アヴァロンで過ごして
「自分の家……か」
借家ではあるけど、自分が権利を持っている居住地というのは感慨深いものがある。
前世で使っていたパンドラ機関の個室は整えられてはいたけど、部屋というより檻って認識だったし。
「なんか、悪くないよね」
「キュピ」
離れの工房に設置された、よく磨かれた木の机を撫でる。
あくまで倉庫兼用のアトリエだけど、それなりの家具や道具を揃えている。
パソコンが必要な作業は404アパートで、それ以外はこっちでって使い分けになりそうだ。
机に並んだポーションの調合台や、乾燥剤と一緒に放り込んである薬草の在庫のチェックを終える。
工房の窓から外を見ると、薬草園として分けられた庭の一画でノーチェとシャオがしゃがみ込んでいた。
今日は雨季の中の貴重な晴れ間なのに、スフィたちも仕事がなく暇を持て余しているようだ。
「何を植えるのじゃ?」
「うーん……野菜だよにゃ」
「お肉の生る木ってないかなぁ?」
因みに3つに分けた栽培エリアのうち、ひとつはスフィたちが使うことになっている。
種を貰ってきて植える物を相談しているみたいだ。
「にゃいだろ、やっぱトマトにゃ?」
「色んな種類があるって言ってたよ」
「悩むにゃ……」
ちょっと怖いことを言うスフィをスルーしながら、ノーチェたちは土を触っている。
いくらアルヴェリアが豊かな土地と言っても、植えれば何でもすくすく育つってわけでもない。
ちゃんとした野菜を育てるならそれなりの知識と農地が必要だ。
なので庭でも育てられるように改良された野菜の種が売られていたりする。
子どもでも簡単だそうだから、ノーチェたちも自分で畑を作るのを楽しみしていた。
窓際の椅子に深く腰掛ければ、心地よい風に前髪を揺らされた。
庭を囲んできゃっきゃと騒ぐスフィたちの声をBGMに目を閉じる。
最近雨が続いて冷えていたけど、今日は眠気を覚えるくらいに暖かい。
なんか眠ってしまいそう……。
「シャア?」
「ん」
足元でフカヒレの声がして目を開ける。
……あれ、スフィたちが外に居ない?
「アリス、気をつけないと風邪引いちゃうよ」
と思ったら、工房のテーブルを使ってスフィが装備の手入れをしていた。
「寝てた?」
「うん」
どうやらほんとに寝ちゃってたらしい。
気付けば毛布がかけられている。
「アリス、無理しちゃダメだよ?」
「うん」
また疲れが溜まってるのかな。
うんっと伸びをして肩を回して椅子から立ち上がる。
「っと……」
しまった、立ちくらみが。
「シャア」
「ありがとう」
「もう、きゅうに立つから!」
よろけたところを、空中に飛び上がったフカヒレが支えてくれた。
ふらついてた視界が戻ると、駆け寄ろうとした姿勢のままでスフィがため息を吐く様子が見えた。
「うっかりしてた……ノーチェたちは?」
「お野菜ギルドに種もらいにいったよ、トマトにするの!」
「そっか」
こっちのトマトも夏が旬だっけ、栽培にどのくらいかかるのかわからないけど……今から植えて間に合うのかな。
そしてお野菜ギルドじゃなくて総合酪農協会……いわゆる農業ギルドだと思う。
「おいしいの作れるかな?」
「どうだろう、ぼくは栽培は……」
残念ながら農業系はゲーム知識くらいしかないし、牧場経営ゲームは肌に合わなくてあまりやってない。
地球にはやたら栽培のシミュレーションが細かく設定されてるゲームもありはしたけど、結局プレイはしてないんだよね。
「そっか、じゃあスフィたちが頑張らないとね!」
「おいしい野菜、期待してるね」
力こぶを見せるスフィを微笑ましく見ながら、フカヒレとシラタマに補助されながらスフィと同じテーブルに。
「そういえばね、アリスは新しいおうち、どう?」
「気に入ってるよ、みんなはどんな感じ?」
ノーチェたちはぼくの前では気に入ってると喜んで見せてる。
音からしても嘘は言ってないと思うけど、見えないところでどんな反応しているかは少し気になった。
「喜んでるよ、ノーチェはすっごく。フィリアもシャオは……うーん、なんていうのかな?」
喜んでると断言できるのはノーチェだけってことか。
シャオは勿論、フィリアもそれなりの家の出だろう。
ってことはここよりずっと良い部屋を使っていたに違いない。
「……ほっとしてた?」
「あ、うん! そんなかんじ!」
推測できる内容を口にしてみると、スフィは合点がいったと言いたげに何度も頷く。
家を失って腰を落ち着けられない旅の中で、ようやく自分の家が手に入ったと考えると納得行く。
ぼくからしても、嬉しいというよりほっとしたって感情が近い。
「お家、だいじにしなきゃね」
「そうだね」
早く落ち着きたいのもあって、今回の件でギルドにかなり借りを作ってしまったし。
少しずつ住みやすいように整えながら、この街をしっかり見ていきたい。
「スフィはアルヴェリア……アヴァロンはどう思った?」
「うーん……いいところはたくさんあるよ」
食べ物と仕事が豊富、街が綺麗、住んでいる人たちが落ち着いてる。
騎士団がしっかりしていて、獣人が住みやすい。
こんなところかな。
騎士団と街の人達について良いと強く感じないのは、きっと今までが出会いに恵まれていたせいだろう。
「でもね、変な人たちや誘拐犯がいるのは、変わらないね」
「どこにでも出てくるからね」
アヴァロンは人口数十万の超巨大都市、ゼルギア大陸では東西含めて間違いなく最大規模だろう。
お国柄希少な種族が住んでいることもあり、外国から犯罪者とかが入り込んでしまう。
「ドラゴンさんは、たすけてくれないのかな」
「自分たちのことは自分たちのことで……が原則だって」
教会に居た時に耳に挟んだ程度だけど、星竜教会で信仰されているオウルノヴァは別にアルヴェリアの守護竜ってわけじゃないらしい。
ゼルギア帝国崩壊直後、星降りの谷を守っていたオウルノヴァの下に西からきた旅の一団が流れついた。
帝国崩壊の混乱の中、様々な種族が身を寄せ合って安住の地を探して東へ逃げてきた者たちだ。
長く辛い旅をしてきた彼等はもう逃げる力はなく、代表をしていた青年は出会った星竜に願い出る
『星竜よ、我らがあなたの守る宝を狙う者たちの壁になろう。代わりに我々を、あなた様の膝下に住まわせてほしい』
青年の切なる願いを受け、星竜は契約を結んだ。
竜の箱庭を守る騎士となる代わりに、彼等の住む土地に神獣の力を注ぎ富ませるという契約を。
かくして青年を代表として人々はその地に暮らしはじめ、そこに混乱から逃げ延びた人々が集まって町になり、やがて国になった。
星竜は国に『
この簡易な建国話は、教会にある誰でも読める書物に書かれていたもの。
そんな訳で、どちらかというと人間が竜を守らなければならない立ち位置なのだ。
基本的には伝説の星竜目当てにわらわら集まる有象無象を蹴散らすのが主な仕事……って感じだそうだけど。
星竜が動くとすれば、基本的には人間じゃどうしようもない存在や状況への対処くらい。
外国からやってくる犯罪者の相手なんてのは、それこそ人間のお仕事だってお話だ。
「やさしいのか、きびしいのかわかんないね」
「話を聞く限り、意外とフレンドリーらしいけど」
フレンドリーっていうのも違うかな。
星竜祭なんてのが行われてることからもわかるけど、星竜オウルノヴァには箱庭作りの他に人間の文化を愛でる趣味があるらしい。
相応の理由があれば人間とも面会するし、助力したりもするのだとか。
「星竜祭で会えたりするのかな?」
「いろんな大会があるから、そこに出た結果次第……じゃない?」
スフィは星竜に会いたいのだろうか、ぼくも1度くらい見てみたい気持ちはある。
何せ本物のドラゴンだ、地球でも見なかった伝説上の生き物だ。
古いアンノウンの話では大昔に実在していたらしいけど、もう居なくなってしまったと聞いてから1度は見てみたかった。
「アリスも大会でる?」
「興味はある」
星竜祭で行われる競技会は武術から芸術まで多岐に渡る。
腕試しも兼ねて、どれかに出てみてもいいかもしれないなぁ。
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