鏡の中の怪人

「ハリードさん! 困りますよ、生徒を連れてきて何かあったらどうするんですか!?」

「ははは、申し訳ありません。彼女を止められなくて」

「止めてくださいよ!」


 七不思議の噂が立っている中で一番気になった鏡のある大階段まで行くと、既に教員たちが現場調査をはじめていた。


 そこに堂々と乗り込んだ所、至って当たり前のように怒られた。


 ハリード錬師が。


「薄く伸ばした銀の上に透明度の高いガラスを均一に流し込んだ一般的なもの、この大きさで作る技術は流石」

「ガラス工芸で有名なリリンジ工房の作で……ってなんで生徒が紛れ込んでるんだ! 君は何年生だ!?」

「君は噂の1年生じゃないか、危ないからラウンジに戻りなさい」


 色々言ってくる大人を全部無視して、大人の背丈より大きく横幅も数メートルはある大鏡に『解析』をかける。


 ……見た目通りに凄く良く出来た、普通の鏡だ。


 錬金術的に不自然な部分はない。


「変質したエーテルの残留物ってここにもあるの?」

「え、あ、あぁ……鏡の周辺にあったけど」

「答えるな! いい加減にしなさい! 危ないことがあるかもしれないんだ、教員に任せて君は……」


 ふーむ。


 正直に言えば、7つある噂の中でピンポイントに何かに関わっているものなんてひとつかふたつだと思っている。


 古い置物や芸術品に何かしらの噂が立つのはよくあることで、パンドラ機関の施設内でも似たような話はあった。


 この学院の噂で言うなら、ぬいぐるみの目撃情報と照らし合わせれば多少絞れてくる。


 図書館を覗く影や学院を徘徊するぬいぐるみは目撃情報からしても精霊関係。


 絵画と動く彫像はポピュラーな噂として常に存在しているだけで、何かしらの謂れはないという。


 だとすれば渡り廊下、大階段の鏡、救護室の何処かに何かがあると踏んだ。


 救護室は治療師が居ない時に人形の影みたいなのがぼそぼそ喋ってるのは見たことがある。


 シラタマに聞いてみるとこの地に古くから居る精霊の一種みたいで、位としては微精霊。


 精霊の系譜は『神獣』を頂点に精霊神、精霊王、上位精霊、下位精霊と分かれる。


 上位精霊には『大精霊』と『精霊』が分類され、下位精霊は『小精霊』『微精霊』が分類される。


 まぁ人間がつけたざっくりとした区分だけど、精霊側も説明するのに便利だから使っているようだ。


 微精霊は明確な形……つまり意思や自我を持っていない存在で、彼等の力ではだいそれたことは出来ないという。


 動物とかのハッキリとした形を取って意思疎通が可能になるのが小精霊からで、人間が契約できるのもそこまでだとか。


 救護室に居る古い精霊は今回の件とは違うだろう。


 残った部分は階段の鏡と渡り廊下。


「彫像と絵画の残渣反応は?」

「何もなかったから! わかったら戻りなさい!」

「じゃあ次は渡り廊下。ハリード錬師、噂の場所って特定されてるの?」

「話を聞きなさい!?」

「思った以上に強引にいきますね」


 笑いを堪えるようなハリード錬師に抱き上げて貰い、教員の包囲を抜ける。


 鏡に近づかせないようにしようとする圧は強かったのに、離れていくのはスルーだった。


「ハリードさん! そのまま確保してラウンジに連れて行ってください!」

「いや、反省室も空いてますよ!」

「……反省室に入れる?」


 抱えられながら顔をあげて聞いてみると、ハリード錬師が口元だけで苦笑した。


「流石に騒動の真っ只中に破壊されるのは困りますね」

「普段も壊されたら困る……って、その子は暴れるような子には見えないが」

「アリス錬師は正規の錬金術師ですよ、この学院の構造物くらいなら錬成で干渉出来るでしょう」

「はぁ!?」


 錬金術師ギルドの建物ほどじゃないけど、学院の構造物も錬金術師対策でかなりガチガチに固められている。


 いくらなんでもそんな簡単にはいかない。


「学院の建物に干渉できる錬金術師なんて片手の数に満たないのではないのか……?」

「だから"推薦者"は彼女に名義を貸したんですよ」


 小声で確認してきた錬金術師のコートを着た教員が、ハリード錬師の言葉に驚いたようにぼくを見た。


 確か推薦人を知っている教員は錬金術師派閥の一部なんだっけ。


 獣人の錬金術師は非常に少ない上に、老師に目をかけられている子どもってことで狙われる可能性があるからと聞いている。


 今のところは杞憂になってはいるけど、無駄だとは思ってない。


 ……実は校内でのぼくの評価は『錬金術師ギルドのゴリ押しで入れられた、落ちこぼれの無能』、『Aクラス生徒に入った獣人達のおまけとしてお情けで入れて貰った生徒』で安定してる。


 推薦人がローエングリン老師であることは伏せているけど、錬金術師だってことは隠してない。


 なのに人間というのは不思議なもので、錬金術師派閥の教授陣がぼくを『アリス錬師』と呼び一緒に研究の話をしているのに、錬金術師派閥でない普通の学生は誰もぼくが錬金術師だと認識しないのだ。


「…………はぁ、なら止めても無駄か」

「閉じ込めて大人しくしている子ではありませんよ、同行して守ったほうが確実でしょう」

「よろしく」


 錬金術師は話が早くて助かる。


「じゃあ次は渡り廊下に……」


 渡り廊下に行こうと言いかけたところで、視界の端に不自然な物が見えた。


 鏡に調査している数人の教員の姿が映り込んでいる。


 その中でぼんやりと突っ立っているように見える、黒尽くめの人間の後ろ姿がある。


 どうにも気になって、咄嗟にに目算で教員の数と位置を確認した。


 鏡に背を向けている教員の数は4人、鏡に映っている教員の背中は5人分。


「あっ」

「どうしました?」


 映っていた後ろ姿の男は、まるで鏡の奥に移動するように消えた。


 現場を離れていく人間の姿はない。


「……鏡に不自然な人影が映った」

「どれでしょう」

「ぼくが気付いたと同時に、鏡の中に消えた。感覚的にそう見えたのと、確認した範囲では現場を離れた人間はいなかった」


 不自然だと思った根拠と、人影の動きを手短に伝える。


 幸いハリード錬師は素直に信じてくれたようで、ぼくを降ろして鏡へと近づいていく。


「……ふむ、今は不自然な点はないですね」

「どうした?」

「何かあったんですか?」


 鏡を確認するハリード錬師の所に、何かあったのかと教員が集まってくる。


 あれが鏡の中の怪人か。


 なんで見えたのかわからなかったけど、異質な物というより生きている人間のように思える。


 まるで、鏡1枚隔てた向こう側に別の世界が広がっているみたいだ。


 精霊という超常の存在に触れてきて、日本のエンタメ文化に触れて育った記憶があるから働く直感が、鏡が何らかの入り口か窓になっていると告げている。


 今回は同時多発的な失踪だ。


 かつて生徒が消えたという報告のある場所もまちまちだし、もしかして入り口は1箇所じゃない?


 ますますわからなくなってきた、場合によっては正攻法を諦めた方がいいかも。


 っと、考え事をしている間に教員に包囲されてしまっていた。


 今はとりあえず……。


「ハリード錬師! てったい!」

「ハリードさん! 問題行動ですよ!?」

「きちんと引率は致しますので、ひとりだけレクリエーションに参加できないというのも可哀想ですから」

「中止ですよ普通に!?」


 素早く動いたハリード錬師が、ぼくを抱えあげてその場を素早く去っていく。


 今度こそ、渡り廊下だ。

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