相談しましょ

「王立学院に行かないかって言われた」

「ご用事ってそれだったの?」

「また突然だにゃ」


 貰った資料を抱えてギルドのロビーに戻ると、みんなはお菓子片手にお茶を飲んでいた。


「それどうしたの?」

「貰ったにゃ」

「おねーさんたちがね、くれたの」


 食料豊富なアルヴェリアでは、よその国ほど菓子類が高くない。


 中には子どもの小遣いでも買える駄菓子みたいなのもあるらしい。


「なるほど……それでね、行くなら皆の分も推薦状くれるって」

「えぇ!?」

「なんじゃと!」


 そう言って資料をテーブルの上に乗せると、フィリアの目がまんまるに見開かれた。


 シャオも驚いてるのは、王立学院についての知識があるのだろう。


「前も言ってたけど、その学院ってどんなところにゃ?」

「えっと……」


 封筒に入ったパンフレットを取り出す。


 カラーのイラスト入りの厚い紙……お金がかかっているのがひと目でわかる作りだ。


「……アヴァロン王立学院。ゼルギア暦2133年に聖王バルタザール37世により創設された歴史ある学院で、名を残す優秀な貴族、錬金術師、冒険者、魔術師の出身校でもあります」

「あれ、いまってゼルギア暦何年にゃ?」

「2531年」

「ってことは……にゃ?」

「えっとね、398年前だよ」

「そんな昔からあるにゃ……」


 出だしで話がそれまくってるぞ、どうするんだこれ。


「入学試験が難しくて、すごく頭のいい人しか入れないんだよね」

「わしも同じことを聞いたのじゃ、ラオフェンで最も優秀な学生が留学しておるとか」

「推薦状あるなら簡易面接と編入試験になるみたい」


 通常ルートだとかなりの難関で、スフィたちならまだしもぼくは完全に無理だった。


「それってズルじゃにゃいのか……?」

「枠が完全に別らしいから」


 いわゆる金とコネの力というやつだ。


 主に多額の寄付をしてる王侯貴族やクラン、ギルドのために推薦枠というものが用意されている。


 用途は目をかけている子どもに勉強させたいとか、我が子に学院でコネクションを作らせたいとか。


 あとは功績を立てた部下への褒美としてとか。


 一般入試枠の数が減るわけじゃないので、ズルいとまでは思わない。


 そういった枠に入り込む事もその人の運と実力だ。


「試験をパスできるわけじゃないしね」


 当然ながら推薦枠と言っても試験そのものは一般と同じものが行われる。


 合格のハードルが著しく下がるだけだ。


「就学に必要なものとかも全員分用意してくれるって、みんなどうする?」


 みんな学院の歴史に興味ないみたいなのでざっくりカットして本題にはいる。


「なんでそうなったにゃ?」

「あんまり説明したくない」


 ノーチェは疑問顔だけど、理由を要約すればあまり口にしたくない内容になる。


 将来有望な子どもを自分の門閥に確保したい技士派。


 力を持ってる技士派に注目の新米錬金術師を渡したくない学士派。


 お互い牽制しあっていた中で、学士派が見出した活路がぼくの基礎学力。


 論文苦手だし、足りていないというのは否定できない。


 学士派からすれば時間稼ぎしつつ接触の機会を増やせる起死回生の一手なのだそうだ。


 これを一言でまとめると『偉い錬金術師がぼくを奪いあった結果』になる。


 ……やだなぁ。


「学院ってどこにあるの?」

「5区の中央、貴族街に近い場所」

「遠くにゃい? 新しい家ができたばかりにゃのに引っ越しは嫌にゃ」


 地図的には町の中央に近い場所、今の家から通うには少し遠い位置にある。


 ぼく以外なら徒歩でも苦にしない距離だろうけど。


「それもあって、相談したかった」

「あの……私、興味ある」

「わしもなのじゃ」


 意外なことに真っ先に反応したのはフィリアとシャオだった。


「その、話だけ聞いたことがあって、行けたらいいなって思ってて」


 元々フィリアは勉強家なところがあったから、行きたがることは不思議に思わない。


 不思議なのはシャオの方、完全にぼくと同じ人種だと思いこんでいた。


 だっていつもふらふらしてるし……。


「わしもそうじゃ! もっとも知的な者がいくと言われる学び舎なのじゃ! 行くしかあるまい!」

「…………」


 わははと腰に手を当てて仁王立ちするシャオに全員の視線が集まる。


 誰も何も言わず、やがて視線が外された。


「あたしは……悩むにゃ、興味が無いわけじゃないにゃ」

「スフィも、せっかくお家が出来たのに……」


 やっぱりネックとなるのはそのあたりなんだよね。


「授業は週5日、普段は寮で休みの日に家に戻るってパターンもあるけど」

「冒険者の仕事もしたいにゃ! いま調子いいにゃ!」

「うんうん!」


 体力的に同行できないけど、信用度も上がってきてかなり順調だとは聞いている。


 せっかく掴んだリズムを崩したくないという気持ちは痛いくらいわかる。


「ぼくもこれから商売に精を出そうと思ってたから、悩んでる」


 今回の話だって強制ではない、断ったからと言って別にペナルティもないし、扱いが悪くなったりするわけでもない。


 後で色々と言われるだけだ。


 それがめんどくさいんだよなぁ……。


「わしとフィリアだけ行くというやり方はないのじゃ?」

「ない」


 残念ながら、みんなの分の推薦状はぼくを釣るための餌だ。


 しかも王立学院への推薦枠は決して安い餌じゃない。


 仮に出来たとしても、その場合は純粋に"大きな借り"になるだろう。


 立場的にもグランドマスターに頭が上がらなくなる。


 それを撥ね退けられるような力はぼくにはないし、不義理をしたいわけでもない。


 選択肢としては全員行くか、全員行かないかだ。


「うーん……よっしゃ悩んでても仕方にゃい、見学に行ってみるにゃ!」

「あ、それなら行ってみたいかも!」

「まぁ、そうなるよね」


 実際歩いてみて通える距離や道なのか、楽な通学手段はないか。


 そもそも学院はどんな場所なのか……試してみなければわからない。


 1度見学に行くというのは順当な選択肢だと思った。


 かくしてぼくたちの学院見学が決まった。


 執務室に行って見学したいってお願いしにいかなきゃ……。

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