事後処理
指定された喫茶店は、2階建ての落ち着いた雰囲気の店だった。
「何でこんなところに子どもが?」と怪訝そうな顔の店員にハリード錬師の名刺を見せると、表情からして一瞬で接客対応に変わり丁寧に2階の個室に案内された。
……紹介状持ちだと普通はこうなるんだよなぁ。
「こちら当店からのサービスとなっております」
窓から近くにある川を見下ろせる部屋にはいって席につくと、最初に花の塩漬けが乗った小さめの焼き菓子とお茶が出された。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
「わかったにゃ」
それから革張りのメニューを音も立てずに置いて、店員はすっと部屋を出ていく。
「……なんかいっぱい書いてあるにゃ」
ゼルギア大陸の国々では地球の先進国と違い、安定して食料を確保できるような流通はない。
なので基本的に料理店のメニューというのはその日仕入れたもの、作れるもので構成されていて毎日変わる。
店によっては固定が普通だし、あっても種類が少ない。
ここの喫茶店のメニューはフードからドリンク、デザートまでずらっと書かれている。
「ぜんぜんわかんない……」
「どうしよう」
「そういう時は」
テーブルの端に置いてあるハンドベルを鳴らすと、店員がすぐ部屋に入ってきた。
近くで待機していたのかな。
「アリス、まだ決まってないよ?」
「みんな慣れてない、獣人が飲み食い出来るもので、子どもが好むものを」
「……厨房の者と相談しますので少々お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「問題ない」
「かしこまりました」
支払いはハリード錬師だし、店側の反応を見るに結構な常連のはずだ。
ぼくたちよりも店の方が塩梅はわかっているだろう。
注文を受けて丁寧に部屋を出ていく店員の背中を眺めて、一息つく。
「……そういうの、ありなんだ」
「信用できそうなところなら」
それと、店員のスキルが高そうなところ?
■
それから15分ほどして良い香りのお茶とパウンドケーキのようなお菓子が出されて、それを食べながらわいわい話している最中。
「お待たせしました」
店員に案内されてハリード錬師が個室にやってきた。
「先に頂いてる」
「えぇ、良い店でしょう」
「お菓子おいしいにゃ!」
お菓子のおかげで、嫌な思いをして苛立っていたノーチェたちも落ち着いたようだ。
「ハ、ハリードさん……」
「あぁ……。紹介します、こちらは幼年学部の学部長であるグレッジ教諭です」
えーっと、たしかパンフレットによると……。
15歳までの幼年学部と、15歳以上の通常学部に分かれているんだっけか。
前に聞いた7歳以上15歳以下っていうのは幼年学部の入学年齢のことだったらしい。
入学できる下限が7歳ってだけで、実際は20歳だろうと30歳だろうと入学自体は出来るようだ。
ストレートかつスムーズなルートだと、7歳で入学して15歳で成人とともに卒業って形になるのか。
「ご紹介に預かりました、グレッジと申します」
声が聞こえてきて、思考を一旦切り上げる。
グレッジ教諭はおでこが広く、距離があっても微かに口臭を感じる50代くらいの男性。
……脂汗すごいし、胃がやられている感じの匂いがする。
大丈夫かこの人。
「この度は我が校の職員が大変な無礼を働き、誠に申し訳なく思っております」
王立学院の学部長なら立場的にはめちゃくちゃ偉いと思うんだけど、今にも消え入りそうだ。
「……グレッジ教諭の奥方はドーマ一門の上級錬金術師の御息女でして、前回の学部長選挙でも多大な後押しを受けていたんですよ」
「本当に、お嬢様方には大変な失礼を……!」
名門校にも政治的な色々があるようだ。
「そんなかしこまられる立場じゃないけど」
「とんでもございません! ドーマ錬金伯直々の推薦などここ数十年なかったことです!」
「会ったことも無いんだけど」
言った直後にフフッと笑い声が聞こえてハリード錬師を見る。
暫く見つめ合ったあと、小さな咳払いと共に視線をそらされた。
「
「爵位、
アルヴェリアの爵位はヨーロッパのものに似てるのでわかりやすい。
こんな感じで基本的には一緒で、特別な権限を与えられる伯爵位がある。
地球と同じもので言えば、国境に近い辺境沿いの地域を領地にしている
他には
錬金術師ギルドの本部統括なら貴族位のひとつくらい持っていて不思議でもなんでも無い。
「そのような方からの紹介を受けたお嬢様方にこの仕打、最早一体どうお詫びすればいいのか」
「ローエングリン老師が爵位を振りかざすことはありませんが、権威というのものは時に厄介なものです」
「躓いてたら雀に髪の毛全部むしられそうって?」
「都の雀は隙を見るに機敏ですから」
「んゅ?」
砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んでいたスフィが不思議そうに首を傾げる。
まぁそんなやらかし、対立相手が放っておかない。
対処が遅れれば遅れた分、それはもう熱烈に粘着されることだろう。
立場があるっていうのも大変だ。
「……ほんとに7歳なんですか、この子?」
「獣人相手に内緒話は悪手ですよ」
できるだけ声を抑えたグレッジ学部長に対して、普通の声量でハリードが答えた。
もちろん全部聞こえてる。
「し、失礼しました!」
「王立学院って獣人居ないの?」
「冒険者科や戦術科などの実践学にはそれなりに居ますよ、グレッジ学部長は座学畑の人間ですから接触が少ないのでしょう」
「仰る通りです……」
全部確認しきれてないけど、王立学院で学べる科目はものすごく多い。
必修科目はゼルギア語、基礎数学、基礎教養。
あとは選択必修が4科目、自由選択はいくらでも……って感じだっけ。
「あのおっちゃんどうなるにゃ?」
「即刻解雇いたしました」
「にゃるほど」
あの受付は即刻解雇されたらしい、物凄いスピード感だ。
「本来はですね、ああいった紹介状は真贋状態を問わず全て推薦者管理部に渡され、そこでチェックされる決まりなんです。受付で勝手に判断するのは完全な職務規定違反となりますので……」
「捨てたものが誰の書いたどんな紹介状であっても、処罰内容は変わりませんね」
グレッジ学部長が説明し、ハリード錬師が補足する。
紹介状を勝手に捨てた時点で、受付の解雇は決定事項だったようだ。
「たまたま管理責任者だったバルフロイ錬師には同情しかありませんが」
問題はそのやらかしがピンポイントで最悪の相手だったこと。
おかげで学部長と管理責任者の……錬師って言ってるし錬金術師が奔走するはめになったらしい。
「なんか聞いたことあるようにゃ……?」
「あったっけ?」
「ええっと……」
因みにぼくもなんか名前に聞き覚えがある、有名な人なのかな。
「とにかく、ちゃんと対処してくれてるし、許すってことでいいよね」
「にゃ? おっちゃんに怒っても仕方ないにゃ」
「うん、もう怒ってないよ」
なんかグレッジ学部長がソワソワしているので、ノーチェたちを促して助け舟を出す。
偉そうなと自分でも思うけど、ここで許すって姿勢を見せないとわざわざ出向いてくれたグレッジ学部長の顔が立たない。
実際はぼくたちの許す許さないって感情は大した問題じゃないんだろうけど、話を聞く限り着地点を探る取っ掛かりくらいにはなる。
「ありがとうございます……」
それにしてはちょっとホッとしすぎな気もするけど。
「フフ……」
訝しんでいると、ハリード錬師が意味深な笑いをこぼした。
「感情を読むのに恐ろしく長けているアリス錬師でも、流石に未来は読めないのだなと」
「……どういうこと?」
ぼくの内心を悟ったのか、ハリード錬師が楽しそうに言う。
「いえ……今年は数年に1度の"当たり年"ですから。入学すればアリス錬師は非常に楽しめると思いますよ」
いたずらっぽく笑うハリード錬師の横で、グレッジ学部長が胃のあたりを抑えてウゥっと呻いた。
この慇懃な錬金術師、意外といい性格をしている。
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