├銀の箱3

 合流したSクラスの担任と生徒達は、戦える年長のメンバーが中心となって街中を探索していたと説明した。


「Bクラス以外は全員こちらに招き入れられてしまったようだ」

「すぐに合流できたのが幸いだった」


 彼等もまたレクリエーションの途中、前触れもなく気付いたときには赤い世界に閉じ込められていた。


 ただし出発地点の違いからか、D以外のクラスは近くに固まっていたためにすぐに合流できた。


 当人たちとしては幸運だったが、同時にスフィたちがはぐれてしまった原因でもある。


「ってことは、あたしらてんで違う方向に向かっちゃってんだにゃ」

「あちゃーだね」

「なんてことだ……」


 このあたりは経験値の差が悪い方向に出てしまったと言える。


 数回とはいえ未踏破領域を歩いた経験があるノーチェは驚きはしても恐れはしなかった。


 安全確保のため即座に行動を起こしたことも間違っているわけでもない、他に誰かがきている確証なんてないのだから。


 ただ今回は少しばかり歯車が噛み合わなかった。


「でも合流できてよかったね!」

「……そうね、それに目立つ建築物に集まってくれて助かったわ」


 赤い髪の少女、マレーンが周囲を警戒しながらスフィの言葉に頷く。


「他の生徒がいるってよくわかったにゃ」

「戦闘痕があったからな」


 ノーチェの疑問に答えたのは30代前半の厳しい表情の男性、長剣を片手に緊張を解かずに居る彼はSクラスの担任。


 将来を嘱望された優秀な騎士だったが、病により引退して教職についた。


 王立学院の教師にはそういった騎士や元"騎士"が少なからず居る。


「ほんと肝が冷えたよ、ただでさえ治療師から注意されてるってのに」

「悪かったにゃ、先生」


 苦笑しながらも、自分の受け持つ生徒が揃って胸を撫で下ろしているのはAクラスの担任。


 飄々とした40代の男性で、とっつきやすい雰囲気から生徒たちから懐かれはじめているズボラ系教師だ。


 右手には使用した痕跡のある長棒を手にしており、それなりに心得があることが伺い知れた。


「Cクラスの担任と戦えない生徒は近くの家屋の中に匿っている、ここが安全かを確認したら迎えに行くつもりだったが……」


 Sクラスの担任の視線は、破壊されたぬいぐるみに向かう。


「……ミカロルの眷族か、噂は本当だったようだな」

「"ミカロルの館"がこんな不気味な場所だとは思っていなかったけどね」


 教員たちの言う"噂"とは、生徒たちの間に流れている七不思議とは少し違う。


 かつて一時行方不明になった生徒からの証言と、代々伝え継がれている伝説のことだ。


 学院本館は、建国時に存在していた遺跡の上に建てられている。


 そこは今に語られる玩具の精霊神ミカロルの館だった場所であり、当時の王は子どもたちを預かる場所として相応しいと星竜から薦められたという。


「どんな場所だと思っていたんだ?」

「玩具の国みたいな、もっと夢のある場所だと思っていたよ」


 Aクラス担任の言う通り、玩具たちが楽しく暮らすファンシーな世界を想像している人間も多い。


 しかし現実は赤い空の下に化け物が闊歩する不気味な街だ。


 ミカロルの屋敷に招かれてみたいと思う多くの女性が見れば、さぞ落胆することだろう。


「ひとまずここは安全そう、か?」

「化け物はいないな」

「いや、そうでもないにゃ」

「あ、あのね!」


 魔獣の気配がないせいか、落ち着いて雑談をはじめた面々に向かって、犬人のポキアが勇気を振り絞ったように声をあげた。


「み、みんな……えっと、Dクラスなんだけど! 班の子たちが! 奥にいて、お化けに襲われ……」

「なぜ早く言わない!? 場所を言いなさい!」

「ひぅっ、あ、あっちの通路の奥にある、変な部屋で」

「わかった。ラゼオン先生、ここは任せる」

「私も行くわ」

「おっと、頼んだよ」


 場所を聞き出すなり飛び出していったSクラスの担任とマレーンを見送り、Aクラスの担任『ラゼオン』はふぅと息を吐いた。


「Dクラスの子だっけ、大丈夫だよ。フォレス先生は強いから」

「ひゃ、ひゃい……」

「スフィたちも行ったほうがいいかな?」

「下手に動かない方がいいにゃ」

「そう、それで正解だよ。さてみんな、落ち着ける場所を探そうか」


 ラゼオンはポキアを慰めながら、生徒たちに声をかけて受付の奥にある部屋の様子を探る。


 普段と全く変わらないラゼオンの様子に、生徒たちも落ち着きを取り戻して行動をはじめるのだった。



 フォレスとマレーンは薄暗い廊下を駆けていた。


「マレーン、何故ついてきた」

「私も戦えるもの」

「怪我でもされたら事だ、戻れ」

「嫌よ」


 引き返すように伝えるものの、マレーンは頑なに拒絶する。


「(生徒ひとり引き離せないとは、随分と鈍った)」


 全盛期であれば簡単に距離を取り、諦めさせる事もできたかもしれない。


 しかし現時点では、例え全力で走ってもマレーンはついて来るだろう。


 それを察したフォレスは諦めたように深いため息を付き、前に向き直った。


「お前の家の事情はわかるが、無茶をするな。指示には必ず従え」

「わかっているわ」


 手柄を焦るようなマレーンの様子に苦い表情を隠しもせず、フォレスは仕方ないと念を押しながら速度をあげていく。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」

「■■■」


 通路の先で、歪なカエルの異形に捕まりかけている少年が見える。


 フォレスはそれを視界に入れるなり、左腰に佩いた曲刀の柄に手をかけて深く踏み込んだ。


「――『フラッシュライナー』!」


 口から鋭く短く言葉が紡がれ、滑らかに剣が鞘から抜き放たれる。


 次の瞬間、フォレスの身体は燐光をまとって一直線に加速した。


 一瞬でカエルの異形を通り過ぎ、その体を両断する。


「ひ、ひぃ!」


 服を掴まれていた少年は衝撃で転がり、悲鳴をあげる。


 不意打ち気味の攻撃で切り裂かれたカエルの異形だったが、しかし半分になったままフォレスを振り返った。


「アマリリス、咲きなさい」


 死に体となったカエルを、地面から生えた真紅の剣身が引き裂く。


 フォレスが振り向きざまにカエルの身体を引き裂くのと、殆ど同時の出来事だった。


「はぁ、はぁ、すげぇ……」

「無事かしら」

「あ、うん……」


 恐怖に胸を押さえていた少年は、何とか呼吸を整えながら感心した様子を見せた。


「他の子たちは奥か?」

「そ、そうです」

「玄関口にAクラスのラゼオン先生がいる、動けるならすぐに向かいなさい。動けないなら……」

「だ、大丈夫です」


 少年は脚が震えてはいるが、何とか立って歩けるようだった。


「みんなを……お願いします。ブラッドが、みんなを庇って暴れながら奥にいっちゃって」

「わかった、気をつけて戻れ」

「後は私達に任せなさい」


 生徒がよろけながら玄関に向かうのを少し心配そうに見送ってから、フォレスとマレーンは再び走りはじめる。


 戦闘痕のある食堂のような場所を抜け、ふたりは痕跡を辿りながら更に奥へと向かっていった。

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