学院見学

「ふん、下民どもが連なって……身分をわきまえて欲しいものだ」

「栄光ある王立学院に相応しくない方々も来ているようですね、なげかわしい」


 グレッジ学部長とハリード錬師を伴い、改めて見学のために学院にもどったぼくたち。


 正門にたどり着いて最初に見えたのは、高価そうな服とマントを身に着けたやたら居丈高な少年たちだった。


 こう、傲慢貴族オーラや裕福さを鼻にかける的な雰囲気をまとった子たちが普通に複数いる。


 あの子達も見学かな。


「……王立学院ってああいうの多いにゃ?」

「いえ、決してそのようなことはありませんよ」

「年に1人か2人程度はああいう手合が入学してくるようです。理由としては跡取りに実力主義の王立学院で世間を学ばせるためとか、世界の広さを教えるためとか。下手に跡取り候補なせいで権力の影響を受ける貴族院だと余計に増長してしまうとかで、親からこちらで学んで来いと行かされるみたいですね」

「大抵は入学して1年もすれば身分の違う友人もできて落ち着くのですが……」


 権力でのゴリ押しが通じない学院に放り込むことで、小さい内に色々学ばせようと考える貴族もいるらしい。


 そんなハリード錬師の説明に、グレッジ学部長が慌ててフォローに入る。


「ただ、稀にその時期が重なってまとまった数が同じ年に入ってくるんです。そうなるとグループになってしまって中々手強くなるとかで、教員の間では"当たり年"と呼ばれています」


 少数なら孤立するし、身分の違うクラスメイトとの交流を経て考えにも変化が生じて次第に落ち着く。


 しかし"そういった子たち"が入学する時期が重なると、今度はその子たちのグループが出来る。


 そうなるとそこに地方の下位貴族や権力志向の強い商人の子どもとかが合流して、厄介なグループが完成してしまうそうだ。


 普通は気付いたら入学時期をずらすそうだけど、年齢や家の状況は毎年変わるし、全ての家と緊密に相談できるわけでもない。


 うまく回避できるパターンばかりとは限らないってわけだ。


「因みに今年の出来具合は?」

「ベテラン教員によると『今も語り継がれる334期と348期に勝るとも劣らない、深い味わいが期待できる』そうですよ」

「教師陣が頼もしく感じてきた」


 微妙にニュアンスは違うけど、日本語に訳すと聞いたことあるようなキャッチコピーになってるな。


 ここの教師陣もいい性格をしているみたいだ。


「因みに334期はローエングリン老師、348期はハウマス老師が入学した年ですね。どちらも中々の問題児だったとか」

「ハリードさん、そのようなことを……」


 おじいちゃんの問題児エピソードは興味あるけど、ハリード錬師から妙に期待を込めた視線を送られている気がする。


 残念ながら、ぼくはどちらかといえば大人しいので問題児とは程遠い。


 期待に応えることはできないだろう。


「にゃんかさ、問題児がくるのに喜んでるように聞こえるにゃ」

「お行儀のいい子よりも生意気な子の方がいじ……鍛え甲斐があるとうそぶく教諭が多いんですよ。まったく酷いものです」

「ハリードさん!」

「アリス錬師と相性の良い教諭も多いと思います、特に錬金術科は」


 ……なんか、入学したくなくなってきた。



 学部長と一緒だからか、"当たり年"の子たちに絡まれることなく正門をくぐった。


 奇異の目は向けられたけど、許容範囲だ。


 シャオが借りてきた猫みたく大人しいのが気になるけど、見学は順調に進んでいった。


「では私は仕事に戻りますので、ハリードさんに案内をお願いしても?」

「引き受けます、元よりそのつもりで迎えに出ましたから」


 どうやらハリード錬師が正門前に居たのは偶然じゃなかったらしい。


 トラブル回避には少し遅かったけど。


 グレッジ学部長を見送り、ハリード錬師の案内で学院内を見て回る。


 なんというか、作りも構造も正しく城だ。


「ハリードの兄ちゃんって何教えてるにゃ」

「考古学ですね、講義を受けに来る学生も少ないので楽なものです」

「あんだけ強いのに……」

「武術は旅をする上で必要に駆られて身につけたものですから本分ではないんですよ。戦えるせいで師父から便利に使われてしまっている欠点もありますし」


 学院にはハリード錬師のようにスポットで講義をやる臨時講師と、必修科目等を担当する常勤講師の2種類がいるようだ。


 生意気な子にやる気を見せる教員は臨時講師が大多数だとか。


 その道のトップクラスになる人間には変わり者が多いのだろう、嘆かわしい。


「でも……意外と大人の人が多いんですね」

「それはちょっと気になった」


 フィリアに乗っかって疑問を投げかける。


 城内には明らかに幼年学部生の子どもだけじゃなく、もっと年上の人間も普通に居る。


「幼年と通常では事務系の管轄が別なだけで使う施設は基本同じですからね、数は同じくらいですよ」

「7歳で入学して15歳で卒業、それから専門の学術院に進学するって聞いた」

「……ふむ、あぁ。錬金術師に聞いたんですね?」


 一瞬思案顔になった直後、ハリード錬師が何かに納得した様子を見せた。


「10歳で入学して5年、通常学部で3年ほど学んで18歳頃に卒業するのが最も多いパターンですよ」

「そうなの?」

「自分で口にするのも気が引けますが、正規の錬金術師になれる時点で一般的にはエリートです」

「確かに」


 言われてみれば、あそこはエリートの巣窟だった。


 そうか、スムーズに錬金術師になった人間の情報だったからそれが基準になってたのか。


 直弟子とかギルド直、別の学校なら制度も全然変わってくるし。


「うーん……ここやつらって錬金術師になるための勉強をしてるんだよにゃ?」

「錬金術科であればそうですね、ですが錬金術師のための学校ではありませんよ」

「アリスって通う意味あるにゃ?」


 ノーチェの疑問に、フィリアとシャオが頷いている。


 ハリード錬師は苦笑を浮かべた。


「アリス錬師、スライムカーボンの製造理論は拝見しました」

「うわ……」


 なんでこっちにまで出回ってるんだ、正式に提出したものじゃないのに。


「勿論正規の論文としてではないのですが、まぁ子どもの作文でしたね」

「…………」


 ぼくの悪口を言われていると思ったのか、むすっとし始めたスフィの髪の毛を撫でて宥める。


「文法も単語の選択も合っているのに、経過と情報の整理と精査を飛ばしすぎです」

「わかってる」

「ただし着想と実現されたアイデアそのものは非常に素晴らしかった、サンプルを見た冶金学の重鎮がざわついていました」


 だからなんでそこまで出回ってるんだ、ぼくたちの移動より迅速に伝わってるんだけど。


「着想はぼくのオリジナルじゃない、再現物」


 あくまで前世でよく見た炭素繊維をこっちで再現したら、似てるようで似てないものが出来たというだけだ。


「他者の論文や研究物、古代の発掘品から新技術のインスピレーションを得ることはよくあります、そこは重要ではありません。原本となった論文や物品について明記は必要ですが」


 わかりにくいけれど、ハリード錬師は少し興奮しているようだった。


「鉄よりも軽量で頑丈、耐久性にも優れた新素材ですよ。更にはスライム素材の最大の欠点だった耐熱性もある程度クリアされている。武器防具は勿論、あらゆる工業製品に革命をもたらすだろうと目されています」

「今の段階だと欠点も多いと思う」

「それをどうにかするのが錬金術師です」


 当然と言うか懸念や欠点も理解した上で、研究したくてウズウズしている錬金術師がたくさんいると言い切られた。


「あなたの錬金術師としての能力に疑問を抱く者はいません。ですが基礎学があまりに疎かなのも事実です、学ぶべきなのは基本的な座学でしょうね」

「…………」

「苦手なのは見ていればわかりますが、苦手に挑戦するのも学者として大事なことですよ」


 勉強ほんと苦手なんだよね、今生ではとくに。


「座学って、ろんぶん? の書き方もやるにゃ?」

「いえ、一応小論文などはありますがメインではありませんね。アリス錬師の問題は他者に伝える方法なんです。情報の提示が自問自答になっていたり、問題や課題に対して自分の中だけで決着をつけたのか、経過無しに結論だけ書いてしまっているんですよ」


 耳が痛いのでペタリと寝かせる。


「アリス錬師にはもっと簡易なレベルで、多種多様な人間と話し合う経験が必要なのではないか……というのが主流な意見です」

「あー……わかるにゃ」

「アリスちゃん、よく突拍子もないこと言い出すもんね。ちゃんと考えて言ってるのはわかるけどびっくりする」

「たまに考えておるのか考えてないのかわからん時もあるのじゃ」

「……周囲の同年代に理解力が高すぎる子が多いのも、原因のひとつでしょうね」


 それでも聞こえてきてしまう自分の耳の良さが、少しだけ憎らしかった。

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