入学試験

 見学に行った翌日、ぼくは反省しながら外8支部に赴いていた。


 ハリード錬師から意思は伝わっていたようで、話はスムーズに終わりグランドマスターからの推薦枠で来週の入学試験を受けることが決まった。


「試験の成績でランク分け、にゃー……」


 王立学院の幼年学部では集団での生活を学ぶという名目で、教師が担任として一定人数を受け持つクラス制度が取り入れられている。


 基本的には午前中に必修科目の授業をクラスでまとめてやり、午後は通常学部生に混じって必要な講義を受けるという感じになるようだ。


 クラスというのが、試験の成績ごとに文字順に『A』『B』『C』『D』とランク分けされる。


 その上に特別扱いとなる『S』クラスという、冒険者ギルドのランク制度の影響を受けて作られた最上級ランクがある。


 まぁ、わかりやすい。


「べんきょー、自信ないにゃ」

「私も、ちょっと心配かなぁ」

「落第はないそうだから」


 一般入試と違って推薦枠に落第はない、よほど酷くない限りはDランクが下限だ。


「なんだかんだ言って、アリスはSとかAにいくんだろうにゃ……」

「だよね……」


 なんでかしらないけど、模擬試験ではそれなりに結果を出したはずのノーチェとフィリアが自信をなくしてる。


「他のやつらも、すごいヤツばかりだったにゃ」

「うん……」


 あぁ、集まっていた他の子ども達を見たからか。


 王立学院は名門校、幼年学部とは言え一般入試でくる生徒の方が実力が高い。


 ハリード錬師から聞いた範囲だと、アルヴェリアの各領地の幼年学校でのトップクラスが集まってくるのだ。


 7歳で受験を受けるのは両親ともに社会的地位が高いとか、物心ついた頃から一定レベルの教育を受けていたみたいな子ばかり。


 少なくともレベル的に"普通の子"は見学に来ていた子の中にすらいない。


 普通の子は、7歳から12歳まで通えて年齢別に進級していく普通の幼年学校に行く。


 そこで成績を見込まれて転入するみたいなことはあるようだけど、逆に言えばそのクラスの子どもばかり。


 ぼくも成績という意味で、一般入試組に勝てる気はまったくしていない。


「ふふん、情けないのう。わしの実力を見せてやるのじゃ」

「自信ないならおべんきょーしようよ」


 やる気に満ちているのは、いつでも自信満々なシャオと勉強が嫌いじゃないスフィだけ。


 廃棄されるっていうから貰った紙材から作った再生紙のノートと、鉛筆を手にスフィがしっぽをぴんと立てる。


 真面目なスフィはやると決めたら一直線だ。


「時間もないし、しばらくは受験対策しよう」

「……金は大丈夫にゃ?」

「実はね……」


 さっき顔を出したついでに、スライムカーボンの共同研究の権利を対価に取り敢えず3年分の生活費を要求したんだよね。


 そしたらふたつ返事で8年分出てきた、奨学金として出る学費と受験費用もチャラにしてくれるらしい。


 本来は"相応の成績"を残してないと借金扱いになることもあるそうだけど、5人分全部チャラだそうだ。


 逆に怖い。


 向こうから言い出してくれればよかったのにと思わなくもないけど、新素材ってうまくいくと莫大な利権になるから言い出せなかったとか言われた。


 ぼくが大人ならともかく、身寄りのない7歳女児と莫大な利権について交渉するノウハウはないそうだ。


「しばらく学院の冶金科の研究室に通うことは確定しちゃったけど」

「それだいじょうぶにゃ?」

「無理せず通える範囲でって話だったから」

「や、まためんどくさくならないにゃ?」


 …………。


「……竹を割ったような性格の、豪快な女傑、らしいから」


 若くて才能にあふれる、豪快な女性錬金術師らしい。


 飛竜騎士御用達の槍工房の次女で、30を前にして第3階梯になってるらしいから優秀な人なんだろう。


 大丈夫だ。


 きっと。


「学校終わった空き時間や休みの日にバイトして、ってかんじになりそう」

「そっか……んじゃまぁ、受験勉強しますかにゃ」


 短いけれど、良い結果を出せるように頑張ろう。



 時はあっという間に過ぎて、受験当日がやってきた。


 日程と試験の内容は同じなので、一般入試の子どもたちに混じって受けることになる。


 親子連れで来ている、見学の時に見かけた子もちらほらいる。


 なぜかぼくたちを見て怯える受付の人に推薦状と受験申請書を渡し、異様に仰々しい仕草で渡された受験票を受け取る。


 手続きを済ませたところで、ハリード錬師が顔を見せた。


「アリス錬師、それは?」


 ぼくの体力を心配して来てくれたというハリード錬師は、ぼくの持っている黒い板を見て疑問を口にした。


「炭素繊維強化プラスチック、スライムカーボンを組み込んでカゼインプラスチックの強度を劇的に向上させた、耐水性と耐衝撃性も上がった、熱耐性が課題」

「ふむ、少し見せて頂いても……ほう、素晴らしい」


 ハリード錬師は板を受け取ると軽く叩いたり解析をかけたりしながら、感嘆の声をあげた。


 その反応に満足感をおぼえて、ぼくもむふーと鼻から息を吐く。


「けっきょく受験勉強そっちのけで作ってたにゃ」

「アリスちゃん、余裕だよね」

「そこにスライムカーボンとプラスチックがあったから……」


 期限が迫ってかじりついて勉強しなきゃいけないときって、あんなにインスピレーションがあふれるんだね。


 はじめての体験だった。


「気合は十分なようですね、もうすぐ試験が始まりますよ」

「はーいにゃ」

「……王都から順に、えっと」

「うん、いこ!」

「おぬしらにわしの知性を見せてやるのじゃ」


 さて、現実逃避はやめて向き合おうか。


 勉強ぜんぜんできなかったけど、大丈夫かな。



 大丈夫じゃなかった。


 筆記試験がはじまって数分でぼくはそれを察した。


 語学、数学、歴史と地学……。


 並べ立てられた基本的な科目の問題はなんとか理解できるし、考えれば解けるもの。


 だっていうのに意識が全く集中できない。


 体調はいいんだけどな……。


 2問ほど解いたところで講堂から見える窓の外に視線を向けたのがまずかった。


 雲の流れに意識が取られて、いくら読んでも問題が頭に入らない。


 気付いたら雲の動きを観察してしまって、手が止まる。


 ……山へ向かって西から流れてくる風が、大きな雲を運んでくる。


 このペースで風が吹くと、山で留められた雲が成長して3日後には雨が降るなぁ。


 なるほど、この地方の雨季は西から雲が流れてくるのか。


 確か岳龍山脈の近くは雪国で、雪雲が東に流れてくる過程で温度が上が……。


「時間です、鉛筆を置いて下さい」


 聞こえてきた声に思考が中断させられる。


 ハッとして試験用紙に視線を落としたところで、隣に来た試験管が回収していった。


 それからも悲劇は続いた。


 基礎的な運動能力を測る試験では歴代最低記録を大幅に更新し、そこで体力を使い果たした結果、武術科目の模擬戦闘では開始と同時に倒れて救護室行き。


 比較的すぐに復帰できたものの、魔術の実技試験ではもちろん魔力不足で簡単な魔術も使えない。


 かくして、自分でもわかるくらいボロボロの結果を残して試験は終わった。


 後日出た結果は勿論Dクラス、今後この最低成績記録は塗り替えられることはないだろう。


 温情というか、どう考えても不合格ラインだけどグランドマスターの名前だけで合格した感がありありと出ている結果だ。


 結果を知ったハリード錬師は何かを堪えるような仕草を見せ、マクスは顎が外れそうになっていた。


 因みに他のみんなの結果はといえば……。


「アリス、元気だしてね、そっちの教室にいっぱい遊びに行くから」

「それはちょっと」

「アリスはこっちにこれないでしょ? 距離ありすぎてしんじゃうよ……」

「…………」


 スフィは文句なしのAクラス、普通に一般入試組と張り合って上位グループにはいっていた。


 Sクラスも入れたけれど、カリキュラムの忙しさから本人の希望を受けてAクラスとなったみたいだ。


 因みにAクラスとDクラスは使う教室の棟が違うので、徒歩でその距離を移動してたらたしかに死ぬ。


 物理的に。


「意外にゃ、結局Sクラスいくんだろうなって思ってたにゃ」

「アリスちゃん、その、失敗は誰にでもあるから、ね」


 ノーチェとフィリアもギリギリAクラス判定、上位クラスに入れるだけの実力を見せていた。


 フィリアは地盤がしっかりしていて、ノーチェは学習能力の高さと地頭の良さを遺憾なく発揮していた。


「のう、アリス……」


 そしてシャオは……。


「わしの勝ちじゃな?」


 この子もギリギリAクラスに入っていた。


 薄い胸を思い切り反り返らさせて、すごいドヤ顔だ。


「推薦枠という後押しもあったでしょうが、みなさん実に優秀ですね」


 拠点に遊びに来てくれたハリード錬師が、お茶を飲みながらしれっと言う。


 実際に受けてみた感じ、一桁年齢を対象としているからか試験そのものは極端に難しくはなかった。


 4人ともぼくを抜きにしても、出会いと機会があれば推薦を受けられるだけの実力があると思う。


 結果的にはぼくだけ別のクラスになってしまったわけだけど……。


「名門学院の、劣等生かぁ」

「……アリス、なんで嬉しそうなの?」


 だって、ねぇ。


 断じてわざとじゃない、実力の結果ではある。


「やっぱアリスはよくわからんにゃ」

「うぅん、頼もしい……でいいのかなぁ?」

「見た目と身体の割に図太すぎるのじゃ」


 色々言われてるけど、こればっかりはね。


 名門学院に劣等生として通うという立場は、エンタメにどっぷり浸かった日本人なら心が踊ってしまうのだ。

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