雨のなか
宿を引き払い、新拠点に引っ越しを終えた翌日。
バケツを引っくり返したような雨が降った。
「雨にゃあああああああ!」
「うおお、さほど経っておらんのに懐かしいのじゃ!」
アルヴェリアの四季は夏の湿度が少し低いくらいで、おおよそ日本に近い。
少し早いけれど5月から6月にかけて雨季に入るようで、暫く雨が続くだろう。
この時期は冒険者ギルドとかの仕事が大きく減るって話だし、新居の準備が間に合って良かった。
「あはは、アリスのしっぽうねうね!」
「うむ」
ぼくはといえば朝からの土砂降りで、しっぽだけじゃなく毛髪全体が波打っている。
はぁ、憂鬱。
「これ庭は大丈夫にゃ? 池とか」
「地下でパイプ通して循環するようにしてある、アルヴェリア在住の設計士に見てもらったし大丈夫」
崖に出来た通り道から流れ込む水は一旦池に貯めたあと、底部にある排水口からプラスチックパイプを通して地下に流れ込み濾過される。
それから一部は生活用水としてタンクに、一部は循環して池に戻るように設計した。
霊峰から流れ込む水の豊かなアルヴェリアだけに、こういった治水の技術もかなり発展しているのだ。
「今日はお出かけできないねー」
「そうだにゃー……雨をシャワー代わりにしていたのが懐かしいにゃ、ちょっと前なのに」
「もう半年以上だよね……あっという間だったなぁ」
窓から庭をながめ、出会った頃を懐かしむノーチェたち。
その横でシャオがうずうずしている様子で耳としっぽをピクつかせている。
気づいたスフィが、シャオを見て首をかしげた。
「シャオは雨平気なの?」
「ラオフェンでは雨は日常じゃぞ、こんな土砂降りはそう多くはないがのう」
熱帯雨林であるシーラングにほど近いラオフェンは、やはりと言うべきか一年を通して雨が降る土地柄のようだ。
「ラオフェンのやつらって、こういう日はどうしてるにゃ?」
「子どもは庭に出て雨と遊ぶのじゃ、大雨は水神の寵愛の証じゃからな……まぁ、わしは遠くから眺めるだけじゃったが」
「シャオちゃん……」
寂しそうな横顔に一瞬場がしんみりとする。
その空気を切り裂くように、ノーチェがふっと微笑んだ。
「……よし、今日は休みにしてメシにするにゃ」
「そこは一緒に遊ぼうとか言うところじゃろうが!?」
「あたしは!! 濡れるのが!! いやにゃ!!」
「スフィ、フィリア! アリスはどうなのじゃ!?」
ハッキリ力強く拒絶されたシャオが吠えつつ、ぼくたちを見やる。
「スフィはね、濡れるのやだ」
「……ご、ごめんね」
「断固拒否」
流石にもう大嫌いってほどじゃないけど、自分から進んで濡れたいとは思わない。
「おのれ! わしひとりでも池で泳いでやるのじゃ!」
そう言い残して、シャオは雨の中に飛び出していく。
「溺れるにゃよー」
「……大丈夫かな?」
不安そうにしているフィリアに、ゆっくりと首を振ってみせる。
「溺れる方が難しい」
「アリスのふとももくらいまでしかないもんね」
「それ以前に水の精霊の寵愛受けてるでしょ」
仮にも水の
起こるとしたらもっと斜め上の事態だ。
なので心配はいらない。
「んじゃメシの準備するにゃ」
「今日は何にしようか」
「えっとね、ミカロルの玩具箱亭の女将さんから、引っ越し祝いってトマトを貰ってて……」
「パスタかな」
「うおおおお」とか「のじゃあああ」とか聞こえてくる声をスルーして、手分けしながらお昼の準備をはじめる。
トマトソースパスタ、煮込み料理と並んでアヴァロンではポピュラーな食べ物だ。
因みにこっちで使われる麺は短めで、形状的にはペンネやファルファッレ、ニョッキみたいなのが主流。
乾麺も安く大量に買えてお手軽だ。
元日本人としては、普通に口に合うのでありがたい。
探せば色々ありそうだし、料理の開拓もしていきたいな。
■
雨は降り続ける。
食事を終えてだらけた空気のリビングで、ぼくは適当に作った弦楽器を弾いていた。
楽器の出来も、音楽の腕もお察しください。
まぁ最低限音楽の体は成していると思う。
「キュピッ、ピピッ」
陽気なリズムに乗って、テーブルの上でシラタマが軽快なステップを踏んでいる。
シマエナガって踊ったっけと不思議に思ったけど、
「シャアッ! シャーク!」
隣ではフカヒレが真似してヒレをばたつかせている。
踊ってる、つもりなのかな。
「ほんと何でもできるんだにゃ、アリスは」
「なかばズルみたいなものだけどね」
「わしも琴なら少しは弾けるのじゃがなぁ」
適当な音が鳴る似非ギターならまだしも、しっかり弾ける琴なんて流石に作れない。
あ、シャオは食事を作っている最中に5分ほどで室内に戻ってきた。
ひとりだと流石につまらなかったようで、404アパートでシャワーを浴びて今はTシャツ姿でだらけている。
そして曲のテンポアップに合わせ、シラタマが翼を広げて上下に身体を揺らす。
隣でシラタマに拍手をしているスフィが、ふとぼくを見る。
「歌わないの?」
「歌わない」
ぼくが歌うと何が起こるかわからないじゃん。
ただでさえ夜中にぬいぐるみがこっちを覗いてくるなんて事態が起こってるのに。
ミカロルの玩具箱亭に確認を取ったけど、ぬいぐるみにおかしなことはないと言われた。
実際に動いた形跡もなくて、よく見たらあの時のとは別物っぽかったから納得したけど。
それでもストーキングされてることに変わりはない。
シラタマが認識してる時点で、寝ぼけていたとか幻覚だったとかは儚い希望だ。
「アリス、もっと上品な曲は弾けないのじゃ?」
「弾けないし、こんな雨の日にそんなしんみりした曲なんて聴きたくない」
「それは言えてるにゃ」
洋楽ロックは産まれ育ちが上流階級なシャオにはいまいちなようだ。
でも変える気はない、憂鬱な雨だからこそ陽気な曲が必要なのだ。
勢いよくかき鳴らして、次の曲へ。
ともだちとこうやって過ごすのって、案外楽しい。
次の日に指と腕と首と脇が酷い筋肉痛になったのはご愛嬌ってことにしておきたい。
こんなところが筋肉痛になることってあるんだ……。
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