ギブアップ
アルヴェリアで使われている暦は地球の西暦と似ている。
7日で1週間、1週間が4巡りで1ヶ月、1ヶ月が12巡りで1年。
曜日は順番に火央、水淵、風鯨、土龍、月狼、日翼、星竜で星竜が祝日。
神獣をモチーフにしてあるようだけど……ややこしいので一旦七曜に置き換えて考える。
学校があるのは週で言うところの月曜から金曜、基本的に土曜と日曜が休校日だ。
こっちで言うと火央から月狼までが学校、日翼と星竜が休み。
やっぱりややこしい。
ぼくは基本的に開校日は学校で、土日に治療院のアルバイトを入れている。
治療院のアルバイトは好きだし、最近だとぼくの薬目当てに来るお客さんも増えている。
生活費の支援は交渉して問題ない額をせしめたし、働く必要はないんだけど続けたかった。
そんなわけで学校に通いはじめて2週間ほどが過ぎ、ようやくこの生活にも慣れてきた頃。
「……ギブ」
ぼくはリビングに集まったみんなの前で限界を白状した。
「やっぱり……」
テーブルに突っ伏して動かないぼくを見て、スフィが呆れたような声を出す。
「あの距離通学して、勉強して、働いては無茶だと思ってたにゃ」
少し顔を上げて様子を見る。
わかっていたとでも言いたげなノーチェの視線が、リビングの片隅でクッションの上に倒れて動かないシャオを見ていた。
フィリアが持っていったおやつの冷凍果物にも反応しない。
「シャオであれだからにゃ」
シラタマに乗ることで実現した片道1時間の通学路は、余裕で走り抜けることが出来るのはスフィたちだから。
どうやらシャオにはきつかったようで、みるみるうちに元気がなくなってこの有様だ。
無理もない。
シャオは身体能力的に言えばしっぽ同盟では4番目だ、5番目のぼくとはひとつ分しか違いはない。
「ぼくとどっこいの体力」
「おぬしの、100倍はあるのじゃ……!」
反論する元気はあるのか。
「アリスの100倍じゃにゃぁ……」
「スフィは100万倍くらいあるよ!」
「たぶんほんとだよね、それ」
全力で通学路走って学校で勉強して運動して帰りも全力疾走で、夜に運動が足りないって庭で30メートルダッシュ100本とかやってるレベルだからね、スフィは。
「それで、けっきょく治療院はやめるにゃ?」
「……つづけたい」
素直に言うなら、治療院の仕事は楽しい。
前からそういったゲームは好んでいたけど、所詮はひとり遊びだった。
自分の作った薬や商品を使い喜んでくれる人がいるのは、何とも言えない責任と喜びを感じる。
「明日、学院で相談してみる」
「わしも、なんとか……」
ぼくの言葉に乗ってシャオもぷるぷると手を挙げる。
確かに通学に関してはちょっと何とかしてあげたいところだけど。
「うーん……一緒にシラタマちゃんに乗せて貰う、とか?」
フィリアがずっと考えてたとでも言うように、ぼくの隣で丸くなっているシラタマに視線を向ける。
「チ゛ュ゛リ゛ッ」
「"絶対嫌だ"って」
「通訳なくてもわかったにゃ」
「すっごい嫌そうな声だった」
凄まじくわかりやすい拒絶のさえずりは、ぼくの通訳を待たずしてみんなに理解された。
シラタマはぼく以外には触られるのも嫌と常々言っている。
スフィは我慢できる範囲で、ノーチェたちはギリギリ許せる範囲だと。
それ以外は推して知るべし。
「わしも、精霊術師じゃ、そこまでいのちしらずでは、ないのじゃ」
そして精霊の性質をぼくより理解しているシャオは、はじめからシラタマに頼る選択肢を考えていない。
「シャルラートはダメなのにゃ?」
「今のわしの魔力では乗れるサイズで顕現させられぬのじゃ」
本来の精霊術というのは、術者の魔力で契約した精霊の
どれだけ強力な精霊と契約して協力してもらっても、召喚された精霊がどれだけ力を振るえるかは術者の力量に左右される。
精霊たちの間には何らかのルールがあって、そういう縛りのもとに力を振るっている……というのが通説だ。
シャオや精霊術の講師から聞いた話なので、現代の精霊術の常識なのは間違いない。
因みにシラタマやフカヒレに聞いても答えてくれなかった。
「アリスはいつでもぽんぽん呼び出すけどにゃ」
「それがおかしいのじゃ、魔力もないのになんで幻体をぽんぽん呼び出せるのじゃ……!」
「ぼくが呼び出してるわけじゃないし」
ひどい言い方になっちゃうけど、呼ばなくても勝手に出てくるのだ。
精霊は自分の意志と力で幻体を作り出すことも出来る。
シラタマたちの場合はぼくがやっているんじゃなく、シラタマたちが自ら幻体を作ってカンテラの外へ出てきている。
聞けば聞くほど、普通の精霊術師のする契約とぼくたちの關係の違いに愕然とさせられる。
結んだものが一般的に契約と呼んでいいものかどうかも不明だし、世界で認識されている精霊の実像が仮説通りとも限らない。
結局のところ、シラタマたち精霊はこちらでも
「とにかく、色々相談してみよ」
「うむ……」
通学バスならぬ通学馬車みたいなのがあればいいんだけど、そういうのが必要な生徒はみんな寮を使うんだよね。
「いっそシャオだけ寮生活というのも」
「……それはいやなのじゃ」
案としては最も合理的だけど、シャオはどうしても嫌みたいだった。
「……おぬしらは、わしにとって特別なともだちなのじゃ。離れたくないのじゃ」
その気持は、前世で彼女と似たような経験をしたぼくにも痛いほどわかった。
特異であるが故に受け入れられず、特別な存在として保護される。
近くに人は多くとも、対等に接することができる人間なんて居やしない。
心を通わせようとしてくるのは、同じように人から特異なものとして扱われる
シャオの感じている孤独の恐怖を分かち合えるのは、きっとぼくだけだ。
でも、ここにはシャオの恐怖をからかうような子はひとりもいない。
ぼくだって、そんな仲間たちと離れたくはない。
■
計算式がどれだけ複雑に肥大しようと、答えと言うものはシンプルにまとまるものだ。
翌日、副担任のホランド教諭に相談した結果、ぼくは通学日を減らす方向になった。
ぼくに必要なのは学業成績ではなく学業経験という方針のようで、実質的な成績はほぼ度外視されているらしい。
この扱いは歴史ある学院でも異例中の異例らしいが、錬金術師ギルドの権力で押し切ったようだ。
普通の学校ならまず対応できないとかで、王立学院の柔軟性に驚く。
そういった関係で基礎科目より個人授業の割合が多くなり、ホランド教諭は気が飛び散りまくりなぼくに根気よく付き合い、論文の書き方を教えてくれている。
何分でも何十分でも待ち、どれだけ授業が進まなくても穏やかに付き合ってくれた。
おじいちゃんがぼくに錬金術や勉強を教えてくれた時の態度に似ていて、ぼくも反発せず授業を受けることが出来ている。
なのでぼくの休みが増えても、クラスの授業計画そのものに支障はないらしい。
「それっで、シャオ…‥の騎獣かー」
「うむ……」
もうひとつの問題点、シャオの体力が通学についていけないこと。
そっちの解決案はAクラスの担任によってあっさりと齎された。
『なら騎獣でも飼ったらいいんじゃね?』
Aクラスの担任は割とざっくりした人柄みたいだ。
灯台下暗しというか盲点というか、通学のために町中で走れる騎獣を使うのは珍しいことじゃないらしい。
町中には竜車用の空中道路みたいなのがあるんだけど、それは普通の騎獣でも使えるのだという。
王立学院の生徒なら通行料免除の通学パスみたいなのも貰えるみたいだ。
「なんか自分の脚で走るのが正義っ……みぶ、たいに思ってた」
「わしもじゃ……なんで気付かなかったんじゃろうな」
なんか当たり前のように自力でびゅんびゅん走っていたけど、普通はこういう時に騎獣を使うのだ。
何より今はちゃんとした生活拠点がある。
旅の最中や拠点が不明のときみたいに、騎獣を引き連れてもその後の扱いに困るみたいな状況じゃない。
「まぁ妥当な手段。次の休みっに買うか捕まえるかで魔獣ぶをさがふ」
「……さっきから何してるにゃ」
食堂の喧騒の中、肉入りパスタ料理をつついていたノーチェがぼくを見た。
正確にはさっきからぼくの肩にとまって、頬に果敢にアタックしてくるシラタマを。
「アリス、シラタマちゃんと喧嘩でもしちゃったの?」
「ぼくが騎獣をえらぶっ、っていう行為そのものが、気に入らないみたぶ」
合流してお互いの報告を終え、今度シャオの騎獣を探しに行こうって流れになってからずっとこの調子だ。
緊急時とかで仕方のない状況ならまだしも、能動的にぼくが騎獣を探すというのが癇に障るらしい。
流石にそのくらいは我慢してもらいたい。
「アリスは休んでいるのじゃ?」
「ぼくも興味あむぷっ」
「シャー」
置いていかれそうになるのを阻止しようとすると、今度は突然出てきたフカヒレにまで顔に張り付かれた。
意味合い的には『フカもあそんでー』って感じだけど、前が鮫肌で何も見えなくなってしまう。
お前はホラー映画に出てくるクリーチャーか。
「ま、次の休みは騎獣探しにゃ」
「さんせー!」
「私もいいよ」
ぼくも同意を示すように、フカヒレとシラタマを貼り付けたまま首を縦に振る。
ペットって1度飼ってみたいと思ってたんだよね。
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