教師は大変な仕事

「入試っていつやるにゃ」

「来週です」

「は?」


 休憩の、再び教室なんかを見て回っている最中。


 ノーチェの発した些細な疑問に、ハリード錬師が予想外の返事をした。


「6月と12月じゃなかったっけ」

「通常スケジュールではそうですね、本年度は星竜祭があるので1期2期共に5月と11月にずれるそうです」

「…………」

「アリス……」


 確かに調査不足だったけど、そんなに時間がなかったとは。


「タイミング的に、推薦受けるとしたら試験って」

「今からだと一般入試と同じ日になるでしょう、わざわざ時期をずらす理由もありませんし」


 想定外な事が多い。


「スフィはちょっと興味出てきたかも、アリスはどう?」

「……興味を惹かれないといえば嘘になる」

「模擬試験もやっていますが、見ていきますか?」

「そんなのあるんだ」


 候補生はアルヴェリア全土から集まってきているようで、この時期は簡単な模擬試験もやっているらしい。


 10分程度で出来る簡単な筆記と実技で、規定の年齢なら誰でも参加できる。


 試験がどんな雰囲気なのかを体感するためのアトラクションのようなものって感じか。


「午後の部の後期がそろそろですから、いってみましょう」


 見学中の児童を対象に午前に2部、午後に2部やっていて、本日最後の模擬試験がもうすぐはじまるところのようだ。


 一通り見て回ってまったりしている最中なんて。


「……いいタイミングだこと」

「全くですね」


 表情の起伏が少ないハリード錬師の横顔をにらみつけるものの、しれっと受け流されてしまう。


 だから油断できないんだ。



 模擬試験は大きな講堂で行われていた。


 語学、数学、歴史地理から1問か2問くらいずつ出題される基礎教養の筆記試験。


 それから戦術、魔術などの実技試験で構築されている。


 受付で軽く話を済ませて講堂に入り、ぼくたちは軽く試験を受けることになった。


「なんで試験中に窓から外に出たんですか?」


 そしてぼくは、監督役の女性教員に理不尽に詰められていた。


「窓の外に珍しいちょうちょが……」

「1万歩譲ってそれはいいとしましょう、それで? 窓を出てすぐに突然倒れて? 騒ぎが起こって模擬試験が中断したことの言い訳はできますか?」

「可否を問うのであれば、言い訳の構築自体に不可能性は存在しない」

「言い方を変えましょう、私や他の生徒たちを説得し、納得させられますか?」

「相手が納得するかどうかはその人物の思考及び認知次第であり、ぼくの関与できる領域にはない。できることは行動の正当性を主張し、ぜぇ、行動自由を理論的に陳述すること、ぜぇ、だけ」


 息を切らしながら言い切ったところで、女性の口元が盛大にひくついたかと思えばこめかみに太い血管が浮かんだ。


 みんなそれよくやるけど、よく綺麗に血管を浮かび上がらせることができるなぁ。


「すぅー……ふぅー……いいでしょう、主張はわかりました。ところで貴女はこの騒ぎに収拾をつけることができますか?」


 通常の3倍くらいゆっくりと深呼吸をしたあと、女性教員が窓の外を指示棒で示す。


「それこそぼくの関与できる領域にはない」


 ぼくは横目で窓の外を見て、即答で首を横に振った。


「見つけた! 見つけたぞ!」

「ばかっ慎重にいけ! 翅に傷ひとつ付けるなよ!」

「うひひひヒィィ! 新種! ほんとに新種じゃああああん!!」

「うわぁ! 3区の鱗翅目女がなんでここに!」

「どこから嗅ぎつけたんだ! みんな! 絶対に外3に渡すな!」

「うおおお! 外5支部昆虫学部をなめるなぁぁぁ!」


 救護室から見える窓の外では虹色の翅を持つアゲハっぽいチョウ目昆虫を追いかけていい大人たちがはしゃいでいる。


 旅の道すがらでも、おじいちゃんの図鑑でも見たことがないチョウを見かけて「わぁちょうちょらぁ」をしただけなのに。


 どうしてこんなことに。


「~~~~!! ちょっとハリード講師! 問題児! この子問題児ですよ!?」

「申し訳ありません、返答まで少々お時間を頂けますか?」

「ハ、ハリード先生がお腹抱えて震えてる」

「あの人って笑うことあるんだ……」


 10分もかからず終わる試験が既に1時間、ほんとどうしてこんなことに。


 ……現実逃避気味に保健室の中を見る、そういえば見学中に売ってた学院7不思議の本に救護室の噂もあったな。


 えーっとたしか……ダメだ。


 記憶せずちらっと流し見た程度だからか全然思い出せない、本は確か鞄に。


「貴女も10分くらいは大人しく……待って下さい何を読んでるんですか」

「王立学院の7不思議、見学途中で購買で見つけて買った。学生が古い噂を集めて収集した本、興味深い」

「なぜ救護室で目覚めたばかりの貴女が私にこんな風に言われているか覚えていますか!?」

「試験中に勝手に外に出たことに対して監督役であるあなたからの説教中、開始から16分経過」

「そうですね! ちゃんと把握してますね!! ハリード講師!?」

「もう少々時間を下さい」

「いっそ声を出して笑ったらいかがですか!?」


 冷静に考えれば、説教中に本を読みはじめるのはまずいな。


 流石のぼくでもそのくらいは理解できる、閉じて小さく咳払いをする。


 喋りすぎたせいか喉が渇く。


 トイレに行きたくならないように飲み物を取りすぎないように気をつけてたけど、少なかったかな


 それと寝ていたせいか流石にトイレも行きたくなってきた。


 倒れたのもそれが原因かもしれない。


 女性教員はハリード錬師と話しているし、その間に飲み物を取ってこよう。


 ……スフィたちは全員揃って部屋の隅で固まってるし、近づいてこないから頼みづらいのだ。


 スフィとノーチェはなんか呆れ顔で、フィリアとシャオに至っては完全にアワアワしてる。


「スフィ、喉乾いたからちょっとお水を貰ってくる」

「え、あ、うん……ついていこうか?」

「トイレも行くから」

「う、うん……ってなおさらついてくよ」


 いいのかなって首を傾げるスフィの反応がよくわからないけど、ついてきてくれることになったらしい。


 手をつないで救護室から出ると、背後から叫び声が聞こえてきた。


「とにかく! 学院というのは共同生活の場……いないんですけどォ!?」

「あー、トイレ行ったにゃ」

「わぁ! 自由!!」


 なんかすごく感情が波立ってるのが、壁越しに聞こえてくる音でもわかる。


 前世ではネットの噂程度にしか認識してなかったけど、教師って本当に大変なのかもしれない。


 地球とは文化も制度も違うけど、こういうところは共通なのか。


 世知辛いなぁと思いながら、ぼくは困った顔のスフィに手を引かれてトイレへ向かうのだった。

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