新入生

 制服はシンプルなブラウスに長丈のスカートと質の良いマント。


 スラックスに変えて貰えるよう粘りに粘ったが、様々な事情から断念。


 仕方なく規定通りの女子制服を着ることになった。


 胸元マントを胸元で結ぶリボンやネクタイの色で何年生かを判断するらしい。


 まぁ年齢は割とばらけているので、年齢分けというより入学した時期みたいな扱いだ。


 普通の学校は年齢順みたいだから、王立学院が特殊なんだろう。


「アリス、つらかったらすぐ先生に言って救護室にいくんだよ?」

「うん」


 まさか自分が学校に通うことになるなんてと感慨にふけりながら、スフィに背負われて通学路を通って2時間弱。


 正門を抜けて校内に入ったスフィが、入学式の行われる大講堂の前でぼくを降ろした。


「あのスフィ、そんなしっかり手を繋がなくても」

「今日はダメなの」

「はい」


 疲れてないので判断力は正常だから、そこまで心配しなくてもいいのに。


 とはいえ前科があるので逆らえもせず、周囲から微笑ましく見られつつ手を引かれて講堂に入る。


「おう、来たにゃ」


 先に行っていたノーチェたちが、入ってきたぼくたちに気付いて振り返る。


 全員制服姿が似合っている。


「今日は講堂壊すにゃよ?」

「前に壊したことがあるみたいに言うのはやめて」


 濡れ衣だ。


 錬金術師ギルドの推薦枠で送られる学生の中には、何が気に入らないのか学院に対して破壊工作を仕掛ける奴が稀に出る。


 あくまで稀にで、ぼくをそれと同一視するのはやめてほしい。


 そもそも1度だってデモリッションしたことないのに。


「因みにやろうと思えば出来るのじゃ?」

「…………『錬成フォージング』」


 ツルツルした床に錬成をかけて兎の像を作り、すぐに元に戻す。


 このくらいのセキュリティなら、うん。


「だからやらないって」

「出来るんじゃな……?」


 錬金術師イコールテロリストみたいな扱いはやめて、そこまで酷いのは極一部だけだから。


「ふたりとも、入学式始まるよ」


 フィリアに怒られて揃って口を閉じる。


 王立学院への入学に思うところがあるのか、フィリアは制服が届いてからずっと身体に合わせてくるくるしていた。


 事情はわからないけど、楽しみにしてる仲間の式をぶち壊す真似なんてぼくがするものか。


 企んでるのがいたら逆に止める立場だ。


 入学式は厳かに進む、学部長の挨拶から各科目の担当となる講師陣の顔見せ。


 講師の個別紹介は人数が多いから省略されてしまったので、気になる科目は自分で調べないといけない。


 校長先生の話は長いものってイメージがあったけど、学部長の話は非常にスッキリまとまっていて好感が持てた。


 そして……。


「続いて錬金術師アルケミストギルド、本部統括グランドマスター……偉大なる"飛空の錬金術師"ローエングリン・ドーマ錬金伯からの祝辞です」


 紹介されて出てきた、わざとらしいまでのローブの老人に会場がざわつく。


 その顔はいつぞや外8支部で出会った作業着姿の老人とうりふたつだった。


 偶然ってあるものだ、もしかして双子だったりするんだろうか。


 老人が一瞬ぼくに顔を向けてウィンクする。


 登壇した老師が、静かに呼吸してから口を開く。


「ローエングリン・ドーマ、錬金術が取り柄のしがない老いぼれじゃ。畏まらずに聞いてほしい」


 静かで迫力のある声だった。


「君たちは優秀であると認められ、溢れる才を期待されておる。それぞれが未来を担う逸材じゃ」


 褒め言葉から入った老師は、入学者への激励を続ける。


「この学院の講師たちもまた、アルヴェリアのみならず大陸中から集まったよりすぐりの人材。他では得られぬ知見の宝庫じゃ。君たちは許された時間を使い、その者たちから出来るだけ多くを学び取り、己の血肉に変えなさい」


 老師は全ての錬金術師……すなわち科学者にして技術者の頂点だ。


 雲上人からの賛辞に、学生のみならず教員たちの表情も引き締まる。


 ……一部の年配教員と錬金術師らしき人たちは呆れた顔をしてるけど。


「そして、優秀である君たちはいずれ必ずひとつの巨大な壁にぶつかるじゃろう。故郷では最も優れた人間である君のとなりに座る子は、"君よりも"優れた人間じゃ」


 座っている生徒たちの気配が揺れる。


 隣りに座っている子を互いに確認しあって、にわかに緊張が走った。


 あとスフィたちは真っ先にぼくを見てないでお互いを確認して、ぼくは多分"番付外"だから。


「それを理解した時、それこそが真の研鑽と学びのはじまりじゃ。君たちは絶望するじゃろう、苦しむじゃろう、折れそうになるじゃろう。心折れて故郷へ去った優秀な若者を、両手に溢れるほど見てきた」


 年齢の小さい子たちはいまいちわかってない様子だけど、横目で見る限り10歳以上の子たちは反発が表情に出ている。


「君たちがこの言葉を思い出すのは5年先か10年先か、それはわからん。じゃがその時のため、この言葉だけは覚えておいて欲しい。今ここに居ることが許されている君たちは、1人も余さずその壁を乗り越える事ができる人間じゃ。君たちが壁を乗り越え、世界に大きくはばたくことを期待している」

「……以上、ローエングリン老師による生徒への祝辞でした」


 老師がそこで言葉を切って、司会に促されて拍手が起きる。


 ローエングリン老師は、拍手を背中に受けながら振り返ることもなくその場を去っていった。


 権威は服の上から着るとはよく言ったもので、正装すると人の良さそうなおじいさんが偉いおじいさんに早変わりだ。


 ぼくもちゃんとした格好をすれば錬金術師に見えるんだろうか。


 そんな事をぼんやり考えているうちに、次は各クラスを担当する教師の紹介が始まった。


「みなさんが多くのことを学べるように我々も全力で……」

「あー、まぁ適当にやるから、よろしく」

「貴族による貴族のための学院を……」

「楽しく学びある学院生活を送るため、共に……」

「えっと、はい、新任なので不安もあると思いますが、信頼を得られるように精一杯……」


 Sクラスの担任はいかにも仕事ができそうな鋭い雰囲気の男性、多分30代。


 Aクラスはなんとなくやる気なさそうな感じだけど、隙のない40代の男性。


 Bクラスはなんかやたら豪華な衣服を着た、貴族がどうのと主張する髪の長い30代の男。


 Cクラスは丸メガネの落ち着いた雰囲気の30代の女性……って模擬試験の時の女性教員だ、また名前を聞き逃した。


 Dクラスは緊張が顔と所作に張り付いている、20代前半っぽい若い男の人。


 ……振り回さない自信がないんだけど、大丈夫かな。



「Bクラスのやつが担任じゃなくて良かったにゃ」

「アルヴェリアで半獣って、久々に聞いたかも」

「そんなこと言ってたんだ」


 ほぼ全部聞き流してたからわからなかった。


 いや保護者席に座っているかっこいいおじさんの生え際が不自然なことに気付いちゃって……。


「そうにゃ、貴族による貴族のための学院を作らなきゃいけないとかにゃんとか」


 ノーチェが真似をして演説をリピートしてくれるけど……意味がわからない。


「……貴族院があるじゃん」

「そうそう!」


 そういった教育施設は既に貴族院という立派なものがある。


 なんでわざわざ身分問わずの王立学院に入ってそんなことやってるんだ。


「それはですね、優秀な血統である貴族が能力で劣る平民に負けるのは何らかの不正が行われているから……だそうです。Bクラスは貴族が集まりますから」

「あー……」


 理解できた。


「どうしてBは貴族が集まるにゃ」

「幼少教育の平均レベルが高くて王立学院に送り出す余裕がある家が多いから。平民から王立学院目指すようなのは、大半が秀才。数的は平民側の方が強い」


 絶対数が多い平民の中の上澄み中の上澄みと、生まれ育ちの時点で高レベルの教育が受けられる貴族。


 わざわざこっちに送られる貴族も決して能力で劣っている訳じゃないけど、優れた個の絶対数はどうしても劣ってしまう。


「ハリード錬師、その人って昔からいる教員?」


 気配を消して自然な流れで会話に混ざってきたハリード錬師に顔を向ける。


 今気づいたのか、すぐ近くに来ていたハリード錬師の姿にスフィとノーチェがしっぽを膨らませて眼を丸くした。


 ハリード錬師も結構こういう悪戯するよな。


「いいえ、少なくとも私は初めて見る教員です。なんでもご子息の入学にあたって口利きした高位貴族がいるとか」

「なるほど」


 錬金術師ギルドからぼくみたいなのをねじ込まれているんだ、そういった政治の影響を受けることは想定して然るべきか。


 当たり年ね……。


「そしてみなさん、入学おめでとうございます」

「あ、ありがとうにゃ」

「ありがとー」

「ありがとうございます」

「苦しゅうないのじゃ」


 口々に返事をするスフィたちを微笑ましげに眺めてから、ハリード錬師が思案するようにぼくを見る。


「アリス錬師、このあと教室への案内があるんですが……いけますか?」

「……騎獣の使用許可が出れば」


 通学に関しては時間はかかるけどひとまず何とかなりそう。


 ただし、広い学校内を自力で移動しなきゃいけないのは想定外だった。


「その程度ならねじ込めるでしょう、騎獣は何を使いますか?」

「……シラタマ、おんぶして」

「チュピ」


 ちょっと悩んで、シラタマにもとの大きさに戻ってくれるように頼む。


 ここまできて隠し続けなきゃいけないのは、ちょっと窮屈だと思っていたからいい機会だ。


 いざとなればローエングリン老師という後ろ盾に頼ろう。


「これは……」


 小さいシラタマが崩れて、目の前で雪が渦巻いて2メートルを越える大きな雪の塊を作り出す。


 それが崩れるように姿を現したのが、元サイズのシラタマだ。


 ……人目のある場所での移動が多かったから、ちょっと久々。


「キュピ」

「雪……魔獣、といった雰囲気ではないですね。雪の精霊、こちらが本来の姿ですか?」

「お察しの通り」


 周囲から注目を浴びながら、シラタマの背中に乗せてもらう。


「シラタマのおかげで、旅の移動がスムーズに出来た」

「移動の速さに納得しました」

「キュピピ」


 待って、乗ってる状態で胸を張らないで落ちる。


 シラタマにしがみつきながら、羽毛の上から軽く撫でて落ちそうだと伝える。


 慌てて戻してくれたところで、一息ついた。


「許可を取ってきますので、ここでお待ちください」

「おねがい」


 話の早いハリード錬師が職員室へ向かうのを見送って、シラタマにもたれかかる。


 これが解禁されればスフィたちがぼくを気遣ってスピードを落とさなくても済む。


 通学含めてかなり移動が楽になるはずだ。

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