豪雨

 6月が目前に迫った日の放課後。


 大雨の中で宝探しゲームが幕を開けた。


「これはひどい」

「例年は雨季が明けてからだそうですが、庭は無理ですね」


 ボロボロの別館にあるDクラス教室、その窓から見えるのは土砂降りの雨。


 登校した朝は曇り程度だったのが、凄まじい豪雨となった。


「帰宅出来るかな」

「オススメはしかねます、どうしてもというのであれば臨時教員として同行はしますが」


 午前の授業が終わるなり、みんなはそれぞれの班で分かれて宝を探しに出ていった。


 ぼくは体力的に不参加でそのまま一旦帰宅しようか考えていたんだけど、この天気じゃ無理そうだ。


「ハリード錬師は仕事いいの?」

「今日は考古学の講義はありませんので」


 みんなと入れ替わりにハリード錬師が教室を訪れて、それからずっと喋っている。


 フィールドワーク主体の考古学者であるハリード錬師は、ぼくの開発品に興味津々。


 魔獣ひしめく大地を旅して古代遺跡を調査して回るのは大変な作業だ。


 耐久性が高くて軽量な素材は数あれど、スライムカーボンほど加工が容易で安価なものはない。


 そういうのもあって、色々話を聞きにくる。


 もちろん錬金術師ギルドからぼくを見張るようにとも言われているんだろうけど。


「そういえばハリード錬師って学院生だっけ?」

「いいえ、私は直弟子コースですよ。考古学を学ぶため、現在の師のもとに押し掛けました」


 暇を持て余した雑談がてら、そういえばハリード錬師の師匠について聞いたことがなかったなと思い至る。


「ハリード錬師の師匠って、ローエングリン老師じゃないよね」

「はい、外周第4地区の学術院で考古学部の教授をしています」


 学術院は錬金術師ギルド直営の研究教育機関で、地球で言うなら大学院……なんだろうか。


 そこで教授なら、かなり凄い錬金術師なんだろう。


「"炎災"のボルディオって聞いたことありませんか?」

「聞いたことがあるような……?」

「王立学院OBですが、試験官を何人も叩きのめして試験を中止させたことがあるそうなので有名かと」


 王立学院出身の上級錬金術師ってのは、学生時代に何かしら問題を起こさないといけないみたいなルールでもあるんだろうか。


「第8階梯で、腕の立つ錬金術師ではあります。ローエングリン老師とは懇意だそうで、私も紹介して頂き良好な関係を築けています」

「癖が強そう」

「熱血かつスパルタ気味な方なので、アリス錬師は近づいてはいけませんよ」

「気をつける」


 命にかかわると真顔で言われて、脳内の近寄っちゃいけないリストに名前を刻み込んだ。


「学者でも熱血みたいなのっているんだ」

「フィールドワークする人間は戦闘力も大事ですから、ある程度鍛える過程でそうなる方もいるようです」

「大変……あ、雨漏り」


 会話の最中、天井から染み出した水滴が床に落ちてぽたりと音を立てた。


 この別館は2階建てだから、2階も染みてるなこれ。


「……はぁ、やっぱり修繕していませんでしたか」

「やっぱなんかあったの、この建物?」


 雨漏りを見て、ハリード錬師がこれみよがしにため息をつく。


 いくらDクラスとはこんな廃屋じみた建物をあてがわれるなんて、学院の方針を疑ってたんだけど……。


「解体予定だったんですが、一部の教職員が後ろ盾の方々と共に修繕して使えばいいと急に言い出しまして。Dクラスのような劣等クラスにはそれで十分、だそうです」

「そんな理由だったんだ」

「流石に修繕くらいは手配していると思ったんですが、ウィルバート教諭は何をしているんでしょう」


 ハリード錬師の矛先はクラス担任のウィルバート教諭に向かう。


 そのあたり、学院側に言うべきはたしかに担任の仕事なんだけど……いかにもな新任だしなぁ。


「仕方ありません、どうせ時間はありますし直しましょうか」

「だね」


 まぁ、幸いなことにこの場には錬金術師がふたりも居る。


 ハリード錬師の錬金術の腕は知らないけど……雨漏りの修理程度、ぼくにとっては造作もない。



「むり……」

「失敗でしたね」


 数分後、2階の廊下に突伏するぼくをハリード錬師が心配そうに見下ろしていた。


 シラタマに乗って移動しようと思ったら歩いて登るには階段がぼろく、飛ぶには天井が低すぎた。


 よってシラタマから下りたぼくが自分の足でいまにも崩れそうな階段を登りきったんだけど、ものの見事に体力を使い果たしホコリまみれの廊下に倒れ込んでしまったのだった。


「私が抱き上げて運ぶべきでした」

「それな……」

「キュピィ……」


 変なプライドなんて捨てて、ハリード錬師に抱っこで運んで貰うべきだった。


「だから雨はきらいなんだ……」

「清々しい程の八つ当たりですね」


 雨の日はいつだって嫌なことが起こる。


「立てますか、さっさと直してしまいましょう。帰りは失礼ながら私が抱えさせて頂きますので」

「うん……」


 シラタマに助けて貰いながら起き上がり、廊下の奥にある亀裂を直す。


 それにしても、ほんとにボロい建物だ。


 わざわざこんな所に押し込むなんて嫌がらせも甚だしいな。


「2階は使われてないんだ」

「急遽でしたからね、修繕もしていないのでは使いようもないでしょう」


 教室なんかはあるけど、どれもボロボロでホコリをかぶっている。


 すぐに使えそうな部屋はひとつもない。


「今更だけど生徒をこんな倒壊しそうな建物にって、よく学院側が通したね」

「アリス錬師なら御自身の立場から推測できるとは思いますが、王立学院という機関は権力の影響を受けやすい場所ですので」


 ……言われてみれば、ぼくの在学自体が錬金術師ギルドの横槍の賜だった。


「こうも極端な横やりは滅多にあるものではないのですがね」

「それも含めての当たり年ってことか」

「はい」


 貴族といってもそんなこすいやり方をしてくるような連中の力なんてたかが知れてる。


 普段ならこういう排除の方向の圧力を受け入れるなんてことはないんだろう。


 ただ……。


「教員にも貴族の影響下に居るものは多数います。ひとりふたりならまだしも、多数の貴族から圧を受けると中立を保てなくなる人間も出てきます。数というものは厄介ですから」

「なんともはや」


 厄介な保護者が1組程度なら『まぁまぁ』で宥められる。


 でもそれが数人や数十人になってくると、生徒を預かる立場としてそうも言っていられなくなる。


 ハリード錬師の反応からして、Bクラスに固まっている厄介な生徒の親たちが団結してしまった事が伺い知れた。


 まったくめんどくさい話だ。


「他人を蹴落とすより自分を磨けばいいのに」

「下民より優れた尊き血筋、そう言った考えと常識で生きている人間です。彼等は教育や訓練ではどうあがいても覆せない"生まれ持った才覚"の差を許容できないのですよ」


 そう言って皮肉げに笑うハリード錬師から、微かにどす黒い音が聞こえた。


 ……やっぱりと言うべきか、彼もそれなりの闇を抱えているらしい。



 ざーざー、ざーざーと豪雨が降り注ぐ。


「これやばくね」

「……よくないですね」


 大粒の雨が叩きつけるように地面で跳ねて、排水許容量を越えた水が下水に流れきらず貯まっていく。


 家は大丈夫だろうか、せっかく直したばかりなのにすぐ破損するのは勘弁してほしい。


 学院に泊まるにしても404アパートの鍵は拠点階段下の隠し扉に挿しっぱなしだ。


 フカヒレに留守番を頼んでるから最悪でも鍵は持ってきてくれるだろうけど……しくじったかな。


「一応学院に滞在できるかの確認だけはしておきましょう、一晩だけなら寮を借りれるかもしれませんので」

「ありがとう、おねが……」


 お願いすると言いかけたところで、ドタドタと激しい足音が近づいてきた。


「ウィルバート教諭! くそっ、ここにも戻っていないのか!」


 バンと勢いよく教室の扉を開けたのは副担任のひとり、アレクサンダー・ウルガン教諭。


 戦術科の教師であり王国騎士団のひとつ、紫炎騎士団の元大隊長。


「アレクサンダー教諭、何かあったの?」

「あぁ、そうか……君は残っていたのか」


 雨で濡れた外套からぽたぽたと雫がこぼれ落ちている。


 彼が体中から発する音が焦燥を伝えてくる、何かが起こったことは明白だ。


 ぼくの問いかけにアレクサンダー教諭は暫く悩んで、やがて観念したように口を開いた。


「君には伝えておくべきか……今期の1年生クラスがレクリエーション中に行方不明になった。担任教師もだ」

「……緊急事態ですね」

「ハリード講師、すまないが捜索に加わってくれるか? アリス君は本館のラウンジに移動してくれ、校内に残っている生徒たちも集まっている」

「……わかった」

「アリス錬師を送迎してから合流しましょう」

「頼む」


 それだけ伝えて、アレクサンダー教諭は踵を返した。


 足早に走り去る速度と余裕のない足音が、事態の緊急性を物語っているようだった。


「……急ぎましょうか」

「うん」


 ハリード錬師の伸ばした腕に捕まり、抱き上げられる。


 しっかりとしがみついたところで、恐ろしい速度で景色が流れて行った。


 ここ最近は、雨もそんなに悪くないと思えるようになってきていた。


 だけどやっぱり……みんなと一緒じゃない時の雨は大嫌いだ。

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