来訪者

 新拠点にも慣れてきた頃、珍しく来客があった。


「こんにちはです~、いらっしゃいますか~?」

「あれ、ばいんばいんの姉ちゃんにゃ」

「そういう認識なんだ」


 やってきたのは落ち着いたワンピース姿の兎人の女性。


 卵祭りで避難誘導をしていた、金髪で黒い兎耳のお姉さん当人だった。


「あの、いらっしゃいませ……」

「こんにちはです~、本当にお家を借りたんですね~、すごいです~」


 出迎えに玄関にいったフィリアに対してのほほんと笑顔を見せてるけど……。


 この人、一体どこでこの家の場所を知ったんだ?


「やぁー、お話したかったんですけど、探しちゃいましたです~」

「は、はぁ」


 意外な押しの強さにフィリアが対応しかねているようだ。


 雰囲気的に変な感じはしないけど、少し気になる。


 家の中から耳をそばだて、暫くふたりの世間話を聞く。


 お祭りは何とか無事に終わっただの、雨が多くて大変だの、美味しい野菜料理の店だの。


 特におかしな点は見受けられないなと警戒を解きかけた矢先だった。


「そういえば~、あの双子ちゃんたちはいらっしゃいますか~?」

「え、はい、いますけど」


 どうやら彼女はぼくたちを気にして、探しに来たようだった。


「どうして……?」

狼人ヴォルフェンもそうですけど~、砂狼サンドウルフの子がこっちに来るなんてめずらしいですから~。砂狼の一族は雨が大嫌いですからね~」

「は、はぁ」


 声の感じからして疑ってるとかではなさそうだけど、距離があるせいでいまいちわかりにくい。


 外から来た人間に目を光らせてるみたいだし、その一環なんだろうか。


 家の中からフィリアに探りを入れてと声をかけようにも、確実にあのお姉さんにも聞かれるな。


 耳がいい人間ってのは厄介だ。


 会話の中で一瞬耳が動き、お姉さんの視線が建物の窓……ぼくたちの居る場所に向かった。


 気配を察知されたかな、まぁ別に隠形とかできるわけじゃないし。


「この時期は悪い人間さんたちも多いので、気をつけてくださいって言いに来たんです~」

「わ、わかりました」


 どうやらお姉さんの目的は警戒の呼びかけだったようだ。


「特に狼人の女の子は狙われやすいので、本当に警戒してくださいです~」


 間延びしている口調だけど、ここからでも見える表情は真剣だ。


 狼人の女児は狙われやすいってのは全国共通項目らしい、泣けてくる。


 お姉さんは言うだけ言って、フィリアに笑顔でまた遊びに来ると告げて去って行ってしまった。


「……あの姉ちゃん、本当に警戒しろとだけ言いに来たにゃ?」

「そうみたい」


 至近距離ならまだしも、これだけ距離があると流石に感情の動きは読めない。


 相手の態度から判断するしかないけど、悪意とかはなかった……と信じたい。


「……フィリアは間近で聞いてて何か感じた?」


 話している間に戻ってきたフィリアに問いかける。


 彼女も耳の良さならぼくより上だ、間近で聞いてるなら色々とわかるに違いない。


「え? ううん、普通のお話しただけだよ?」

「ほら、嘘ついてる音だったとか、悪いやつの音だったとかなかったにゃ?」

「そんなの出来るのアリスちゃんだけだよ!?」

「えぇ……」


 聞き取れる音が同じなんだから、そんな事ないと思うんだけど。


「でも近くなら心臓とか呼吸とか筋肉とか内臓の音とか色々聞こえない?」

「聞こえるけど! それでその人が何考えてるかなんてわかんないよ!」

「むぅ……」


 そんなものなのか。


「ま、ただの警告ってんならそれでいいにゃ」

「所在地の確認も兼ねていたのかもね」


 この街は観光地でもあるからか、余所者にはおおらかだ。


 ただし無警戒って訳じゃない。


 以前露店を覗きに来た青年やさっきのお姉さんのように、独自の情報網でもって余所者がどんな人間かを確認してるのだろう。


 獣人の住む区域に顔を出して、子どもだけで住んでるとわかった……だから警告がてら所在地の確認に来たって考えれば筋は通る。


「誘拐犯との戦いはつづく……」

「なんで獣人ばっかり狙われるにゃ! ふこーへーにゃ!」


 憤慨するノーチェが庭に向かって吠えていると、再び正門に足音が近づいてきた。


「おーい、アリス錬師居るかー?」

「……今度はマクス?」


 お姉さんの次は普通に知り合いがやってきた。


 今日はバイトの日じゃないし、マクスも休みが終わって学院のはず。


 一体何の用だろう?


「おーい!」

「あれ、マクスお兄ちゃんだ。どうしたの?」

「いや、アリス錬師に用事があって……留守か?」

「あそこにいるよ」


 タイミングを同じくして買い物から帰ってきたスフィが、窓際に居たぼくを指差す。


 こっちを向いたマクスと眼が合った。


「居るなら返事してくれよ!?」

「あー……アリスね、お返事する気分じゃないのかも?」


 うん。


「……無視かよ! いくら見習いだからって扱いが酷くないか!?」

「ごめんねお兄ちゃん、アリスね、おじいちゃんにもたまにやってたから」

「ハウマス老師相手に……マジかよ」


 記憶が戻る前、小さい頃のぼくはそれはもうわが道を行くお子様だった。


 今は"前世の記憶"のおかげで大分社交性が増したけど、油断するとその部分が顔を覗かせる。


「アリス! マクスお兄ちゃんが来たからお返事して」

「いらっしゃい、どうしたの」

「……モルド錬師から、ちょっと話したいことがあるから暇が出来たら外8支部にきてくれって」

「わかった」


 たった数分で何故か疲れ果てた様子のマクスが、伝言を終えてとぼとぼ歩き去っていく。


 あがっていけばお茶くらい出すのに。


「薬草園に植えるの、お茶用の香草にしよう」

「突然どうしたにゃ」

「外8支部行くときに種子を貰って来ようと思って」

「お、おう……」

「ただいまー」


 すっかりメモ用端末と化しているスマートフォンに予定を書き込み、ポケットにしまう。


 こっちだとネットに繋がらないしカメラも壊れてたから微妙かと思いきや、意外と役に立っている。


「スフィおかえり」

「おこづかいで果物買ってきちゃった、リンゴはね、なかったの」


 いくらアルヴェリアとはいえ、冬の果物は5月に実らない。


「残念。たくさん買ってきたならパーティ費用からだすから精算しといて」

「うん、書いておくね」


 テーブルの上に作っておいた伝票の紙束を指差す、うちのシステムとして試用中の経費システムだ。


 必要な物と額を伝票に書いて提出してくれれば、パーティ用にプールしてあるお金から精算する。


 現状では結構アバウトに運用してるけど、今後に備えて慣れておいたほうがいいと思って提案した。


「わしが戻ったのじゃぞー!」

「今更だけど、一応ここでもペア行動を原則としたほうがいいと思う」


 タイミングを殆ど同じくして遊びに行っていたシャオが戻ってくる。


 治安がいいからと思って強く言ってなかったけど、みんなひとりで出歩きすぎだよ……!

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