アヴァロン王立学院

 モルド錬師から王立学院へ行かないかと打診された翌日。


「お城にゃ!」


 ぼくたちはえっちらおっちらと片道1時間以上かけて、町中のショートカットを駆使して外周第5地区の中央へ向かっていた。


 小走りで駆けるスフィの背中に揺られているうちに見えてきたのは、大きな塀に囲まれた森の中の小洒落た欧風デザインの城だった。


 ……いや、ほんとに城だ。


 映画でみた魔法学校を彷彿とさせる……流石にそれよりは少し小規模だけど。


「あそこが王立学院?」

「だと思う」


 所在地的にもピッタリだし、こんな1区画まるごと使った建物が別のものでしたと言われたら困る。


「思ったより近かったにゃ」

「だねー」

「7区側にあったからね」


 これがもっと中央付近だったり、位置がズレていたりしたらプラスで1時間か2時間。


 卵祭りのあった外3地区の獣人区画に行くのと時間的に大差なくなる。


 なお、ここまで短縮できているのは近いんじゃなくてスフィ達の脚が速いからだ。


「あっち入り口にゃ」

「人がたくさんいるのじゃ」

「そういや一般入試は7月だっけ、だから見学者が多いのか……忘れてた」

「お前あたしらに学校行けとか勧めてたのに、忘れてたにゃ?」


 スフィたちに入学を勧めてはいたけど、自分が行くつもりはなかったので。


「どんなに早くても冬か、来年にするつもりだったから」


 学院関係はみんなあまり乗り気じゃなかったし、諸々が片付いて生活基盤が整うまでと棚上げしていた。


 こういった方向から事態が動くなんて想定してなかったし。


「ほーん……そろそろ人混みにゃ」


 話している間に正門が近くなり、人の密度が上がっていく。


 今いるのは一般入試組だろう、家族なのか大人数人と子どもがワンセット。


 全員それなりに裕福そうな身なりをしている。


 ……アヴァロンに来てから清潔な服は心がけてるけど、質素な服装のままだ。


 場違い感がすごいなぼくたち。


「どうするにゃ?」

「正門の脇でこれ渡して」


 懐から取り出した手紙を、居心地悪そうにしているノーチェに渡す。


 中には「この子達に学院を見学させてあげて」って書いてあるらしい。


 見学したいとモルド錬師に言いにいったら、悪戯っぽく笑いながら渡してくれたもの。


 老獪な錬金術師にとって、子どもたちの出す結論を先読みして用意しておくことなんて容易いようだ。


「はーいちょっとどいてくださーい!」

「道を開けるのじゃもご」

「し、失礼しますっ!」


 シャオの失言を即座にフィリアが封じた。


 全員徒歩だから貴族はいないだろうけど、一般入試はそれなり以上に裕福な人が揃っている。


 うっかり敵に回せばアヴァロンで生きづらくなることは確定だ。


「お前たちは?」


 大きな正門脇の受付所にいくと、ニコニコ笑顔で応対していた男性がぼくたちを見るなり顔をしかめた。


 ……こんなわかりやすい反応する人が居るとは。


「お前たちみたいなのが来る場所じゃないぞ、ここは」

「……見学に来たにゃ」


 一瞬ムッとした様子を見せたけど、深く息を吸って堪えたノーチェが預けた手紙を差し出す。


 男はそれを受け取り、目を通すこともなく受付脇のゴミ箱へと放り捨てた。


「はぁ、あのな。ここはアルヴェリアが誇る最高学府、どこの田舎商人の紹介だか知らないが、お前たちみたいなのが入れる場所じゃない」

「にゃんだと!」

「ほら、こっちは忙しいんだ! しつこいとつまみ出すぞ、あっちにいけ! ……これは申し訳ございません、どうやら近くの区から子どもが冷やかしにきたようで」


 受付の男は追い払うような仕草をしたあと、近くにいた恰幅の良い高級そうな服の男の相手をはじめてしまった。


 あの態度、真新しい制服に臨時職員の腕章。


 ふむ、ふむ、なるほど。


「……この感覚久々ニャッ!」


 少し離れたところで、ノーチェが牙を剥いてだんっと地面を蹴りつけた。


「酷い……」

「…………」


 うーん、空気が重い。


 そう思いながらチラチラと受付を眺めていると、ぼくを壁際の木陰に降ろしたスフィが怪訝そうな顔をした。


「アリス、なんで嬉しそうなの?」

「だって……」


 今まで出会ったのは、ただの嫌な奴だった。


 だけど今回のは"王立学院の受付をしている嫌な奴"だ。


 流行っていたファンタジー漫画の世界に飛び込んだみたいで正直すごく楽しい。


「で、これからどうするにゃ? 手紙捨てられちゃったにゃ」

「外5区のおしゃれなレストランで遅めのお昼ごはんにするか」


 もしくは……。


「おや、見学に来ると伺っていたのですが、もうお帰りですか?」

「あれ……え!?」

「あっ!」


 近づいてきていた"有力者"に受付さんを叱って貰うか。


「久しぶり、ハリード錬師」

「お久しぶりですアリス錬師、無事で何よりです」


 目隠しをした長髪の慇懃な男性、ラウド王国のフォーリンゲンで出会った『ハリード』。


 第3階梯の錬金術師で、考古学を専攻している。


 錬金術だけじゃなく、Bランク冒険者に匹敵する戦闘力を持つ猛者でもある。


 神兵の襲撃騒動を解決したあと、彼は陽動も兼ねて岳龍山脈を越えてアルヴェリアに向かった。


 どうやらあちらも無事にたどり着いていたようだ。


「ハリードの兄ちゃん、どうしてここにいるにゃ?」

「モルド錬師から見学に行くと聞いていましたから。この時期は王立学院で考古学の臨時講師をしているのですよ、王立学院は旅で集めた資料を元に論文を書くのに都合が良いので」

「錬金術師なら学術院じゃないの?」


 地球側のは又聞きの知識でしか無いけど、王立学院が小中高大の一貫校なら学術院は大学院って感じの位置づけになる。


 より専門的に錬金術を学ぶための場所って話だから、王立学院で講師をしながら……というのは意外だった。


「あそこはフィールドワーク派は居辛いんですよ、それに王立学院なら冒険者科と情報共有しやすいですから」


 なんだか色々と事情があるらしい。


「それより、見学はいいのですか?」

「手紙、あの受付のおっさんに捨てられちゃったにゃ」

「……それはまた引きが強い、大当たりですね」

「どこがにゃ!」

「当たりじゃないもん! ひどいよ!」


 ノーチェたちの抗議を受け、ハリード錬師は両手でなだめながらぼくに顔を向けてくる。


「この時期は入学試験を前に人手不足ですから、たまにそういうのが紛れ込んでしまうんですよ」

「だろうね」


 権威に惹かれる人間の中には、所属する組織の権威を自分のものだと勘違いする人もいるという。


 あの受付の人は典型的なそれだろう。


 どうやら稀に発生するくらいの遭遇率のようで、ハリード錬師は口元に苦笑を浮かべた。


「手紙を粗末にされて、モルド錬師も気分を害しそうですね」

「なんで?」


 と思いきや、奇妙なことをいい出した。


「いえ、あれで彼はプライドかなり高いですからね。自分の紹介状を読みすらせず捨てられたとなれば、相当に怒ると思いますよ」

「…………?」


 モルド錬師の紹介状……?


 あぁ、ハリード錬師が勘違いしているのはわかった。


「……おや、てっきりモルド錬師の紹介状だと思ったのですが?」

「ちがう、紹介状の名義はローエングリン・ドーマ、グランドマスター」


 最初からそのつもりで見学の準備を整えていたのだそうな。


 先に言ってほしかったけど、権力ある老人というのは悪戯好きになっていくものらしい。


 そんな訳で捨てられたのは外7地区支部長のモルド錬師の紹介状じゃない。


 錬金術師ギルド総代、ローエングリン老師の紹介状だ。


「…………」

「よくわかんにゃいけど、それで何が変わるにゃ」

「えらいひとでも、捨てられちゃったらいみないじゃん!」

「ハリード錬師?」


 抗議を続けるスフィとノーチェをよそに、ハリード錬師が同じ姿勢のままフリーズしてしまった。


「……申し訳ありません、みなさん近くの喫茶店でお待ち頂けますか?」

「いいけど」


 物凄い速さで懐からメモ用紙を取り出し、何かと合わせて渡してくる。


 ええっと……喫茶店の場所と名前が書かれたメモと、この子たちの会計の請求は私にとメモ書きされた名刺だ。


「急にどうしたにゃ」

「いえ、老師の心遣いと慮外者の愚行が合わさり物理的な人死の可能性が出てきたもので。少々失礼します」


 そう言い残すと、凄まじい速度で飛び上がったハリード錬師が、高い塀を飛び越えで学院の敷地の中に入っていってしまった。


 久々の再会なのに慌ただしい。


「……どうするにゃ?」

「この店行こうか、高級住宅地のお店がどんなのか気になるし」

「アリスちゃん、ほんとマイペースだよね……」

「まったくついていけないのじゃ……あっちで説明してくれなのじゃ」


 シャオは初対面だしわからないのも無理ないか。


 そう思いながら、むくれているスフィの手を握る。


「おねえちゃん、おんぶして」

「むぅー、わかった」


 気分が悪くなっているふたりには悪いけど、ぼくとしては結構楽しいんだよね。


 入学したら劣等クラスで仲間ができてテロリストの襲撃を撃退したりとかできるんだろうか。


 そんなことを考えながら背負ってもらい、住宅地に続く道をのんびり歩く。


「アリスはいいよね、のんきで!」

「ぼくの標語は図太く強くだから」

「か細くか弱くではないのじゃ?」

「肉体が伴ってれば言うことないんだけどにゃ……」


 馬鹿な話を始めれば、少しは気が紛れたらしい。


 少しほっとしながら歩いていると、塀の向こうのざわめきが聞こえてきた。


 ハリード錬師が向かった方向で何かあったらしい。


「バルフロイ先生!?」

「大変だ、バルフロイ先生が倒れた!」


 ……誰か倒れたみたいだけどなんか聞いたことあるような、ないような。


 気のせいかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る