楽しい工作

 テイマーギルドに行った翌日、工房に蓄えた資材と休日を使ってはじめた自転車作りは非常に難航していた。


「うーん……」


 工房内に並べた自転車のフレームを眺めながら首をひねる。


 金属、スライムカーボン、炭素繊維プラスチック。


 色々な素材で試作してみた結果、問題点も見えてきた。


 404アパートでネットを駆使して設計を調べ、ギアとチェーンとタイヤは問題なく作れた。


 問題となったのはフレームの素材だ。


 自転車のフレームといえばアルミやクロムモリブデン鋼だけど、こっちではそういった鋼材はメジャーではない。


 錬金術師ギルドをあたれば色々あるだろうけど、手持ちで量を確保できるのは鉄。


 何せ大本が鉄のインゴットか道端で拾い集めた石や砂なのだ。


 アルミは量が足りないし、クロムやモリブデンは加工が難しいので素材としての取り扱いが少ない。


 なので取り敢えず作ってはみたけど、自転車として扱うには鉄は重すぎる。


「きゃあああ!」

「うおおおおお!」


 やはり有力なのはスライムカーボンを樹液で固めたものカーボンフレームと、炭素繊維で補強したプラスチック。


 意味合い的には同じ分類の品物だけど、こっちで手に入る硬化用樹液は衝撃吸収性に優れている。


 そのせいか、軽く靭やかで道を走っても衝撃を殆ど感じないフレームが出来た。


 欠点としては軽すぎてスピードが出すぎる事、強度にやや問題が残ること。


 一方で炭素繊維強化プラスチックは安定性が高いものの、スライムカーボンと比べると振動が伝わって重い。


「にゃあああ!?」

「スフィのかちー!」


 通学時のスフィ達の走りは……移動距離と必要時間からみてたぶん時速15キロメートルから20キロメートル。


 シャオがついてこれるギリギリだ。


 軽く試したかんじ道幅は十分だけど、同程度の速度を出すにはやっぱり鉄はありえない。


「くそぉー! 次は負けにゃい!」

「次も勝つもーん!」

「……ぶつかってまた壁とか壊さないでよー」


 一旦思考を止めて、家の前の道ではしゃぐスフィとノーチェに釘を差しておく。


 新しい乗り物は、やっぱりというべきか運動能力ハイパー組に"面白いおもちゃ"と認識された。


 最初は転んでいたものの、少し教えたらすぐにコツを掴んで乗り回せるようになったふたり。


 いくつか作った試作品をさっそく乗り回し、強度に不安があると伝えたカーボンフレームで壁に激突して思いっきり破断させたりもした。


 というか家周辺の壁や柵も壊れた、直すのはもちろんぼくの仕事だ。


 周りにあまり人が住んでいないからいいものの、正直ひやひやする遊び方だ。


 意外と強度不足だとわかったのは僥倖だったけどさ、みんなして遊び方がパワフル過ぎる。


「ぐ、お、おぉぉ! 乗れた! 乗れたのじゃっ!?」

「すごいよシャオちゃん、どんどんよくなってる!」


 少し離れた道では、フィリアに付き添われてシャオが自転車に乗る練習をしている。


 彼女たちからすれば完全に未知の乗り物だ、すぐに乗れないのが普通。


 というかたった数時間で曲りなりにも多少は乗れているシャオも十分に凄い。


 1時間足らずで乗り方をマスターし、推定40キロ近い速度で自転車をかっ飛ばしているふたりがおかしいだけだ。


 道が十分に広ければ倍は出せるんじゃなかろうか。


「街中だとやっぱ15キロくらいが限度だよなぁ」


 最初みたいに派手なクラッシュはしなくなったふたりだけど、乱暴な運転は見ていて危なっかしい。


 馬車が走れる程度に道幅が広いはいえ、うっかり通行人と衝突すれば惨事になってしまうだろう。


 ゼルギア大陸には練気って呼ばれる魔力による身体強化術がある。


 鍛え上げれば魔力によって皮膚を鎧のように強化することが可能で、達人なら素手で剣を受けることも可能なとても漫画チックな技術だ。


 獣人は魔術が苦手な代わりに、生まれつきこの技術に優れている。


 スフィやノーチェのような才能の塊みたいな子だと、多少速度を出してクラッシュしても壁の方が壊れて本人は「痛い」で済む。


 当人たちはそれで良くても、ぶつかられた方が一般人だとたまったものじゃない。


「シャオも出来るのは、よかったけど」


 大半の獣人は普通の人間が訓練で身につける練気を生まれつきレベルで覚えてる。


 獣人の中では魔術の素養に優れる狐人ルナールのシャオも、当たり前のように練気を扱える。


 スフィたちには遠く及ばなくても、自転車で出せる速度で転けるくらいならケロッとしてる。


 天然のプロテクター要らずで羨ましい限りだ。


 冷静に考えると、しっぽ同盟で練気を扱えないのはぼくだけなんだよな。


「速度はいらないし、衝撃吸収と組み合わせるか」


 レースをしているスフィ達の甲高い叫び声を聞きながら、素材の配合を変えて試作していく。


 重量をもうちょっと上げて頑丈にして、衝撃だけ吸収できるように……か。


 ……これなら学院の工学科に持ち込んで一緒に研究してもらったほうがいいかもしれない。


 ていうかそうすべきなのでは。


 気付きながらも、ぼくは試作を止めることができなかった。



 休日明け、シャオが無事乗れるようになったので自転車通学の許可をお願いした。


 許可そのものはスムーズに下りたものの、ぼくは自転車を確認した工学科の教授に連行されてしまった。


 学院の教員は臨時講師、講師、教諭、助教授、教授といろいろ階級が存在する。


 教授はそれぞれの学科の教員の取りまとめ役だ。


「アリスちゃ~ん、どうしてそんな楽しそうなこと誘ってくれなかったのかなぁ?」


 工学部の研究室に拉致されたぼくは、ニコニコ笑顔の教授と学生たちに囲まれて圧をかけられていた。


 因みに担任クラス制なのは幼年学部だけで、通常学部は講義及びゼミ制で授業が行われている。


 早朝一番なので研究室に居るのはお兄さんだけだ、残念なことに女性は居ない。


「必要に応じて思いついたから」

「そうだよねぇ、発明ってのはそこから生まれるもんねぇ」

「というわけでクラスへの帰還を望む」


 ただでさえ休みがちな上に、立場的に薬学科や工学科や冶金学科といった幼年学部に縁遠い錬金術関連の研究室に通うせいで、クラスメイトからレアキャラ扱いされはじめているのだ。


 虚弱さが伝わったのかブラッドが嫁に来いって言わなくなってきたのは良いことだけど、幻の同級生は流石に寂しい。


「そうはいかないなぁ、おじさんたちも仲間に入れてくれなきゃ」

「お兄さんたちと楽しいことしようよ、ね?」


 他意は一切なく『楽しそうな玩具作ってんな! 混ぜろよ!』なんだけど、この現場を見られたら誤解しか生まれない気がする。


「やだ、おうちに帰して」

「約束してくれたら帰してあげるよ、ちゃんと無事にねぇ!」


 このちょび髭の教授もノリが良いので、こういう反応するとちゃんと返してくれる。


「ちょっとさ、この紙にお名前書くだけでいいから」


 学生のひとりがペンと紙を差し出してくる。


 ふむ、当該発明物をアヴァロン王立学院工学科フェルメール研究室と共同開発する旨の契約書か。


 ノリと勢いによる独占契約狙いだな、子ども相手に卑劣な真似を。


 こういう時は傭兵たちに囲まれて育った、前世の記憶が役に立つのだ。


「やだ、洗ってない童貞のにおいがする」


 自分で言っておいてなんか色々混じった気がする、誘拐犯への罵倒ってこんな感じで良かったっけ。


 ドキドキしていたら、契約書を手にした学生のお兄さんは数秒ほど硬直した後、急にその場に崩れ落ちた。


「なんて一撃だ……」

「余波だけで心臓が……」


 周辺の学生たちが何故か胸をおさえ、慄きながら一歩後退った。


「ねぇ教授、いまのってやりすぎ?」

「そうだねぇ~、うちの学生には心臓に槍突き立てられるようなものかもねぇ。でもさっきのは彼が悪いから同情はいらないよ~ん、子ども相手に不意打ちで契約書出すとかねぇ?」


 なるほど、安心した。


「それで何あれ、一人乗りの人力馬車? 一枚噛ませてよ」

「もうあるんじゃないの?」

「あそこまで洗練されたものはないよぉ。というかパーツ全部がほぼ均一な鎖なんてどんな腕してんのよ~」

「こんな」


 工作精度なら機械に負けないくらいの自負はある、最近ようやく出来てきた。


 制服のすそを捲って筋肉むきむきの二の腕で力こぶを作って見せると、教授はカラカラと笑った。


「受けるわ~、ムキムキじゃん」

「鍛えてるから」

「ヒュー、やるぅ~」

「……いやそんな白くてぷにぷにした腕で言われても」


 楽しい会話を空気の読めない男子生徒が遮った。


 急にテンションが下がってきた、帰ろう。


「洗ってない童貞のにおいがするから今日は帰る」

「残念、なんか困ったことあったらいつでも相談してね~、そして量産する時は一枚噛ませてね~」

「チェーン部品の量産方法についてはあとで相談する」


 どっちにせよ修理用パーツとかも必要だし、修理まで完全にぼくに依存されるのも困る。


 せっかくだから巻き込んでしまおう。


「じゃあまた」

「うんうん、時間取らせちゃって悪かったねぇ~」


 教授と手を振り合い、誘拐犯のアジトから脱出する。


 ほっと一息ついてからシラタマにおんぶしてもらおうと声をかけようとした時、気づいた。


「…………」

「…………」


 壁の向こうから、髪が長くて背の高い女性が顔半分出してじっとこちらを見つめていることを。


 身の丈2メートル半ば、青白い顔で眼はギョロッとしている。


 節くれだった手指が壁を掴み、恨みがましい目でぼくを見つめる。


 一見すると完全にホラーなシーンだけど、ぼくは彼女を知っている。


「クレスタ教授」

「……ずるいなぁ、工学科は。冶金学科には素材持ってくるだけなのになぁ」


 冶金学の世界では非常に珍しいという女性錬金術師、第6階梯アデプト・メジャ……"変幻"のクレスタ。


 金属の成形技術に長けた、亜巨人デミギガントの名高い鍛冶錬金術師である。


「……ずるいなぁ……ずるいなぁ……何かするなら冶金学科も混ざりたいなぁ……ずるいなぁ……」


 そして、非常にめんどくさい人である。


「ぼく授業があるから、詳しくは工学科と話して。じゃ」


 スチャッと手をあげて、さっさとその場を立ち去る。


 怪異と会った時は目を合わせてはいけない、意識を向けてもいけない。


 背後から聞こえる「ヒィッ」という学生らしき悲鳴を聞き流しながら、ぼくはシラタマに揺られてDクラスへ急ぐ。


 この学院、錬金術関係の教員も濃いんだよなぁ。

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