……」
「じゃあ剣を貸すにゃ!」
ラゼオンが宥めるのを余所に、ノーチェが全身の毛を逆立てるような悪寒に突き動かされるように声をあげる。
経験からくる直感が、悍ましい物が近づいてくるのを告げていた。
困惑するSクラスの生徒から武器をぶん取りノーチェが構える。
「フィリア! シャオ! やべぇ予感がするにゃ」
「みんなきをつけて!」
「な、なんなのじゃ!」
「え、アリスちゃん?」
しっぽを逆立てながら吠えるスフィを、誰かが驚いたように見つめていた。
「先生、離れたほうがいいかも!」
「そうは言ってもね……」
ラゼオンからすれば何もわかっていない状況だ、生徒の安全を預かっている立場上無闇に動く判断は出来ない。
正しい判断ではあるが、それは正常な世界での話だ。
――ギャアアアアアアア!
「ゆ、揺れてる!?」
「なんなんだよここは!」
怪鳥の声と共に建物が揺れはじめた。
何事かと生徒たちがパニックになる中、轟音と共に壁が崩れた。
「きゃああ!?」
「うわぁぁ!」
ひしゃげたコンクリを浴びながら悲鳴をあげる生徒たち。
無事だった生徒たちは、部屋のすぐ隣にぽっかりと空いた床と天井の穴……そこから見える空に浮かぶ、巨大な真紅の怪鳥を見てあんぐりと口を開いた。
『ギャアアアアアアア!』
赤い空を背景に、真紅の鳥が飛んでいた。
ヒビだらけの黒い仮面を被ったような頭部と嘴、空気を掴んで巨体を浮かべる4枚の翼。
嘴から垂れる黒いヨダレが、ぼたぼたと地面に落ちるとそこから黒いトカゲの異形が産まれる。
「ありゃ魔王級だぞ、冗談だろ……」
怪我をした生徒を救助していたラゼオンが、空を飛ぶ異形を見て愕然として呟いた。
「あ、あぁ……」
絶望に座り込んだ男子生徒と、怪鳥の目が合う。
『ギャアアアアア!』
「うわぁぁああ!?」
怪鳥が翼をはためかせると、赤い結晶が槍のように降り注ぐ。
ラゼオンは助けようとしていた生徒を庇うように前にたち、素早く詠唱を始める。
結界を作り出す魔術だったが、どう考えても結晶が飛来する速度の方が速い。
「間に合わ――」
「てやー!」
「フシャアッ!」
着弾する直前、ふたつの影がラゼオンの前に躍り出て結晶を切り払う。
「まぁまぁだにゃ」
「いける!」
スフィとノーチェだ。
借り受けた武器も質も決して悪いものではなく、ふたりの身体能力と合わされば結晶による投射攻撃を防ぐことが可能なようだった
「……すまない、助かった。弱き者たちを守る盾とならん……『
ふたりが稼いだ隙にラゼオンが魔術の詠唱を終えると、部屋を守るように白く光る半透明の壁が出来上がる。
続く結晶の攻撃は壁に防がれ、弾かれた。
「良かった、威力は大したことがないようだ」
世の中にはラゼオンの使える防御系の魔術を簡単に貫通してくるような攻撃をしてくる魔獣もいる。
あの結晶ひとつひとつの威力は、決して高いとは言えないようだった。
もっとも翼を動かすたびに雨あられと降り注ぐ赤い結晶からして、広域防御系の魔術か加護でもなければ対応出来なかっただろう。
「ひぃぃぃ!」
「きゃあああ!」
「■■■! ■■■!」
「……状況は最悪だけどね」
動ける生徒たちが悲鳴をあげたのは、光の壁を叩く不気味なトカゲの魔獣のせいだ。
怪鳥が奇声をあげるたび、こぼれ落ちた黒い液体からトカゲが産まれる。
このペースで増えれば、あっというまに囲まれて動けなくなるだろう。
ただでさえ戦力が乏しい状況での純粋な数の暴力。
一番してほしくない攻め方に、ラゼオンは軽い胃痛を覚えた。
「申し訳ないけど、動ける子たちは怪我した子たちを集めて!」
「シャオちゃん! お願い!」
「ぐ、ぬぅ……致し方あるまい! シャルラート!」
一方で動ける生徒に混じって救助活動をするフィリアに要請されて、シャオは悩んだ末にシャルラートを呼び出してけが人の治療を始める。
安全だったはずの空間は、ほんの数秒で修羅場の真っ只中と化していた。
「ノーチェ、どうする?」
「相手が飛んでると何も出来ないにゃ……」
スフィもノーチェも遠距離への攻撃手段が全くないわけではないが、安定して攻撃するとなると話は別だ。
周囲に人が居て武器の補充も出来ない、数が多くて敵の強さは未知数。
とてもではないが無理をする気は起きなかった。
「でも大人しくしてたらジリ貧だにゃ」
「うん……」
かといってこのままなら、じわじわと追い詰められていくのは目に見えている。
どうしたものかと、ふたり揃って悔しそうに表情を歪めることしか出来なかった。
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