学院での事件

 行方不明になったのは、Bクラスを除く1年生全員。


 それと引率をしていた各クラスの担任。


 Bクラスは「そんなくだらない行事を下々の者たちと行えというのか」という担任の意向により不参加だったそうだ。


 消息を絶った場所はバラバラ。


 今回は雨季での開催ということで、行動範囲は本館内に限定されていたという。


「外に出ていった可能性はなし、か」

「そうですね、人数的にも外に出たのであれば目立って目撃されているかと」


 場所はラウンジ、戦闘員でもあるハリード錬師が緊急会議に参加して情報を持ってきてくれた。


 ちらほら居る生徒からの視線を受けながら、ぼくは薬草茶の入ったカップを手に取る。


「目撃証言は本館内に限定されてる……隠し部屋とかあるの?」

「ありますが、教員が既にチェック済だそうです」


 生徒や職員は楽しそうに本館内を探索する1年生の姿を目撃している。


 それがふと視界から外れている間に、煙のように消えてしまったのだという。


「隙をついての誘拐、ひとりふたりならわかるけど」

「大規模過ぎですね。気付かれずに攫うというのは不可能です。可能性があるとすれば精霊かアーティファクトでしょう、微かですが異質なエーテルの痕跡があったそうです」


 魔術や加護を使うとその場には魔力残渣、アーティファクトや精霊が力を使うと通常とは異なるエーテルという痕跡が残る。


 何かあった場合は、それによって魔術によるものか、精霊によるものか、あるいはアーティファクトによるものかを判断する。


 どうも今回のは精霊かアーティファクト案件のようだった。


「精霊が子どもを狙って攫うってことは……」

「この学院で目撃されている精霊はミカロル……つまり子どもの守り神です。過去に一時的に行方がわからなくなったのは子どもだけですし、教師が消えるなんて過去一度もありません」


 どうやら、ミカロルという精霊は子どもに危害を加えることはないと認識されているらしい。


「ミカロルはぬいぐるみの精霊で、玩具を通じて子どもたちを見守っているそうです。玩具を大切にしていると、その玩具を通じて守ってくれるのだとか。夜中にひとりでトイレに行く時、ぬいぐるみが見守ってくれていたことがあったという話を聞いたことがあります」

「…………」


 めちゃくちゃ思い当たる情報が出てきた。


 玩具を大切に……してるかな、粗末に扱ってるつもりはないけど。


「……ってことは、学院内で何かがあったと見るのが妥当」

「でしょうね、学院内を中心に捜索するようです。アリス錬師はどうされますか? 帰宅するのであればお送りしますが」

「捜索に協力する」


 スフィたちも巻き込まれているのだ、もちろん黙って待っているつもりなんてない。


「わかりました。では情報を伝えますのでラウンジに居てください」

「うん」


 流石に調査に同行はさせてもらえないようだ。


 まぁぼくの体力的に足手まといでしか無いか。


 足早にラウンジを去るハリード錬師を見送り、以前買った学院七不思議の本を広げる。


 学院内で語り継がれる怪奇現象を集めたという研究本で、年度別に生徒たちの間で囁かれている噂がまとめられている。


 当然というべきか、そういった噂自体は普通に7個以上存在してる。


 だけど、その中で年度や時期を問わず常に存在してる噂がある。


 ピックアップするとちょうど7個。


「……救護室で聞こえる声、図書館を覗く影、大階段の鏡に映る怪人、見ると呪われる絵画、渡り廊下の壁を叩く音、夜の学院を徘徊するぬいぐるみ、動く初代学院長の彫像」


 多少変わったりマイナーチェンジはされてるけど、この7つは常に噂として存在している。


 噂は噂として、全部が精霊に関わっているかと言われると微妙なラインだ。


 聞いた話通りならミカロルはぬいぐるみの精霊、見た目や眷族もそれに準じる筈。


 以前ぼくをこっそり覗き込んできたのがミカロル関係なら、見た目はぬいぐるみで音は出さないはず。


 徘徊するぬいぐるみ、図書館を覗く影あたりはそれっぽい。


 救護室の声、鏡に映る怪人、呪いの絵画、壁を叩く音、動く彫像は別件か?


 少なくともそのどちらかが関わっているのは間違いない。


「……みんな、無事だといいけど」


 スフィたちは戦術科の授業も受けてるから、武器は持ち歩いてるはず。


 ちょっとやそっとの相手なら遅れは取らない。


 空間異常とかに巻き込まれて出られなくなっている方が心配かな。


 Dクラスのみんなは……ブラッドは戦士特待生枠だから大丈夫だろうし、ゴンザは冷静だ。


 何がどれだけ出来るかわからないけど、ぼくに出来ることをひとつずつこなしていこう。


「シラタマ、精霊が関わってる可能性あると思う?」

「チュリリ……」


 大きいサイズのまま隣で丸まっているシラタマに声をかけると、困惑するような声が返ってきた。


 わからない、か。


 シラタマのぼくにたいする反応は凄くわかりやすい、わかりやすくしてくれている。


 答えられないことは明確な黙秘、それ以外は嘘偽りなく答えてくれる。


 だとするとシラタマでも精霊関係なのか判別出来ない状態ってことになるんだけど……。


「この学院、精霊の気配ってある?」

「チュピ」


 ある。


「ぼくたちが知ってる気配?」

「……チュリリリ」


 似てるけど違う……?


 シラタマたちがこっちに来ているなら、ミカロルは"あの子"なんじゃないかと思ってたけど。


 ますますわからなくなってきた。


 せめて学院に潜む精霊が、ぼくと仲間に友好的な存在であってほしいと願う。


 それなら、きっと不測の事態からも守ってくれるだろうから。

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