├裏世界1

 アリスがハリード錬師に抱えられて学院内を調査して回っている頃。


 レクリエーション中に消息を絶ったスフィたちは不気味な場所を歩いていた。


「……また戻ってきちゃった」

「あーもう! どこにゃここは!」


 不安そうに周囲を伺うスフィの声を聞き、先程から似たような景色を見続けているノーチェが荒ぶる。


 血をぶち撒けたような赤い色の空に、黒い雲が浮かぶ世界。


 夕暮れに染まった色合いの街は石のような素材で出来た家が並んでいる。


 同じような外観の家を、スフィたちは旅の中でも見たことがない。


「変な魔獣も出てくるし!」

「邪魔だにゃ!」


 街を歩くスフィたちに襲いかかるのは、不気味な形の魔獣。


 二足歩行する黒いトカゲのような姿形に異様に長い手足、手には工具のようなものを持っている。


 卵のような顔に目鼻は無く、縦に裂けた口から甲高い声で奇妙な音を発する。


「■■■■! ■■■■!」

「ひ、ひぃぃぃ!」


 スフィたちと一緒に行動していた男子生徒が、横から現れた魔獣に悲鳴をあげる。


「あぶない!」

「あっちいくのじゃ!」


 即座に動いたのはフィリアとシャオ、道中で見つけた金属棒で魔獣を殴りつける。


「■■■!」


 殴られた魔獣はよろけて、手を乱暴に振り回しながら近くの家の中に逃げていく。


「ふん、弱いのじゃ」

「でも……」


 スフィたち3人は言わずもがな、シャオもアリスたちとの旅でそれなりに経験を積んでいる。


 自分たちで倒せる相手と分かれば問題なく対処できていた。


「す、すごいね、みんな」

「おう……それにしても武器がほしいにゃ」

「アリスがいればなぁー」


 襲ってきた魔獣を撃退したところで、ノーチェは手の中にある金属棒に視線を落とした。


 それなりに重量があって頑丈な棒は建築途中の建物の資材として積み上げられていたものだ。


 武器として使えなくもないが、やはり使い慣れている剣とは雲泥の差。


 経験値のあるノーチェたちは、今よりも強い魔獣が出てきたら危険だということを理解していた。


「ぼやいても仕方ないにゃ、出口を探すにゃ」

「…………うん」

「スフィちゃん、さっきどうしたの?」


 生返事をしながら怪訝そうに街並みを見回すスフィに、Aクラスの生徒が恐る恐る声をかけた。


 学院内を歩き回る楽しいレクリエーションの途中、周囲の景色が塗り替わるように変わって……気付いたら同行していた班の全員がこの赤い世界にいた。


 見たこともない不気味な世界に不気味な魔獣。


 怯える生徒たちの中で、スフィだけは何かを思い出そうとするかのように周囲を観察していた。


「うーん……見たことあるような、無いような、わかんない」

「……えぇー」


 スフィを襲うのは既視感。


 この街並みも魔獣たちの発する鳴き声も、見た記憶はないのに何故か覚えがある。


「まさかここがミカロルの館とか言わにゃいよな」

「かわいくないからやだ!」

「そういうことじゃないにゃ」


 スフィのズレた返答に呆れた様子を見せながら、ノーチェは顔を上げた。


「とにかくもうちょっと歩いてみて、何もなければ休憩するにゃ。幸い休めそうな建物はいっぱいあるにゃ……安全かはわかんにゃいけど」

「あの化け物の巣だったりして」

「ちょっと! 怖いこと言わないでよ!」

「ま、そうだとしてもあたしらがやっつけてやるにゃ」


 ノーチェはこの世界に迷い込むなり、素早く状況を確認して武器を確保した。


 更には現れた魔獣を倒し、異常事態でも動じない余裕をみせて完全に班員を掌握してみせたのだ。


 おかげで生徒たちも異常事態に関わらず比較的精神が安定している。


「カッコイイ……」


 班員の女子生徒から憧れの視線が、彼等にとってどれだけ頼もしい存在になっているかを物語っている。


 そんな生徒たちに背を向けて、ノーチェは悟られないように静かに長く息を吐いた。


「(アリス、気付いたら助けるために動いてくれるよにゃ……?)」


 いきなり孤立無援でこんな場所に放り込まれ、魔獣との戦いを強いられる。


 いくら相手が弱いとはいえ戦いそのものは命がけだ、自分だけじゃなく同行者の命もかけた。


 かかるストレスは想像を絶し、少女の胃袋をずんと重くする。


「(頼りにしてるにゃ)」


 それでも自暴自棄にならず、余裕を持てるのはアリスがいるからだ。


 体力面で不安要素しか無いアリスも、こういった異常事態にはめっぽう強い。


 本物の愛し子であるシャオ曰く愛し子ではないようだが、精霊に愛されていることには間違いがない。


 なんとかしてくれるだろうと期待するのは無理からぬことだった。



「それにしても、スフィは随分と落ち着いておるのじゃな」

「え?」

「ほれ、例の海賊船の時にはずいぶん慌てておった記憶がな」

「あぁ、アリスちゃんが巻き込まれてないからじゃないかな」


 今回の騒動にあたり、スフィは非常に冷静だった。


 Aクラスでは卒なく授業をこなし、クラスメイトとも打ち解けている。


 文武両道で落ち着いているスフィは、優秀な生徒が集まるAクラスでもとりわけ優秀だと評価されていた。


 一部の教員からは「流石は錬金術師ギルドからの推薦」「なぜSクラスに行かないのか、勿体ない」とまで言われているほどだ。


「アリスちゃんが関わらないと、すごく冷静なんだよね……」


 もう1年近い付き合いになるフィリアだからこそわかること。


 スフィはアリスが近くに居ない……危機的状況にない場合、普段の天真爛漫さが嘘のように冷静になる。


 恐らく無意識に役割分担して、そういった部分は妹に任せているのだろう。


「アリスは今頃どうしておるじゃろう」

「わたしたちのこと探してる……といいな」

「学院ごとひっくり返そうとしておらねばよいのじゃが」


 アリスという少女は愚かではないが、妙に脳筋な部分がある。


 無茶をしていなければいいなと、一行の中でも常識的なフィリアとシャオは空を見上げる。


 迷い込んでから数時間、空は相変わらず不気味に赤いままだった。

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