源獣信仰

 見学は順調に進んだ。


 学院には多種多様な科目が学べるけど、その中でも人気が集中しているものがある。


 武器の扱いや武術、戦術理論を学ぶ戦術科。


 上流階級のマナー、従者としてのイロハを学べる侍従科。


 冒険者としての技術、知識を学べる冒険科。


 一般的に知られている範囲で錬金術の基礎を学ぶ錬金科。


 聖王国法について学ぶ法学科、治療術や病気の知識を学ぶ医術科。


 この6科目が圧倒的に人気なようだ。


「侍従科って、貴族の下につく勉強するにゃ……?」

「貴族のしきたりや上流階級での立ち回り方など、市井に居ては中々学ぶことは出来ませんから」


 侍従科は従者サーヴァント志望者と商人系に人気だという。


「アリスは興味あるのあった?」

「卓上遊戯研究会」

「それは授業ではなく同好会サークルですね」


 掲示板に貼られていた会員募集の文字を読み上げると、ハリード錬師にバッサリと切り捨てられた。


 そうはいっても、科目が多くてリストを見ただけだと何とも言えない。


 目を引くのは……。


「闇の蟹に対する防衛術?」

「悪質なクラブ勧誘への注意喚起ですね」

「そっちか」


 よく見たら蟹じゃなくて倶楽部だ。


 何事かと思った。


「クラブとサークルって何が違うの?」

「公認かそうでないかです。クラブは学院が運営母体ですが、サークルは生徒たちが運営しています」

「悪いクラブの勧誘から身を守る方法……って書いてあるのじゃ」


 あんまり目は良くないから、ちょっと見間違えた。


 メガネが必要なほどじゃないけど、遠くだと文字がちょっとぼやける。


「シャアッ!」


 そんなことを考えていたら、すぐ近くに浮遊していたフカヒレが突然叫んだ。


「フカヒレちゃん、急にどうしたの?」

「忘れよう」

「ふえ?」


 あいつが居るのか的なニュアンスだったから触れたくない。


 やだよ、闇の蟹なんてわけわかんないもの出てきたら。


「そういえば、随分とバラエティ豊かな同行者が増えていますね」

「色々あった」


 敢えて脇においている空気はあったけど、存在を主張されると流石に放置はできなくなったみたいだ。


 ハリード錬師の視線が頭の上のシラタマと横にいるフカヒレに移る。


「うちの子が酷く恐縮しているので気になってはいました」

「……そういえば、魔獣と契約してたっけ」


 ハリード錬師はたしかクリオネみたいな魔獣を従えていたはずだ、そういえば近くに気配がない。


「突然私の部屋の寝床に引きこもってしまって、何事かと思いましたが……魔獣とは少し空気が違いますね、もしや精霊ですか?」

「うん、友達」

「キュピ」

「シャア」


 そうだぞと主張するシラタマとフカヒレを抱きかかえるように抑える。


 シャオみたく隠し続けるのも不便だし、そもそも勝手に出てくるからしれっと流す勢いでいく。


 ハリード錬師ならたぶん信用できる。


「精霊が友達、ですか。不思議な雰囲気の子だとは思いましたが、愛し子でもあったんですね」


 何かを納得した様子のハリード錬師は、呆れたようにため息を吐いた。


「精霊術科に行くのもいいかもしれません」

「……うーん」


 正しい精霊術を学んで意味があるかと言われれば微妙なラインだ。


 さすがのぼくでも、普通の状態とは違うことは気付いてる。


「違うのじゃ、そやつは愛し子じゃないのじゃ」

「おや、どうしてそう言えるのですか?」

「それは……ぐぬぬ」


 恐らくこの場で一番に精霊に詳しいシャオから物言いが入るけど、隠そうとしているせいでうまく説明できないようだ。


 普通にシャルラート呼べばいいのに。


「とにかくアリスは普通じゃないのじゃ、まともじゃないのじゃ!」

「シャオ、それはもう悪口」


 悪意がないからムカつきはしないけど。


「悪意があったらフカヒレに噛ませてるレベル」

「のじゃ!? マクスみたいな扱いは嫌なのじゃ!」

「シャー……」

「なんか嫌そうにゃ」

「"ナード"みたいな味しそうだから嫌だって」


 知らないけど、ナードって食べ物だよね?


「ナードってなんなのじゃ?」

「さぁ?」

「わかんない」


 サメの精霊だし、きっと人間が理解するのは無理なんだろう。


「フカヒレよ、マクスはどんな味だったのじゃ?」

「シャア」

「……ナードの味がしたって」


 …………食べ物だよね?


「やっぱり同じ扱いなのじゃ!? 嫌なのじゃ! もっとちゃんとお姫様として扱うのじゃ!」

「ハッ」

「ノーチェ! いま鼻で笑ったのじゃ!」


 そんな感じでわいわい騒ぎながら歩いていると、巨大な講堂のような場所にたどり着いた。


「ここは食堂です、休憩がてら少し入りましょうか」

「まだ疲れてにゃいけど」

「アリス錬師が大分疲れているようなので」

「うん、休ませてあげたかった」

「あー、お姫さまのためなら仕方ないにゃ」

「何でそっちがお姫さま扱いなのじゃ!」


 ぼくがお姫様扱いを嫌がるからじゃないかな。


 因みに疲労が脚にだいぶきている。


 今日は9割背負われてただけなのにね。



 休憩を挟みつつ、学院見学は佳境を迎えていた。


 見れる場所といえば学内の施設や訓練場、簡単な授業風景とかばかり。


 普通は中々入れないお城の中ということもあって途中までは物珍しかったけど、興味が徐々に別の場所へと移っていくのは必定だった。


 食堂に併設されたラウンジで軽くお茶を飲みつつ、世間話中。


 食べ物については……まぁ普通だった、値段的にかなり安いけど。


「それにしてもでっかい城にゃ」

「元々この地にあった古城を改装して使っているそうです、ミカロルという精霊の居城だったとか」


 一瞬、身体が固まる。


「神様じゃないにゃ?」

「東方や北方では精霊を神として崇める文化があるんですよ、アヴァロンにもそういった神殿がいくつもあります」

「教会的にいいにゃ? それ」


 ノーチェの質問にハリード錬師が答える。


 たしかに星竜教は多神教という考え方が近いみたいで、街の中では他の神の神殿やレリーフを見かけることがあった。


「神学や精霊学的には星竜神を始めとする神獣は精霊神の上……精霊の最上位の存在と考えられていますからね。自分の信ずる神は星竜神よりも上位の存在と言い出さなければ、うまく共存しているようです」

「神獣と精霊って同じなのじゃ?」

「源獣信仰にまつわる古い文献によるとですが。神獣とは世界の守護者であり管理者で、いずれくる時のために世界を保つ役割を持っている……と記されています」


 ハリード錬師の口から、いつぞや聞いたことがある終末カルトの名前が出る。


 そういえば数千年前からあるんだっけ、なら考古学者が知っていても不思議じゃないか。


「"おりじんかると"にゃ?」

「大昔から存在する小さな宗教です、確認できる記録では数千年前から……一説では神代以前からあるのではないかとも言われていますね」

「どんな宗教なのじゃ?」

「そうですね、一種の終末論というべきでしょうか。神々とその被造物である人間は、天地創造を成した本当の造物主、源獣オリジンから世界を簒奪した大罪人。造物主はそれを儚んで滅び去り、世界は主を失い消える道すがらにある。神は断罪により滅んだ。残された人間は来たるべき終焉へ向かい、罪を贖い備えなければならない……というのが伝えられている話ですね」


 前に聞いた深淵文書の内容と似ているけど、少し違う。


 他にも教義に関する本があるのかもしれない、ただまぁ終末カルトのことなんて知ってもなぁ。


「そんにゃ産まれてもない大昔のこと、罪と言われてもにゃ」

「確かにそうですね。因みに神獣は源獣によって生み出された世界の正当な管理者であり、精霊はその眷族であり使いであるとされています。だから精霊は人間を嫌っているのだとか……精霊や神獣からこの話を聞いた人は居ないので、眉唾ですが」

「だってさ、どうなのにゃ?」


 ノーチェに水を向けられて、肩の上のシラタマと、それから膝の上のフカヒレを交互に見る。


「…………」

「シャー?」


 シラタマは完全なだんまりを決め込み、フカヒレはまったくわかってなさそうだった。


「ダメみたい」

「シャオはどうにゃ?」

「ふむ……」


 ぼくが首を振ると、ノーチェは小声でシャオにも聞く。


 隠れるようにこそこそと詠唱してシャルラートに呼びかけようとしていたシャオが、困惑しきった様子で顔を上げた。


「全然反応しないなんて初めてなのじゃ……ま、まさか嫌われちゃったとか……」

「シラタマ、右側転」

「キュピ」


 シラタマがその場でころんと右側に転がる。


 嫌われてるとかじゃなくて、この話題に反応しないってのが正解だ。


「これは精霊にとって禁忌の話題みたい」

「大昔には星竜神様にお伺いを立てた学者も居たそうですが、滅多にない竜の怒りを買ったとかで教会でもこの話題は禁忌になってしまっているようです。考古学を学ぶものとしては悔しい限りですが、迂闊に触れない方が良さそうですね」

「な、なるほど……そうなのじゃな」


 やっぱりというか、ただの終末カルトってわけじゃないな。


 問いかけは無視する割に、それ関連の話をするのも記録に残すのもセーフか。


 ……あるいは、自力で突き止めろってことなのかもしれない。


 突っつこうと伸ばした指先を転がって避けるシラタマとじゃれながら、ぼくは小さくため息を吐いた。

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