Dクラス

 通学路はぼくにとって、結構な難関だった。


 ちょっと行き来するだけならスフィたちに背負って貰えばいいけれど、その状態で片道2時間近く走って通学するのは現実的とは言い難い。


 寮も考えはしたけど、せっかく手に入れた拠点から離れるのは忍びない。


 休日に続けている治療院のアルバイトもやめたくない。


 入学式当日まで悩んだ末に、シラタマ解禁を決めたのだ。


「騎獣の通学利用の許可が降りました、こちらのスカーフをどこかに結んであげて下さい」

「ありがとう」


 ハリード錬師はすぐに戻ってきて、校章が入ったスカーフをくれた。


 結ぶ場所は……無難に首周りかな。


 サイズ的に大型騎獣用のスカーフを持ってきてくれたみたいで、サイズには余裕がある。


「随分早いにゃ」

「しごとがはやーい」

「ギリギリや当日になって申請してくる子は少なくありませんので準備はしてあるんですよ。召喚術科や使役術科など魔獣を使役するための技術を学ぶ科もありますから」

「へぇー」


 入学式まで判断が間に合わないのは、ぼくだけじゃないようだった。


「……そろそろ顔合わせですね、行ってください。今日はレクリエーションだけですから問題は置きないでしょう」


 話が一段落したところで、壁にかけられた時計を確認したハリード錬師が教室に行けと促してくる。


 それを受けたスフィたちが、ひとりだけ教室が違うぼくを見た。


「あ、そっか……じゃあアリス、いい子にするんだよ」

「気に入らない貴族がいるからって学院ぶっ壊そうとするにゃよ」

「アリスちゃん、初日くらいはがんばろうね」

「いらっと来るやつがいても精霊をけしかけるでないぞ、あやつらは人間嫌いじゃから加減をしらんのじゃ!」

「みんな……」


 ぼくを一体なんだと思ってるんだ。


「錬金術師を破壊の権化みたいに思ってない?」


 どっちかというと作ったり研究したりする仕事だと思うんだけど。


「そういえば、ローエングリン老師からひとつお叱りの言葉が来ていますよ」

「成績のこと?」


 今言うってことは大した内容じゃないんだろうけど、それ以外で叱られる心当たりがない。


 ……それこそ今言われてもちょっと困る、できるだけ訓練して頑張るつもりではいるけど。


「いえ、『折角わしが推薦してやったのに試験中大人しくしておるなんて失望じゃ』と」

「何が"しがない老いぼれ"だよ現役ばりばりじゃねーか」


 さては過去の所業を何ひとつ反省してないな、あのたぬき爺。


「錬金術師って……」

「だんだん否定しきれなくなってきた」


 錬金術師はどうしてこの学院を破壊したがるんだ、まったく理解できない。



「えーっと……Dクラスは別館1階奥だから……。シラタマ、そっちの渡り廊下」


 王立学院ではクラスごとに基本カリキュラムが分かれているため、それに対応できるように教室はバラバラだ。


 古いけどしっかりした渡り廊下を越えて、少しボロい別館に入る。


 ……こっちは木造で随分とボロいけど、旧校舎ってやつなんだろうか。


 視線を背中に感じながらシラタマに乗って別館内を進む。


 建物自体が大きいからこの状態でも普通に移動できるけど……なんかどんどんボロっちくなっていく。


 数分ほどかけてたどり着いたのは、明らかに建て付けが悪くなっているオンボロ教室だった。


「……ここだよね」

「キュピ?」

「消さない、っていうか誰を」


 聞いていた話と随分違うからぼくも驚いてるし、何らかの作為を感じるけどこれだけじゃ黒幕がわからない。


 因みに聞かされていたのはDクラスは庭に近い場所にある、寮として使われていた館を教室として利用していると言う話だけだ。


「もしかしたら教室間違えてるのかもしれないし、一応……」


 別館そのものはいくつもある、入学式で渡された案内に従ってきたつもりで間違えたのかもしれない。


 ガタガタ音を立ててスライド式の引き戸をずらし、中を覗き込む。


 中に居た制服姿の子どもたちが一斉にぼくを見てきて、少しビクッとなる。


 確か1クラス20人前後だっけ。


「おーっほっほっほ! また新しい下僕候補が来ましたわね!」

「おっ! 今度こそつよいやつか! おい! おまえつよいのか!?」

「ルイくん、今度の子とならおともだちになれるかな、なれるよね、きっとなれるよね」


 目立つのは……。


 いかにもお嬢様然とした縦ロールの女の子、たぶん9歳くらい。


 脳筋っぷりが滲み出ている恐らく犬系っぽい獣人の少年、10歳くらい。


 教室の一番端の席で豚っぽい不気味なぬいぐるみ相手に大声で話しかけている、派手な赤と青のツートンカラーの髪をした少女、10歳くらい。


「なるほど」


 濃い。


 突出して目立つのはその子たちくらいで、他の子たちは普通……。


「スゥー……ハァー……スゥー……ハァー……」


 視線を巡らせると、涙目の犬耳少女と眼があった。


 助けを求めるような彼女のおなかには、紫紺色の髪の少女が顔を突っ込んで深呼吸をしている。


「し、知らない子なの、助けて」

「…………」


 か細い少女の声に誰もがそっと目をそらす。


 ぼくも同じだった、悪いけどこっちにターゲットが移ったら困る。


 ……ほら、同じ犬科だし。


 制服もリボンの色も合ってるな……取り敢えずぼくも席につこう。


 シラタマに小さいサイズに戻ってもらい、肩に乗せたまま適当に空いている場所に座る。


 隣の席は……ダークブラウンの髪の男の子か、黒に近い髪色に少し親近感を覚える。


「あ、え、えっと……はじめまして、よろしく」

「よろしく」


 少し顔が赤い男の子は顔立ちが整っている……んだけど。


「……うぅ」


 この子、なんで女子の制服着てるんだろう。


 こっちは好きで女子制服着てる訳じゃないのに、まさか男子だけ選択できるとかじゃないだろうね。


 だとしたら流石にずるい。


「あぁ、えっと、どうしようかな。声かけてみようかな。ルイくんどうしたらいいかな」


 結果的に男の子とにらみ合う形になっていると、離れた位置からハッキリとした声量で自問自答が聞こえてきた。


 視線をちらりと向けてみれば、ぬいぐるみと会話している少女がぼくを見ている。


 因みに耳が良いから声が拾えてる訳じゃない、離れた位置の普人の子たちも聞こえているようだ。


 声量もそうだけど、あの子めっちゃハキハキ喋る。


「あらぁカワイイお隣さんができちゃったわぁ、よろしくぅ~」

「よろしく」


 女子制服の男の子が座っているのはぼくからみて左手側。


 右手側には別の生徒が居る。


「アタシはねぇ、ゴンザっていうのよぉ~」

「ぼくの事はアリスって呼んで」


 坊主頭でいかにもガキ大将って印象の顔立ちをした、10歳くらいの男の子だ。


「なぁ! おまえ砂狼サンドウルフだろ! つよいのか!?」

「ちょっと男子ぃ~、初対面でしょぉ! 女の子相手に野蛮よぉ!」


 そんなことをしていたら、犬系獣人の男の子が近づいてきていた。


 ……よく見るとマズルが長いし、毛並みは茶色系だけど犬系じゃなくて狼の血が濃そうだ。


「おれはつよいぞ! おまえ嫁に来い!」

「ちょっとぉ~」

「遠慮しておく」

「なんだって? 嫁に来いよ! いいくらし? させてやるぞ!」

「あっちいって」

「なぁいいだろ! じいちゃんが街で嫁探してこいってうるさいんだよ、この際おまえでもいいから!」

「うせろ、ころすぞ」


 あまりにしつこいし、内容にイラッときてつい口調が強くなってしまった。


 獣人男子はぽかんとした表情でぼくを見ていた、ちょっと言い過ぎたかな。


「……びっくりした。おまえ、女なのに殴ってこないなんてすごく"おしとやか"なんだな!」


 いやどんだけだよ狼人女児。


 男子が突進ハスキー系でうざいから『とりあえず殴って黙らせる』みたいな文化でも発達したの?


 ぼくみたいなキャラが薄くて大人しいのが、この濃いメンバーの中で果たして生き延びることができるのだろうか。


 前途は多難みたいだ。

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