騎獣を探せ

 騎乗用に飼育される魔獣、すなわち騎獣。


 ゼルギア大陸では割とポピュラーな移動手段で、アルヴェリアでも普通に使われている。


 それを使う発想がなんでなかったかといえば、ひとつは飼育するにはそれなりの環境が必要なこと。


 ひとつは、長距離を旅するぼくたちの場合、現地で買った魔獣が違う地域の環境に適応出来ない場合があること。


 例えばシラタマなんかは表面上こそ平然としているが、アルヴェリアの気候では力の半分も発揮できない。


 この辺は普通の魔獣なら命にかかわる。


 寒冷地域の魔獣にとってアルヴェリアは暑すぎるし、常夏の魔獣には寒すぎる。


 熱帯地域の魔獣には乾燥しすぎている……と、中々難しい。


 いろんな環境に適応出来る魔獣はいるけど、購入しようとすれば高級品だし飼育も大変だ。


 そして最後のひとつ、うちのパーティの身体能力が高すぎること。


 スフィとノーチェは言うまでもなく、フィリアも学院の運動評価では余裕のAを貰うレベル。


 下手な騎獣を使うより早く長く移動出来る。


 シャオだって決して身体能力が低いわけじゃないんだけど、そこはやっぱりインドア側の人間。


 みんなについていくのは元々無理があったのだ。



「かくしてぼくたち調査班は、騎獣を求めて外8地区のテイマーギルドへ向かった」

「……アリス、板にむかってなにしてるの?」

「インカメ生きてたから、動画投稿でもしようかなって」

「びでおぽすと?」


 ……あ、しまった。動画って単語が通じないっていうかたぶん単語が無い。


 伝わらないことを察して、手にしていたスマートフォンを不思議ポケットにしまう。


 前世で使っていた時も少し大きく感じたけど、いまの手だと大きすぎて取り落としそうになるな。


「気にしないで」

「いつもの奇行にゃ」


 ぼくがいつもおかしな行動取ってるみたいな言い方はやめてほしい。


「それで、どの魔獣にするにゃ?」

「うーん……取り敢えず受付に言って相談。する前に……シラタマ」


 どうしようか相談しながら、ぼくはシラタマに声をかけた。


「ヂュリリィ……」

「クゥウン、クゥゥゥゥン」

「キューン」


 恐らくテイマーギルドで飼育されている大きな犬型魔獣たちを、小鳥モードのシラタマが威圧しまくっている。


 犬舎を闊歩していた強面の大型犬たちが、しっぽを股の間に挟んで情けない声を上げ、端の方に追いやられている。


 獣人と犬科の魔獣は神獣である月の大狼の系譜だと言われている。


 同じ犬科としていたたまれない気持ちになるからもうちょっと堂々としてほしい。


「ぼくの騎獣を探しにきたわけじゃないから、いじめないであげて」

「ヂュリリリ」

「クゥゥゥゥン」


 聞いちゃいねぇ。


 仕方ないので強制だ、氷みたいに冷たくなっているシラタマを回収する。


「ヂュリリ!」

「シャアア!」

「ふたりとも大人しくしてて……」


 『やんのかゴラァ』と威圧するシラタマと『やんのかこらー』と真似するフカヒレをなだめながら、ぼくは深い溜め息を吐いた。


 魔獣にとっても精霊という存在の格は相当に高いのか、みんな怖がって離れていく。


 野生の魔獣もこのくらい逃げてくれれば楽なんだけどなぁ。


「精霊術師は大変ねぇ」

「つらい」


 精霊は大体のケースにおいて人間が嫌いか無関心だけど、中には好意を持たれる人物もいる。


 そんな嫌われない、あるいはそこそこ好かれる人が精霊と契約して精霊術師と呼ばれるようになる。


 中にはどういうわけかハッキリ好意を示される人間が居て、世間一般では"愛し子"と呼ばれる。


 精霊的にも"愛し子"という存在は認知されていて、何やら明確な基準が存在しているらしい。


 精霊術師に好意を持つ精霊が、魔獣に敵意を向けて威嚇することはよくあることなのだという。


「精霊にそんなに好かれるなんて、もしかして愛し子だったり?」

「違う」


 テイマーギルドの受付の人が冗談交じりに探りにきたのを、バッサリと否定する。


 愛し子って存在はかなり貴重かつ強大で、小国なら手中の玉のごとく扱われるという。


 天災を緩和し、土地が豊かになって、外敵が出たときには協力してもらえる。


 アルヴェリアにおける竜の加護のミニマム版を、無条件で受けられると考えれば当然か。


 シャオも産まれた場所がまともなら、立派なポンコツのじゃ姫になっていただろうに。


「まぁ、警戒して当然か」

「ほんとに違うから」


 どうも精霊に関する知識がある人はぼくが愛し子なんじゃないかと疑いをかけてくる。


 しかし、ぼくは当の精霊たちに『愛し子じゃない』と断定されているのだ。


「……あれ、シャオとフィリアは?」

「飛竜探しに行くって向こうの建物行っちゃった」


 テイマーギルドでは飼育してる魔獣の販売や貸し出しなんかもやっている。


 主にペット用や騎獣用で、もちろん竜種なんて取り扱ってない。


「通学に飛竜……ふむ、ありだにゃ」

「どこのお嬢様よ」


 飛竜騎士は聖王国騎士団のエリートだ、それをタクシー代わりに使うお嬢様なんてどれだけいるのか。


「貸し出しは利便性がなぁ……」

「外7の住宅地でしたっけ、その周辺にある出張所の地図はこれですけど」

「……わぁ、綺麗に空洞」


 街中の移動用に二足歩行する鳥型魔獣のレンタルもやっているけど、その出張所みたいなのが街のあちこちにあるようだ。


 思い出すと、たしかに使っている人は多かった気がする。


 今まで気に留めなかった理由? もちろんスフィたちが走ったほうが速いので選択肢になかったせいだ。


 そっと出された地図を見てみると、ぼくたちの使っている住宅地は綺麗な空白地。


 上下左右どこに行っても出張所までの距離は大体一緒だ。


「なんでここだけぽっかり空いてるにゃ?」

「近隣住民からの強い反対にあいまして……」


 1体2体ならまだしも、出張所規模になると匂いや騒音の問題もあるからね……。


「子どもが乗れる程度の中型で、速くて、飼育が簡単な魔獣っている?」

「うーん……居ないことはないですけど」


 値段が高いのか手に入りづらいのか、どうしたものか。


「金の問題もあるにゃ」


 確かに今は資金が潤沢とは言えない、生活出来るだけの金銭支援は約束を取り付けたけど。


「卑怯ではあるけど、ぼくも通学に使うってことにすればいたたた」

「チュピピピ」


 肩に止まっていたシラタマに思い切り髪の毛を引っ張られた。


 どうやらぼくをおんぶして運ぶ事に謎のプライドが芽生えはじめているらしい。


「物理的な障害が発生した」

「精霊に好かれるのも大変だにゃ」


 悪い子たちじゃないんだけど、精霊には気難しい子が多いとは感じる。


 あれやこれや話している内、隣の建物に行っていたシャオが戻ってきた。


「アリス! 錬金術師の権力でわしに相応しい亜竜を用意させるのじゃ!」

「寝言は寝て言え」


 開口一番アホなことを言い出したシャオに、呆れた視線が集まる。


「フィリア、良さそうな騎獣は居たにゃ?」

「どれも、その、相性が」

「あやつらわしのこと小馬鹿にするのじゃ! わしの騎獣にするには品格が足りぬ!」


 知性の高い動物は人間を小馬鹿にすることはよくある。


 あれは立ち居振る舞いに隙が多いと「こいつ大したことないぞ」とナメられるのが原因らしい。


 たぶんシャオには改善が難しい部分だ。


「ねぇアリス、結局どうするの?」

「もうちょっと別の手段考える……色々ありがとう」

「いえ、またお気軽に来てくださいね。遊びに来てください、遠慮なんていらないですから」


 お礼を言うと、受付のお姉さんが朗らかに言ってくれた。


 ただし視線はぼくの顔じゃなく、頭上に注がれている。


 余計なメンバー増員を回避できて上機嫌に左右に揺れているシラタマに。


 ……雪の精霊シマエナガはアルヴェリアでも人気らしい。


 視線を受けながらテイマーギルドから出て、ふぅと舗装された地面を見つめて息を吐く。


「どうするかにゃー……」

「うーん……シャオを鍛える!」

「勘弁してほしいのじゃ……」


 元気いっぱいに宣言するスフィ、そのスタミナおばけっぷりを知っているシャオが震えている。


 騎獣と言われた時は名案だと思ったけどなぁ、実際には色々とハードルが高かった。


 飼育するにしても家に設備を新設しなきゃだし、シラタマたちと違ってちゃんとした世話も必要。


 匂いや騒音の問題もある。


 じゃあレンタルはと思えば立地的に少し不便。


 ほんと、どうしたものか。


 いい案はないものかと丁寧に均された道を見つめる。


 アヴァロンは道が綺麗に整備されていて、普通の道も歩きやすい。


 おかげで馬車も揺れが少ないって話している声を聞いたこともある。


 ……ん?


 綺麗な道、馬車、プラスチック、スライムカーボン……。


 あぁ、そうか……ぼくは錬金術師だった。


「よし」

「お、にゃんか思いついたか?」

「ないなら作ればいい」

「おー?」


 今まであまり活用できる場面がなかったせいで、現代知識チートが使えることをスッカリ忘れていた。


 ぼくには知識も技術もある、アヴァロンには道もある。


 だから作れるんだ――自転車ロードバイクを。

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