├"閃光"のフォレス

源獣信仰オリジンカルト』、太古の時代から存在する宗教。


 現代では『源獣教』と呼ばれ、終末論の一種と思われている。


 主な拠点は何もなく、時たま信者が現れて騒動を起こす。


 彼等はその教義から精霊の生息域である未踏破領域での目撃証言も多く、襲撃騒ぎを起こしたこともある。


 襲撃に加わる大半の教徒は兵士で対処できるレベルではあったが、中には突出して高い戦闘力を持つ教徒も存在している。


 彼等は自らを断罪者『原色プライマリ』と呼んだ。


「まさかオウルノヴァ様にも悟られず、こんな近くに根城を作っているとはな」


 オウルノヴァは人智を遥かに超えた力を持つ。


 全能ではないが、自らの持つ権能の範囲であればそれこそ絶対者と呼んでも差し支えない。


 アルヴェリアは盟約によりその全土が星竜の箱庭の一部、あからさまな異常があれば察知しているはずだった。


「――あの竜も、今はそれどころではあるまい?」


 どうやってその探知をかいくぐったのか、フォレスの疑問に赤のヘイルはどこか勝ち誇ったように答えた。


「……貴様ら、どこまで関わっている」


 ギリリとフォレスの剣の柄が鳴った。


 鋭い瞳に燃えるのは純粋な怒りと憎悪、すぐにでも斬り伏せて知っていることすべてを吐き出させたい。


 その情動を全力の理性で抑え込み、フォレスは心を鎮める。


「創主様の解放の時が……我らの贖罪を果たす時がようやく来たのだ、裁かれるべき咎人が邪魔をするな」

「戯れ言を!」


 答える意思はないヘイルが片手を持ち上げ、フォレスが剣を手に踏み込んだ。


 薄く鋭い曲刀の刃が地面から生えてくる赤い結晶を切り捨てる。


 まるで攻撃してくる位置がわかっているかのように、フォレスは天井や床から生える赤い結晶を的確に回避しながらヘイルに迫る。


「あの半獣もそうだが、不快な奴らだ」

「元近衛騎士の誇りにかけて、貴様はここで討たせて貰う!」


 星竜の膝下で不埒な輩を見逃すわけにはいかないと、教師以上に騎士としてフォレスは剣を振るう。


 空気の冷えた広い空間に、硬いものがぶつかりあう音が響く。


 赤のヘイルが生み出す結晶は素早く鋭く、確実にフォレスの心臓を狙い撃つ。


 フォレスはかすかな殺気を読み取り、迫り来る結晶を確実に剣で打ち払っていく。


 いつまで立っても有効打を与えられないからか、少しずつ結晶による攻撃の密度があがっていった。


「(アーティファクト……いや、加護か。慣れていないな)」


 戦いの中で、フォレスは次第に冷静さを取り戻していた。


 赤のヘイルは尊大な態度に相応しい力を持っている、並の兵や騎士であれば既に死んでいただろう。


 しかしフォレスは一度は王国騎士の最精鋭である近衛騎士団に選抜され、聖王国最強の個人と呼ばれる七星騎士セブンスナイトの候補になったこともある騎士だ。


 彼にとって、愚直に急所だけを狙ってくるヘイルの攻撃を避けることは決して難しくなかった。


 その事実から読み取れる情報は、赤のヘイルは戦いの経験が少ないということ。


 全盛期にはかつての騎士仲間から閃光と呼ばれた自分の突きを容易く受け止め、常人なら悶え苦しむ『発剄』をまともに受けてもビクともしない身体能力。


 更には詠唱もなく人体を容易く貫く結晶を一瞬で生み出す特異能力から、『加護』持ちであると予測できる。


 すべて確かに驚異だが、扱う当人の技術はどうにもお粗末だった。


 先程逃げた犬人の生徒が重傷を負いながらも殺されずに居たのはそういうことかと納得しながら、しかし困ったと表情を固くする。


「(とはいえ、驚異は驚異だ。それにしても)」


 一時は無造作に逆鱗に触られ激昂しかけたが、フォレスは昔から戦っているうちに冷静になっていく性質だった。


 冷えてきた頭で観察していれば、赤のヘイルの違和感に気付く。


「(どうにも演技臭いな、自覚はなさそうだが)」


 ヘイルはまるで狂信者のような言動をしているが、そこから熱を感じない。


 聖王国の歴史は豊かな土地を狙う諸外国はもちろん、星降の谷にある竜の住居を聖地認定した光神教との戦いでもあった。


 彼も騎士として戦いの場に居た。


 故国のために命をかける戦士たちとも、信仰に命を捧げた光神教徒とも切り結んだことがある。


 良くも悪くも揺がぬ信念を抱く者たちには、言葉と行動に隠しきれない熱が宿る。


 ヘイルにはそれがない。


 少なくともフォレスは見取ることができなかった。


 まるで誰かに教えられた台本の台詞をそのまま復唱しているような薄っぺらさだ。


 それが事実ならば、ヘイルはあくまで尖兵でしかないという嫌な真実を示している。


「(生徒たちを逃がせるなら最悪相打ちでもと思ったが、是が非でも生還せねばなるまい)」


 戦いとはいかに情報を制するかで趨勢が決まる。


 それは古今東西、世界が違えど不変の法則だ。


 フォレスは当初の"相打ち覚悟"から、"生還"へと意識を切り替え、この場で得たすべての情報を持ち帰ることを決断した。


 『源獣教が学院内に拠点を作っていたこと』、『6年前の重大事件に関わっている可能性があること』を必ず伝えなければいけない。


「……本気を出そう」

「まるで今まで加減していたような物言いだ、不快だ」


 フォレスは一度距離を取ると、静かな動作で腰を落とす。


 加減していたのは事実だ。


 彼の家の男が代々かかってしまう病によって、フォレスの身体は自身の全力に耐えられない。


 彼にとって本気の戦闘は決着後の自滅が前提になる。


 救援も解決も見込めない状況下で、生徒を置いて主戦力である自分が真っ先に倒れては仕方がない。


 だが、いまさっき優先順位が変わった。


「改めて宣言しよう、貴様はここで確実に討つ」

「不快だ、実に不快だ……! やってみろ、咎人風情が!」


 両手を広げたヘイルの周囲に、赤い氷柱のようなものが次々と作り出されていく。


「『パワーリーヴ』」


 一度剣を鞘に納めたフォレスが、抜剣する姿勢でダンッと脚を踏み込む。


 行動を押し留めることで、次に放つ一撃の威力を蓄積させていく特殊な武技アーツだ。


 光が剣に集まっていき、更に2度、3度と同じ行動を繰り返す。


「(これを見過ごすあたり、やはり戦い慣れて居ないな)」


 散々回避された経験からすぐには攻撃してこない。


 ヘイルは警戒はしているようだが、何をしているかは理解していないようだ。


 戦い慣れている人間であれば、この手の『溜め技』をそのまま見過ごすことは絶対に無い。


「『パワーリーヴ』」


 4度、5度繰り返し、ようやくフォレスは息を吐く。


 白い光が柄を握りしめる手に集まっていた。


 これでようやく全盛期。


「貴様が護りに絶対の自信があるというなら、受けてみるといい」

「創主様のお力に対して、なんと不敬な……!」


 フォレスが挑発してみれば、結晶を作り待ち構えていたヘイルはあっさりと乗ってくる。


 結晶が飛んでくるタイミングに合わせて、フォレスは力を開放するように踏み込んだ。


「『フラッシュペネトレイト』」

「――!?」


 武技の名前が呟かれ、抜刀しながら切っ先がヘイルに向かって突き出される。


 音を置き去りにしてフォレスが加速した。


 ヘイルが反応する間も与えず、剣がローブごとその身体を貫いて通り抜ける。。


 フォレスの移動した跡を描き出すように光が追いかけ、薄暗い空間を隅まで照らし出した。


「ガッ……ギッ……」


 フォレスが振り返ると、身体の中心に大きな穴を開けたヘイルが崩れ落ちる姿が目に入る。


 致命傷という単語が脳裏をよぎるが、何故か嫌な感覚が拭えずにフォレスは剣を手にヘイルに近づこうとする。


 倒れたヘイルの下、床に当たる位置から不気味な長い腕がするりと飛び出し、ヘイルを抱えて床の中に消えていく。


「ご、あ、不覚、だ、咎人が……! この借りは、必ず、返す!」

「待てっ……ぐっ!?」


 捨て台詞を残してその場を去るヘイルを追撃しようとしたフォレスだったが、技の反動により苦悶の表情を作って剣を支えに膝をついてしまう。


「ぐ、うぅぅぅ……俺が甘かった、既に人の身を捨てていたか」


 人間ならばまともに動けない致命傷だ、あの不可思議な力を手に入れた時点で人間の身体を捨てていたとしても不思議ではない。


 フォレスは似たような力を得た、神兵と呼ばれる存在も知っている。


 手に入った情報と生徒を守らなければいけない立場に、焦りが出たのだ。


 大量の脂汗をかきながら、フォレスは何の痕跡も残っていない床を睨みつけて悔しそうに唸るのだった。

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