転機

「アリス錬師、君は王立学院に興味はないかね?」

「……?」


 錬金術師ギルド外8支部では、雨の合間に出向いたぼくをモルド錬師が待ち構えていた。


 執務室に招かれ、単刀直入に告げられた思いもよらない言葉に一瞬首を傾げてしまう。


「どうして急に」

「ギルドの方で君の……いわゆる基礎学力について少々問題になっていてね」


 苦笑する彼の言葉に、ますます疑問が浮かぶ。


 それについて自覚はあるけど、最初は大きな問題はないと言う話だった。


「なんで今さら?」

「君の場合、立場が少々ややこしいんだ。ハウマス老師が存命であれば跳ね除けられたのだろうが」


 モルド錬師が語るところによると、錬金術師ギルドでは水面下でぼくの処遇について一部の上級錬金術師が牽制しあっていたそうな。


 グランドマスターによる「大人げない」の一声でそれは落ち着いたものの、錬金術師たちは諦めなかった。


 衝突しているのは主に学士派と技士派で、工房に取り込みたい技士派に対して学士派からやり玉にあげられたのがぼくの基礎学力。


 論文の作成能力とか技術指南の能力とかそういった部分だ。


 例えばおじいちゃんのように力のある錬金術師と師弟関係にあったなら、無粋な横槍として跳ね除けられた。


 あるいはぼくがひとつでも階梯を進めていたなら、無礼な意見と蹴り飛ばせた。


 しかし現実はどちらもない。


 フリーで、子どもで、専門家としてそれなりレベル……そこを突かれたようだ。


「君たちはしばらくアヴァロンに滞在するのだろう? これを機会に王立学院で腰を据えて学んでみてはどうか……という意見が多くてね」

「……なにこれ」


 モルド錬師がよく磨かれた木材のデスクの上に手紙の束を乗せる。


「王立学院への推薦状だ、名だたる錬金術師からの推薦が選り取り見取りだな」

「どれを選んでも厄介そうなんだけど?」


 封筒には有名な工房主はもちろん、ぼくでも知ってるような上級錬金術師の名前が書かれている。


 つまりぼくが推薦状を使った錬金術師が「うちがつばつけてんだかんな!」と主張できる権利を得るのだ。


「もちろん、君自身が実力を示している錬金術師だ。一足飛びに弟子入りだの同門だのということにはならない。ならないが……今後関係を持つことは避けられないだろうな」

「ありがたいけど、入学費用とか必要なものを揃えるお金が」

「君がその言葉を口にすることの意味がわからないほど愚かな幼児だとは、私は微塵も思っていないのだがね?」


 いっぱい出てくるんだろうね、スポンサー。


「自分にそんな価値があるとは思えない」

「いい加減認めたまえ、君は錬金術の基礎である錬成術フォージングにおいて現役錬金術師の中で五指に入る。君より上だと断言出来るのは3人だけだ」

「3人もいるじゃん」

「"神匠"ロイド・ルルド・ガヴェル、山人ドヴェルクの歴史上最高と謳われる鍛冶錬金術師。"奇跡の指"マルマル・ペペポラ、大陸中に名を轟かせる小人ノームの細工師。"帝国の至宝"エメリット・カールツェル、ハウマスキューブを実用化させた天才技術者」


 淡々と錬金術師の名前を告げたあと、モルド錬師は盛大に溜息を吐いた。


「3人もいる、確かに君より3人"も"上がいるとも、錬金術師ギルド史上屈指と名高い3人だ。実に素晴らしい意気込みではないか、問題は君のそれが稚気故の大言壮語ではないことなのだよ」

「…………」


 真剣な表情で向けられる視線には、ともすれば強い威圧が込められていた。


 居心地が悪い。


「錬成がすごいからって、錬金術師として優れてるわけじゃないって聞いた」

「一般論だな。加工技術的に不可能とされている道具や製品の設計図ならいくらでもある。かつての天才が後継者に託したものから、画期的ではあっても涙をのんで金庫に封印せざるを得なかったものまで」

「…………」

「7歳の少女の"今"を求める者などいない。15歳の……20歳の君に期待しているのだ、そこだけは錬金術師の意見が一致していて、この始末というわけだ」


 言い切ったモルド錬師が圧を解き、机の上に更に推薦状らしき封筒を積み上げる。


「とまぁ色々言ったが難しく考えなくていい、学校に通って勉強してみないかという話だ」

「…………」


 学校か……興味がないといえば嘘になる。


 ぼくはアニメや漫画でしか見たことがない、色んな子どもが集まって勉強する小さな世界。


 適性があるとは思えないけど、行ってみたい気持ちもある。


 でも……。


「今後を考えれば悪い話ではないと思うのだが」

「……スフィたちと、あんまり離れたくない」


 ぼくだけが学校に行くようになれば、スフィたちと過ごす時間がますます減る。


 王立学院までの距離によっては寮に住むことも検討しないといけなくなる。


 せっかくみんなで住む家を作ったのに、すぐに離れる事になるのは嫌だった。


「あぁ、その事か。望むのなら姉君と友人たちの分も推薦状を用意できる、君と同じく試験は受けてもらうことになるだろうが」


 なんでも無いことのように言うモルド錬師を見上げると、彼は微笑ましい物を見るような表情をしていた。


「話していると忘れそうになってしまうが、君にも子どもらしい部分があるのだな。少し安心したよ」


 前にも似たようなことを誰かに言われたような気がする。


 ちょっと恥ずかしくなってきた。


「どうするか、みんなと相談して決める」

「資料はこれだ、良い返事を期待していよう。それと……推薦状はこれをおすすめしておく、一番後腐れがない」


 机の上の推薦状を横に寄せて、空いたスペースにモルド錬師が一枚の封筒を置く。


 封筒に書かれていた署名は、錬金術師なら誰でも知っている人物のものだ。


「……ローエングリン・ドーマ」

「派閥争いに繋がりかねないのでな、助け舟というやつらしい」


 知らないうちに、ぼくの処遇は結構な大事になっているようだった。


 外で待っているみんなに相談しなきゃな……。

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