学校初日

 混沌の坩堝だった教室内は、教師が教室に入ってくると同時に一瞬で静まった。


 このあたり、どれだけカオスでも全員が名門校に入学できる生徒である。


 若い男性が少しびくつきながら教室に入ってきて、教壇の前に立つ。


 自分を落ち着けようとしているかのような、深い呼吸の音が聞こえた。


「あ、えー……先程の式でも紹介されました、ウィルバート・サウスゲートです。このDクラスの担任をさせて頂くことになりました。新任ですので頼りないとは思いますが、一緒に学んでいけたらと思います」


 白い肌に明るいブラウンの髪色、鼻筋の通った顔立ちはおそらくアルヴェリア人だろう。


「それから、副担任の先生方も紹介します。どうぞ」


 挨拶を無難に終えたことに安堵したのか、ウィルバート教諭が開けっ放しのドアに向かって声をかけた。


 その声に従うように姿を現したのは、年配のローブ姿の教師が3人。


 彼らは自然な足取りで教室内に入ってきて、ウィルバート教諭と入れ替わりに教壇の前に立つ。


「副担任のアレクサンダー・ウルガンである。ウィルバート教諭と共に君たちの学院生活をサポートしていく、よしなに頼む」


 目算50代。いかめしい顔立ち、ローブの上からでもわかるほど鍛え上げられた肉体。


 直立不動で肩幅に足を広げ、腕を後ろで組んで立つ。


 ピンと背筋の立った立ち姿から、軍人という言葉が自然と浮かんだ。


「同じく副担任のウィクルリクスです。何か困ったことがあったり、他の先生に言いにくいことがあれば気軽に相談してくださいね」


 緑色の長い髪に整った顔立ち。


 ぱっと見は20代半ばの美女だけど、耳が尖っているし纏う雰囲気がもっと老成している。


 おそらくエルフの女性教師は、挨拶しながら生徒ひとりひとりの顔を確認していた。


「副担任のホランド・ブランジと申します。みなさんが学び豊かな日々を過ごせるよう、努めさせて頂きます」


 最後に70代半ば過ぎの老人。


 皺の刻まれた顔と若草色の瞳で、優しげな表情を浮かべて生徒を見る。


 穏やかで暖かい音は、少しおじいちゃんを思い出させた。


「え、えー、ありがとうございます。以上の4名が、みなさんの担任として教鞭をとることになります。誰かしらひとりは職員室に居るようになっていますので、何かあれば遠慮なく頼って下さい」


 副担任ってこんなに多いものなんだ。


 補佐みたいなイメージがあるから、付いてもひとりかと思ってた。


「今日は初日ですので、お互いの事を知っていくために簡単なレクリエーションをする予定です。まずは自己紹介から……えー、では出席番号1番の子から」


 ウィルバート教諭が手元のリストを見ながら、生徒を前に呼び出す。


 学園モノのアニメや漫画で見た展開だ、これが自己紹介ってやつか。


 いかにも普通な生徒から、キャラの濃い生徒まで。


 どんな突飛なものが飛び出すかと思えば、みんな普通に名前と特技を告げる程度だった。


 ぼくの順番は後ろの方、成績順なら一番最後かな。


「はい、ありがとうございます。では最後に……アリスくん」

「うん」


 やっぱりと言うか、最後にぼくが呼ばれた。


 椅子から降りて教壇へ向かう。


 ……うーん、自然と後ろの方に座っちゃったけど結構距離があるな。


「ぜぇ、ぜぇ……」

「だ、大丈夫かい?」


 しまったな。


 座っていたから気づいてなかったけど、たしかに強い眠気は感じていた。


 どうやら通学と入学式とみんなの自己紹介を聞いている間に、大分消耗していたみたいだ。


 体調は良かったはずなんだけど……。


 そんな状態では教壇へ辿り着く頃にはへとへとだった、次はもうちょっと近い机に座ったほうがいいかもしれない。


「……だい、じょ……」

「大丈夫ではないみたいだね……君の話は聞いているから、無理せず救護室に」


 手を伸ばすウィルバート教諭の手をそっと制して、クラスのみんなを振り返る。


「……ぜぇ、げほっ。ぼくは、アリス、とくいな……」


 あ、だめだ。


 げほっと口から空気が漏れて、立っていられず膝をつく。


「無理はいかんぞ。ホランド教授、頼めますか?」

「えぇ、アリス君は少し休みましょうね」


 膝が地面にぶつかる直前に、太い腕に支えられた。


 離れた位置に立っていたはずのアレクサンダー教諭がいつの間にか隣に居る。


 アレクサンダー教諭がまるで小道具を抱えるようにぼくを持ち上げて、ホランド教諭に渡す。


 ……そんな荷物みたいに。


「……いや待て軽すぎるのではないか、食事はきちんと取っているのだろうな!?」

「確かにこれは……健康に著しい問題があるとは聞いていましたが」


 著しいって、身体が弱いだけだから。


「ぜぇ、診断の上では、健康、ぜぇ」

「それは原因と病名が不明なだけです、救護室にいきますよ」


 ホランド教諭がぼくを抱きあげたまま、おじいちゃんとは思えない健脚で足早に教室を出ていく。


 もしかしたらスフィたちが側に居なくて、知らない人ばかりというのも大きかったのかもしれない。


 しっぽ同盟テイルズユニオンの皆は、なんだかんだとぼくの状態に気を配って色々サポートしてくれていた。


 離れる時は大半が極限状況か危険な状態で気を張っていたし、不調を精神力で無理矢理蹴っ飛ばしていた。


 わかっていたつもりでも、いつの間にか頼り切っていた。


 ぼくの中で、皆の存在は随分と大きくなっていたんだな。


 救護室に運ばれながら、仲間たちの思いやりを噛み締めて大切さを再認識し。


 ぼくはDクラスで、最後部席から教壇へ向かう道すがら行き倒れた伝説となった。


 どうして。

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