自転車と七不思議
生き物は、既成概念……つまりひとつの『答え』を提示されるとそれに固執してしまう傾向がある。
馬車という代物は既に存在していて、それを改良する案はいくつも出されて技術は発展してきた。
例えば悪路でも問題なく走れる車輪、力の強い生物が引きやすい車体、衝撃を吸収するための機構。
そういったものは結構存在していて品質も良い。
だけど、『馬車とは車輪の付いた車体を動物が牽引するもの』という提示されている『答え』から脱却するのは中々難しい。
馬車の改良と聞いて思い浮かぶのは、車体の軽量化とかクッションや車輪の品質を上げるとかそういった方向性になる。
基本的には皆が答えの枠内であれこれと工夫している最中、いわゆる"ハグレモノ"が気付くのだ。
『あれ、別に動物に曳かせる必要ないんじゃね?』と。
そこで魔術を使って自力で動かす方向に持っていったり、魔道具を使って動力を別途用意したりと横方向に技術が広がっていく。
『答えの枠内での改良』が縦の進化なら、『気付きによる改良』は横の進化。
どちらが大事かを論じる人間もいるけれど、どちらも同じくらい大事なものだ。
ぼくはどちらかといえば『縦の進化』の方が得意だけど、ゼルギア大陸より進んだ科学技術に触れてきた
そのせいで発想力が凄いみたいに扱われることもあって、少々居心地が悪い。
一部の上級錬金術師は『この子は既存技術を改良するほうが得意』って事に気付いてくれてるらしいのが、数少ない安心ポイントだった。
■
「ひょおおおおお!」
「にゃんだあれ」
とても背の高い青白い顔の女性が、長い黒髪をなびかせながらテンションの高い声を上げて学院の庭を走っている。
自分の脚ではなく、自転車に乗って。
「もう試作品つくったんだ」
「形がぜんぜん違うにゃ」
抱えている研究の数とぼくの体力のバランスから見て、全てに対応するのはめんどくさ……到底無理。
なので、思いつきで作ったものは学院の各学科に丸投げしている。
工学科と冶金学科に任せているのはスライムカーボンと炭素繊維強化プラスチック、それから自転車。
どれも他者の発明の再現品なので自分の物って感覚がない。
"文献から古代技術を復活させた"くらいで割り切ってはいる……というかそう伝えてるけど。
「やっぱり専門家はすごいな」
フレームは重厚そうな金属で、聞こえてくる音から大掛かりな機構が入っていることが伺い知れる。
魔道具かなんかで動きをアシストして、金属フレームの重さという欠点をカバーしてるようだ。
ペダルは回転じゃなく踏み込み式、ガコガコと音がしてるからベルトチェーンは使っていない。
馬車周りの技術は結構発展していたから、そこらへんから持ってきて新しく組み立てたんだろう。
あれなら大柄な人物が身体強化しながら使ってもそうそう壊れない。
振動を無視すればオフロードで魔獣と戦うことも出来るだろう。
「ちょっとくやしい」
自分の発明じゃないとはいえ、苦労して作ったものをこうもあっさり上回られると少し悔しい。
「でもうるっっっさいにゃ!」
「アリスのほうがね、静かだしかわいかった」
「う、うん……ちょっと」
「なんかどこどこ響いてきて嫌なのじゃ」
欠点があるとすればデカくてゴツくてうるさいことか。
通りすがりの生徒たちが走り回るクレスタ教授を見て顔をひきつらせている。
……うるさがってるというか、怖がってない?
「どうだ~い、工学科と冶金学科の合作だよぉ~」
「見事、悔しい」
ホラー映画に出てきそうな容貌の半巨人女性がテンション高く走り回ってるから、無理もないか。
ぼんやり眺めていると、工学科のフェルメール教授がいつもの軽薄な笑みで近づいてきた。
「いやぁ、悔しいのは僕たちだよぉ~。細かいパーツをどうしても再現できなくてねぇ~」
「ぼくは知っているものを再現しただけだから、組み合わせで負けると悔しい」
「いやいやいやいやぁ~。アレのパーツってさぁ、大元はなんらかの生産用大型機械による大量生産品でしょ~? それも相当な精度のやつ~」
流石は工学科というべきか、使われるパーツの作りや用法を見て『これはなんらかの技術で大量に量産されるものだ』とすぐに気付いたらしい。
こっちにも量産という概念はあるけど、流石に地球みたいな同一規格品を大量生産できるような機械技術はまだない。
「そんなものを手作業で寸分違わず再現できるのがやばいんだよ~。僕たちのはねぇ、君と同じ文献、同じ設計図では作りきれなくてああなったんだからさぁ~」
フェルメール教授が肩をすくめる。
「一流の職人が時間をかければそっくり同じものを作れるだろうけど、それじゃワンオフ品だからねぇ。量産を考えると暫くはあんな感じになりそうだよ~」
「……ぼくの方に注文がこないことを祈りたい」
「残念ながら、練気を使えない一般人は君の製品に夢中だねぇ。知らなければ僕たちの軽量版でもいいけど、高品質な現物が存在しちゃってるしぃ~?」
ぼくが作ったのは通学に使うものだから、単純な速度よりも負担の少なさと安定性を主眼に置いた。
スフィたちはフルパワーで遊んで即ぶっ壊しやがったけど、普通に使う分には『軽くて頑丈』と呼ばれるラインは十分にクリアしてる。
「徒歩で通うには辛いけど、馬車を使うのは大げさすぎる……そんな人たちには垂涎の品物だねぇ~。道を走る上で許可するかどうかの話し合いも行われるかもねぇ」
「……ぼくたちが使えなくなったら困るから、販売禁止したい」
そりゃこんなものが街中をビュンビュン走るようになったら国が速攻で禁止してくるだろう。
解禁されるまでどれだけ時間がかかるやら。
「その場合、物言いはたぶん権利者である君に飛んでいくねぇ~」
「おのれ……」
防ぐために個人使用に留めようとしても、目に止めた生徒から色々言われるのが面倒で先回りして工学部に提出してしまった。
工学部や錬金術師たちの立場は明白。
自転車を"共同開発"するならいくらでも防波堤になる、自転車の利益を独占するつもりなら自力でどうにかしろ……ってことだ。
当たり前の意見すぎてぐうの音も出ない。
「ひぃ~ひひひひ!」
「こっわ!」
「ふええ……」
テンション高く自転車を乗り回し、生徒たちを怯えさせているクレスタ教授が視界に入る。
怯えて抱き合うスフィたちの背中にため息を漏らし、ぼくはフェルメール教授を見上げた。
「あれのお気に入り具合ってどのくらい?」
「彼女ねぇ、インドア派だから歩くのは嫌だけど規定上使える馬車の乗り心地が悪いって不満たらたらだったからねぇ。通勤に便利なあれは良いものだって喜んでるよぉ」
高い身体能力と知性を持ち性質は穏やかで、滅多に街には下りてこない。
街に住むことは非常に珍しく、彼等が快適に使える馬車というのは特注品のみになる。
「暴力に訴えることはないだろうけど、自宅に抗議くらいは行きかねないねぇ~。前に少し揉めた時に、夜の帰り道を付かず離れずの位置でぶつぶつ言いながらずぅぅぅ~~っとつけてきたんだよね。おじさん良い年して漏らしそうになっちゃったよぉ」
けらけら笑うフェルメール教授。
話を聞いていて、家に続く夜道の先でぶつぶつ呟きながら家を凝視する青白い肌の巨大な女性を幻視した。
うん、対応したくない。
「法整備は諦めるけど、個別対応はしない方向」
「ははは、おじさんたちも頑張ってみるかなぁ」
受注生産はぼくの体力が追いつかない。
最悪シャオには体力をつけて貰えばいい、スフィの『かるいおさんぽ!』に毎日付き合っていれば通学くらいものともしなくなるだろう。
「ひっ、なんじゃ!? いま凄まじい寒気がしたのじゃ!?」
シャオならきっと大丈夫だって、ぼくは信じている。
■
「なぁアリス、学院七不思議って知ってるか!?」
中庭での話を切り上げて教室にたどり着いた矢先、ブラッドが声をかけてきた。
机の使用位置は自由なんだけど、しばらくすると大体の位置が固定されてくる。
同時にぼくに声をかけてくるクラスメイトも大体同じメンバーだ。
「急にどうしたの」
「七不思議を全部倒すと学院最強になれるんだぜ!」
取り敢えず何かおかしなことになっていることだけはわかった。
「そうなんだ」
「アリスちゃんってこういうの慣れてるわねぇ」
呆れたように言うゴンザはクラス委員長で、席も近くて話しかけてくる人間のひとり。
言葉遣いや仕草のせいで倦厭されているらしいけど、休みがちなぼくにも普通に話しかけてくれるイイ奴だ。
「身内にも似たような話の進め方する子が居るから……」
比較にもならないくらい頭良いし優しくて思いやりと頼りがいのある美少女だけど、系統としては同じ"突進ハスキー"系だ。
ぼくも人のこと言えないけど、スフィも通じると思えば細かい説明全部引っこ抜いて投げ込んでくる。
「七不思議って全部知ると何かが起こるとかじゃないの?」
「そうだ! おれは精霊神をたおすんだ!」
「倒すな」
その目標はトラブルの予感しかしない。
「真の七不思議を全て知ると、ミカロル様の屋敷へ招かれてアーティファクトを頂けるって有名な噂があるのよ。1年生なら誰もが一度は探すんですって」
「へぇー……」
「さいきん中庭に高笑いを上げて走り回る不気味な女がでるらしいんだ! おれはそいつが真の七不思議のひとりだと見てる!」
7人衆みたいに言うじゃん。
「それたぶん8人目」
「えっ! 七不思議だろ!?」
「8人目の七不思議」
「7人だと思ってたのに8人いるのか……すげぇな七不思議!」
そうだね不思議だね。
「……それでね、ブラッドくんが七不思議を全部見つけるんだって張り切っちゃってるのよ」
「おぉ! そうだ! アリスもおれの班にこいよ! おれがまもってやる!」
「ぼくパス、放課後いそがしい」
午前中の授業が終わった後は、どこかしらの研究室でなんやかんやのチェックが待っている。
せっかく工房が出来て学院に通うことになったんだから、自分の専門分野を決めて研究だってやってみたい。
体力的に何とかなったとしてもぶっちゃけ遊ぶ暇がないのだ。
「えぇー、なんだよ折角誘ってやったのに!」
「誘ってくれてありがとう、でも無理」
それに、もし探索隊を組むならスフィたちとやることになるだろう。
「ざんねんだなぁ」
「他の皆は乗り気なの?」
「というよりね、ミカロルの宝物探しっていう1年生のレクリエーションを兼ねたイベントなのよ。あたしたちも全員参加」
「あぁ、それで班」
何事かと思えば、どうやら1年生が授業に慣れてきた頃にやっている行事らしい。
七不思議の噂にならって、学院内に隠した宝を見つけさせるゲームを行うことで内部施設にも慣れさせようっていう魂胆なのか。
「……あれ待って、ぼく聞いてないんだけど」
「参加するかどうかわからなかったからじゃないかしら……学院内を色々歩き回るでしょうし……ねぇ?」
ゴンザが凄く心配そうにぼくを見る。
あぁうん、そういう広範囲探索にはめっぽう弱いねぼくは。
「アリスちゃん、まさか今日の1時間目が別の教室ってのも聞いてなかったりする?」
「よくわかったね」
そう聞いてない、おい連絡事項……!
「ホランド教諭は休みだったから何も聞いてない」
雨で濡れた道で滑って尾てい骨を痛めたらしい。
ひどい怪我ではないけど、お弟子さんたちが心配して念のため少しおやすみにしたそうだ。
「ウィルバート先生ったら言ってないの?」
「うん」
主にホランド教諭が面倒を見てくれていたこともあって、ウィルバート教諭とは接点があまりない。
まだ生徒の顔と名前も一致してない頃だろうし、あちらも新任で色々手一杯だしで無理は言えないか。
「本館の教室で魔道具を使った地学だから、教科書だけ準備すればいいと思うわ。教室の場所はわかるかしら?」
「どこかわかってない」
「おれもだ!」
「ブラッドくんはちゃんと覚えなさいよ!」
わたわたしながらゴンザのおかげで準備が間に合い、みんなと同じタイミングで教室を出ることが出来た。
そして……ボロい廊下を越えて本館の教室に向かう途中でふと気付く。
もしかして、その探索ゲームってスフィたちと別行動……?
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