├銀の箱2

「あの人形……」

「ポキアちゃん、いまは離れよ」

「う、うん」


 人形を見ながら困惑するポキアの手を引いてスフィが走る。


 向かう先は入り口、複数の足音が近づいてくる方だ。


 カエルの異形からは途方もない悪意を感じたが、対抗するように現れた玩具たちからは嫌なものを感じなかった。


「玩具さんたち、たぶん守ってくれた!」

「……あたしにもそう見えたにゃ」


 あのタイミングでわざわざ現れて、自らが壊されながらもカエルの異形を追い払う。


 自分たちを守ろうとした、玩具の行動はそうとしか見れない。


 何より精霊との親和性が高い"愛し子"であるスフィの感覚が、昔からアリスのことを見守っていた精霊たちと同じ気配を感じ取っていた。


 走るスフィたちが入り口にたどり着いた時、班員であるAクラスの子どもたちも建物内に入っていた。


「みんな!」

「突出して悪かったにゃ」

「本当だ! 心配したぞ!」


 通路から現れたふたりに、金属棒を手に警戒していた班員たちが安堵した表情を見せた。


 貴族の少年が音頭を取って残ったメンバーで入り口、すなわち退路を守っていたのだ。


「リーダーやるなら勝手に動くな!」

「ごめんにゃ」


 つい"いつもの感覚"で動いてしまったノーチェは、頬を引きつらせながら素直に謝った。


 大抵の場合はアリスが何も言わずとも指揮を取って"いい感じ"にしてくれていた。


 そのせいで突出しても大丈夫という意識が染み付いているのを自覚して、反省する。


「その子は?」

「Dクラスの子だった!」

「……そうか、Dクラスも来てるのか」


 一瞬の沈黙の後、貴族の少年は思考を切り替えるように目を閉じる。


「とすると、他のクラスも来ているのか?」

「あ、あのね、奥にDクラスのみんなが……」


 萎縮しながらも、ポキアは勇気を振り絞るように声を出して何かを伝えようとする。


「うわぁ!」


 それを遮るように外を警戒していた少年が悲鳴をあげた。


「そ、外から魔獣が!」

「まずい、出られなくなるぞ!」

「逃げようよ!」

「どこによ!?」


 子どもたちの気配を察知したのか、建物の外からわらわらとトカゲ魔獣が押し寄せてくる。


「何か扉を押さえられるものはないにゃ!?」

「ここなんにもないよ!」


 流石のノーチェたちも一度に押し寄せられると対応しきれない。


 慌ててバリケードを作ろうとするも、受付にはベンチのひとつもない。


 ノーチェとスフィが仕方ないと金属棒を手に覚悟を決めた瞬間、ガラスの向こう側で花びらが舞った。


「華剣――アマリリス」


 凄まじい跳躍からトカゲたちと玄関のちょうど中間に着地したのは、12歳ほどの制服を着た少女だった。


 真紅の長い髪を頭の後ろで結んだ少女は、手にした美しい紅い刀身の長剣を振るう。


 渦巻くように紅い花びらが舞い散り、トカゲたちの身体に張り付いていく。


「咲き誇れ」


 涼し気な眼で流し見て、小さな唇が言葉を紡ぐ。


 次の瞬間、舞い飛ぶ花びらが剣へと変じた。


 トカゲたちは抵抗する間もなく切り裂かれていき、残ったのは赤い髪をなびかせる少女ひとり。


「あれは……」

「誰にゃ」

「なぜ知らないんだ!? Sクラスで入試2位のマレーン・リュエル・レッドスケイル! レッドスケイル辺境伯家の御令嬢だ! 実技試験でターゲットとなったゴーレムを秒殺したのを知ってるだろう!」


 まったくわかっていないノーチェに貴族の少年は吠えるが、しっぽ同盟の面々は首を傾げるだけだ。


「自分のおわったらアリスと遊んでたから、たぶん見てない」

「同じくにゃ、あたしらの番終わってたしにゃ」


 少し前に行われた入試の現場、筆記試験こそ大人しくしていたアリスは実技試験で本領を発揮していた。


 実技試験では担当教員である錬金術師がゴーレムを操って基礎体力や基本的な戦闘能力を測る。


 あくまで基礎体力を調べるための代物なので動く木偶人形程度でしかないが、破壊するのは困難だ。


 スフィたちは本気を出すまでもなく中破させたが、それで興味を失い他の生徒を見ていなかった。


 というのも、アリスが自分に充てがわれたゴーレムの制御を奪取して魔改造していたから。


 勝手にコアをいじくり回して出力と制御能力を無理矢理引き上げたのだ。


 初めて1流のゴーレムマイスターの技に触れたアリスは、その性能に驚きながらラジコンと格闘ゲームの要領でスフィやノーチェと楽しく遊びはじめた。


 試験当日は天気に恵まれたため、途中で陽射しにやられたアリスが倒れたことで遊びは終了。


 結果としてアリスは『突っ立って遊んでいただけ』という評価を受け、試験官たちは深い溜め息を吐かされた。


 訓練用とは言えしっかりつけた筈のセキュリティを、ものの数秒で突破されたゴーレム使いは終始遠い目をしていたという。


「お前らな……」

「待って、マレーン様が居るってことはSクラスの他の人たちもいるんじゃ!?」


 班員の希望は正解だった。


 程なくしてマレーンに追いついてきた制服姿の少年少女が、魔術や武技を駆使してトカゲ魔獣を駆逐していく。


 スフィ達のよく知る顔もある、SクラスとAクラスの混合チームだ。


「生徒だけで行くんじゃない! 無事か!」

「怪我はない? 他の子たちは!?」


 少し遅れて追いついたのはSクラスとAクラスの担任たち。


 玄関で怯えていた生徒たちに安堵の感情が広がっていく。


 人数というのは力だ、大人と共に戦えるメンバーの合流は、不安の中にあった生徒たちには赤い世界に差し込む希望の日差しに見えた。


「なんで皆武器持ってるにゃ?」

「ずるい!」

「あぁいや、Sクラスに武器を作り出せる加護持ちが居て……」


 槌を持った大柄な男子生徒、Aクラスの知り合いがノーチェの質問に答える。


 希少な加護持ちも王立学院ではそれなりに存在する、彼等の武器もそんな加護持ちが生み出した物のようだ。


「あー……便利だよにゃ、こういう時」

「なんでそんなしみじみ言うんだ?」


 身内に加護持ちほど便利ではないが似たようなことが出来るふわふわがいる。


 一応特異な能力をおおっぴらにする訳にもいかず、ノーチェは口を噤むのだった。

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