├裏世界2

 七不思議探しのレクリエーションは、巨大な学院の内部を1年生に案内する目的で毎年行われている。


 1クラス20人前後を6人から7人の3班に分けて、担任の引率のもとで建物内を探索する。


 普段はグラウンドや複数ある別館も範囲になるが、今回は雨季のため移動は本館内に限定されていた。


 七不思議にかこつけてはいるが、辿る場所は関係ない場所も多い。


 決められたエリアの中、担任の待機している場所を中心にそれぞれの班が隠されたヒントを探す。


 協調性や団体行動を学びつつ、これから使っていくことになる学院施設に慣れさせる。


 毎年行われてきた行事だ、教員たちも十分に注意していて危険性はない。


 そのはずだった。



「ウィルバート先生は!?」

「ダメだ、こっちにもいない」


 Dクラスの面々も不思議な建物が立ち並ぶ赤い世界に居た。


 アルヴェリアの建築様式にも似ているが、石造りと思われる家。


 幼い子どもたちの目から見れば、何か不気味な世界としか映らない。


「ひっく、ぐすっ」

「泣くな! だいじょうぶだ!」


 泣きじゃくる幼い生徒に向かってブラッドが叫ぶ。


 襲ってくる二足歩行するトカゲの魔獣に対抗できるのは、Dクラスではたった数人。


 ブラッドは数少ないそのひとり、班のリーダーとして仲間を守ろうと必死だ。


「うぅ、怒鳴らないでよ……」

「なんだと!」


 しかしながら、強者として生まれ育ったブラッドには弱者の気持ちがわからない。


 自分が居るから大丈夫だと伝えても、強い言い方は文化も能力も違う普人の子どもには通じない。


「ブラッドくん、落ち着いて」

「でもよ! くそぉ……!」


 同行している犬獣人の少女から諌められて、怒鳴ろうとしていたブラッドは口を閉じる。


 好きで怒鳴っているわけではない、優しく元気づける方法や安心させるやり方を知らないのだ。


「とにかく他の奴らも見つけて合流しないと!」

「そうね、みんなそろそろ限界よ」


 ブラッドたちはもう1組の班と合流し13人、人数が増えた分戦えるブラッドの負担は増えていた。


 その重圧で焦りが表に出て、周りが萎縮してしまう悪循環が出来上がっていた。


「大声をだすわけにもいかないよな」

「あいつら、音にも反応するものね」


 悔しそうなブラッドの言葉にゴンザがため息を吐く。


 トカゲの魔獣は目も耳も見当たらないのに、姿にも音にも反応する。


 誰かを探そうとして声をあげれば、どこからともなく魔獣がやってくる。


 出口のわからない赤い世界に襲ってくる化け物たち。


 子どもたちの精神はゴンザの言う通り限界に近かった。


「もう、戦えるやつはいないのかよ!」

「ぶ、武器がないと」

「戦える子はもうひとつの班に……」


 戦える人員の少なさも、彼等を追い詰めるのに拍車をかけていた。


 せめて担任の姿があればもう少し安心できたかもしれないが、肝心の大人は離れていたせいか近くには居なかった。


 もしかしたら自分たちだけがこの世界に迷い込んだのではという不安が、子どもたちの恐怖を煽る。


「せめて交代で戦えればな……」


 猪突猛進を地で行くブラッドをして、思わず弱気が漏れた。


 ここに来るまで現れた魔獣は全てブラッドひとりで対処している。


 村の戦士たちからも認められた練気を使い、爪を強化する武技を駆使してだ。


 推薦で入ってきた"特待生"の名に恥じない強さだったが、ひとりでは限界もある。


「さぁみんな、もうちょっと頑張って! 休める場所を探しましょう!」


 最低限体力はある獣人たちと、普段と変わらぬ調子で生徒たちに声をかけるゴンザのおかげで何とか持っているが、体制が崩れるのは時間の問題に思えた。



「ねぇ、この部屋って」

「似てるにゃ……」


 ノーチェたちは探索を切り上げ、適当な民家に入っていた。


 戦闘力のあるメンバーがお互いの死角をカバーしながら建物内に侵入し、内部の様子を探る。


 見慣れない外観の建物の内部には、どうしてか見覚えのある風景が広がっていた。


「な、なんで?」

「わからにゃいけど……やっぱ関係あるにゃ?」


 周囲に聞こえないように声を潜めた理由はひとつ、自分たちの身内が関わっている可能性があったからだ。


 入学してからそろそろ1ヶ月。


 ノーチェたちもAクラスに馴染んできて、仲良く話せる相手も出来てきた。


 普人ばかりで貴族も多いが、話の通じる子ばかりで学校生活は順調なものだ。


 だからこそ、こっちに班ごと飛ばされた時もスムーズに協調できたが……。


 それなのに、この状況で変に疑われて話がこじれるのは勘弁してほしかった。


「アリスがいれば何かわかったかもしれにゃいけど」

「床も壁も……何より家具がそっくり。"あっち"には無いものばっかりだよ」


 何度見ても結果は変わらない。


 リビングらしき部屋から見える台所には、自分たちも使い慣れた家具がある。


 食べ物を入れてスイッチを押すと中身を温めてくれる箱。


 いつも冷気で満たされた、冬を閉じ込めたような大きな箱。


 つまみをひねるだけで火が灯る円形の道具。


 置かれているソファも、アヴァロンで見たことがある木造革張りのもとはデザインも素材も違う。


 ここはアリスの持っている鍵で出入りできる部屋とそっくりだった。


「……おもいだした」


 部屋に入ってからずっと黙っていたスフィが思わずといった様子で口を開く。


 この世界に迷い込んでからずっと感じていた既視感の正体に気づいたのだ。


 空の色が不気味に赤いせいで印象が変わって気付けなかったが、スフィには街並みに見覚えがあった。


「ここ、夢でみたことある」

「む、どういうことなのじゃ?」


 息を呑むノーチェとフィリアに対して、唯一アリスの裏事情を聞いていないシャオが首を傾げる。


 アリスの言う"前世"とやらに関係がある場所だ。


 そんな説明出来るはずもなく、スフィたち3人は困ったように顔を見合わせるのだった。

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