学生おおかみ
学校初日どうだった?
昼食を終えてすぐの帰り道、そんな会話になるのは必然の流れだった。
「みんな優しかったよ」
「貴族もけっこう居たけど、みんないいやつだったにゃ」
「上級貴族がたくさんで、すごく緊張した……」
好意的な印象を抱いたらしいスフィとノーチェ。
フィリアは知識があるせいか相手の地位をなんとなく察して緊張していたみたいだ。
「ふふふふふ、わしの魅力がようやくわかる連中が現れたのじゃ!」
そしてシャオはやたらテンションが高かった。
「シャオちゃん、同い年の子に普通に話しかけられてね」
「たまには調子に乗らせといてやるにゃ」
「かわいそうだもんね」
さりげなく酷いスフィがひどいけど、基本的にみんな生暖かい目で見ている。
どうにも遠巻きにされず普通に接してもらえることが、シャオの中の何かに触れたようだ。
鋼鉄メンタルすぎて忘れがちだけど、この子も深い孤独を抱えているのだ。
「アリスはどうだったの?」
そして当然のように話題の矛先はぼくへ向かう。
そうだね、ひとつだけ言えることがあるとすれば……。
「ここの救護室のベッドって、いいクッション使ってるよね」
「…………」
シラタマの背に乗るぼくへ、可哀想な生き物を見るような視線が集まる。
もう「何が起きたの?」というツッコミすら起こらない。
模擬試験の時に会った救護室の治療師からも「長いお付き合いになりそうですね」と苦笑された。
「アリス、レクリエーション中に具合悪くなったってきいたけど、どのくらいからだったの?」
「自己紹介の自分の番のときから」
入学式が終わってすぐと言い換えてもいい。
素直に伝えると、並んで歩いていたスフィが今度こそ呆れたような顔になった。
「通学と式で疲れてないかなって心配はしてたよ、でもそんなはやかったなんて」
「予想以上に教室が広くて……」
あれさえなければ授業終わりまでは耐えられてた。
「……じゃあクラスのやつらのことは全然わからないにゃ?」
「一応自己紹介までは聞いた」
話を切り替えたノーチェに乗っかる。
一応クラスメイトの自己紹介は全て記憶している。
初っ端からあの濃さを突きつけられて、クラスメイトに興味を抱かないなんて無茶だろう。
なお、特に濃かった数人以外は普通の生徒だったので安心した。
「話せてはないので、交流はこれから」
「へぇー、どんなやつがいたにゃ?」
「んー……バカ犬、オネエ、女装男子、陽キャの根暗、お嬢様、犬吸い?」
特に印象に残ってるのはこの辺だろうか。
「…………?」
「首を傾げながら歩くと危ないよ」
端的な印象を伝えたら、全員が不思議そうに首を傾げた。
「なんか……やべえにゃ」
「聞いてるだけで、独特?」
言葉の意味が通じてないのかと思ったけど、そうでもないようだ。
「うん、独特。あの中にいると、ぼくもまったく目立たない」
他のメンツがあまりに濃すぎる、学院でぼくが目立つことはないだろう。
冗談めかして口にしたぼくの言葉を。
「おねえちゃんね、それはないと思うの」
「ないにゃ」
「アリスちゃんも負けてないと思う」
「おぬしは頭が良いのにバカじゃのう」
全員が真顔で全否定した。
どうして。
■
入学初日に教室内で行き倒れた女生徒が居る。
そんな話が学院中で囁かれていることを知ったのは、翌日の登校日だ。
「アリス、おまえ有名になってるな! 嫁に来い!」
「おはようブラッド、ぼくの知覚範囲から消えて」
シラタマに乗って教室に入るなり声をかけてきたのは、犬頭男子こと『ブラッド』。
獣人自治区にある大きな集落の長の血筋のようで、長となる勉強と嫁探しのために王立学院にやってきたらしい。
因みに彼も推薦入学で、こういった子どもの教育のために獣人自治区でいくつかの推薦枠を持っているとか。
こんなのでも実はDクラスの中でも成績上位、理由は選択式問題を全部直感頼りで正解したから。
世の中は不公平にできている。
「ごきげんようアリスちゃん、お身体は大丈夫かしら」
「おはようゴンザ、今日は大丈夫そう」
前回の反省を活かして前の机に鞄を置くと、今回もまたゴンザが隣になったようだった。
彼は一般入試で、小さな商家の四男だとか。
独特な性格と感性の持ち主で、趣味と特技はオシャレと言っていた。
「具合が悪くなったらちゃんと言わなきゃダメよ」
「うん」
話していてわかる通り、この歳にして面倒見の良い穏やかな人格の持ち主だ。
「お、おは……どうしようルイくん、声をかけられない! 嫌われちゃったらどうしよう!」
教室中にハッキリ通る声で喋るツートンカラーの彼女は『クリフォト』という名前らしい。
魔術師ギルドからの推薦で、人形を操る『
彼女については少し調べただけですぐ情報が出てくるほど有名だった。
赤と青のツートン髪は自毛じゃなく染めてるらしい。
クラスメイトの距離感はこんなもの。
教室内の様子を見ていると、2日目だっていうのにもう関係性が出来ている子たちもいるみたいだ。
そうこうしているうちに授業が始まる。
ウィルバート教諭のどこか辿々しい国史からはじまり、度々休憩を挟んで数学や国語など基礎科目を3コマ分。
正直、あまり興味を惹かれる内容じゃなかった。
「…………」
気になるのは、教室の脇に座る副担任のホランド教諭。
皺だらけの顔で教室内を穏やかに見回しているふうに見えるけど、動く気配から常にぼくを捉えている。
監視されているようで少しの緊張感を覚えながら、何とか授業を終える。
「アリス君」
「何?」
授業終わりの鐘が鳴り、みんながわいわいと昼食に向かおうとしている最中。
貰ったばかりの真新しい教科書を鞄にしまっていると、ホランド教諭に声をかけられた。
「少し時間を頂いてもいいでしょうか?」
「……お昼食べながらで」
「えぇ、同席させて下さい」
何か用事だろうか。
大きいサイズに戻ったシラタマに背負って貰い、今度はゆっくりと食堂に向かう。
「うわ、でけぇ鳥」
「何の魔獣だろ、かわいい」
「いいなぁ」
通りすがる生徒たちが、のしのしと闊歩するシラタマを見て羨ましがるような声をあげた。
「……雪の精霊だそうですね、初めてみましたが全てこのように大きいのでしょうか?」
ホランド教諭が興味深そうにシラタマを横目で見る。
「シラタマは特別」
「キュピ」
シラタマは分類的には精霊の最上位、雪の精霊神だという。
いわば全ての雪の精霊の親玉みたいなものなので、普通の精霊とは違う。
「幻の雪精霊を求めて永久氷穴に赴く精霊術師は多いですが、まさか間近で見れるとは思いませんでした」
「ホランド教諭は精霊詳しいの?」
「いいえ、さほどでも。若い頃に精霊術に興味を持っていた時期がありまして、少しばかり学んだ程度です」
「なるほど」
専門家レベルではないってことか。
このおじいさん、錬金術師って雰囲気ではないけど学者風ではある。
もしかして。
「ホランド教諭って、魔術師ギルドの人?」
「よくお分かりになりましたね、魔術師ギルドでは
「大魔術師じゃん」
錬金術師ギルドと魔術師ギルドは階梯につけられる名称の大半が共通だ。
第8階梯は上から3番目。
国際ギルドである魔術師ギルドの基準においては、力ある大国の首都支部の長クラス。
紛うことなき"大魔術師"だ。
「そのような大層なものではありませんよ」
「専門は?」
「
幽闇魔術はいわゆる精神干渉系の魔術だ。
かなり癖の強い魔術で、魔術と言われてイメージするバーンドカーンみたいな派手さは全くない。
ただし、『
「なるほど」
「やはり怖がらないのですね、普通は怯えられてしまうのですが」
楽しそうに微笑むホランド教諭は、まるで悪戯が失敗したのを喜んでいるみたいだった。
「ぼくはこれでも錬金術師、どんな魔術なのかくらいは知ってる」
使えないけど概要や用法くらいは知っている。
魔力によって精神に干渉して、幻を見せたり心を開かせたりする術。
扱い方によっては相手の精神を狂気に引きずり込んだり、洗脳したりもできる。
国に許された使い手はつまり、そういった術から国を護るために修得した者たちだ。
「心について研究しているうち、子どもの教育にも興味を持ちまして……児童心理学も研究対象にしています。そうしていると、この学院の教員をやってはどうかと誘われました。とはいえもう年ですから、半ば隠居していたのですが。つい先日、学部長殿に"並の教師じゃとても手に負えない子どもが入るので、見てやってほしい"と頼まれまして」
「それぼくに言っていいの?」
あの学部長、陰でぼくのことそんな風に言ってたのか。
「アリス君のような子の場合、きちんと事情を話して承諾を得ておくほうが協力して頂けると思いましたので」
「ふぅん」
確かに、こっそり監視されていたら警戒していたかもしれない。
このおじいさん本人が悪人じゃないことは何となくわかるけど、逆に言えばそれしかわからないのだから。
「授業態度、叱られたりする?」
「いいえ、今のところは問題ありませんよ。問題のひとつひとつは理解しているでしょう?」
「うん」
確かに、いまのところ理解できていない項目はない。
「試験時の答案も見ました、本来ならば難しい問題もきちんと解けている。アリス君が解いた問題の中には正答率が10%を切っているものも含まれています」
「1問目にそれを設定するのは意地が悪すぎない?」
ぼくが解けたのは上から大体2番目か3番目くらいだったはずなんだけど。
「学力もそうですが、提示された問題への対処能力も評価項目ですので」
あぁ、わからない問題は一旦横に置いてわかるやつからって事ね。
「アリス君の問題は学習能力ではなく高すぎる集中力ですね。問題を解いた後に別の気になる要素が挟まった結果、そちらに意識を全て取られてしまったのでしょう。余計な情報が入りにくい個室で集中できる技術職ならまだしも、多人数環境で更には短時間で解答しなければならない試験には全く適していませんね」
「…………」
「そんな顔をしないでください。どうやってこの環境に慣れていくか、その方法を一緒に考えるために私が呼ばれたのですから。既に授業を聞き流せる程度には制御できているようですし、きっと難しいことではありませんよ」
ホランド教諭は、「貴女は大丈夫ですよ」と静かで穏やかに、だけど力強く言った。
「うん」
どうも副担任が多いと思ったけど、問題ある生徒を細やかにフォローできるようにという意図だっみたいだ。
「因みに他の副担任も問題児対策?」
「アレクサンダー先生は少々元気の良すぎる子の抑え役。ウィクルリクス先生は特別な才能を持つ子に振り回されるだろう他の生徒と、ウィルバート先生のサポートですね」
「新任には無茶だとぼくも思ってた」
「今年は特に、個性的な子が揃っているようですから」
なんだかんだで、ちゃんと考えられてはいるらしい。
「と、食堂につく前に必要な話が終わってしまいましたね」
「術師と話すと大体スムーズに終わる。どうする?」
「折角ですし、その雪精霊の子にまつわるお話でも聞かせて頂けますか?」
「いいよ」
ホランド教諭をスフィたちにも紹介して、シラタマと出会った旅の話をすることにしよう。
……不安が少しだけ、消えた気がした。
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