新しい拠点

 リフォームを開始してしばらく。


 暦の上で5月になる頃、拠点の改装が完了した。


「完成です」

「やったー!」

「あたしらの家にゃ!」


 家の中の最終確認を終えて宣言するなり、スフィたちは両手を上げて駆け回る。


 虫たちの楽園と化していた庭は、綺麗な芝生を植えられて、区画毎に分けられて薬草園に。


 奥側の木も剪定され、流れ込む水は溜池に利用している。


 ボロボロだった家屋はすっかり綺麗に整えられて、床は歩いても軋む音ひとつしない。


「………………」

「兄ちゃん今日も死んでるにゃ?」

「うん」


 庭に敷かれたシートの上で完成した煉瓦屋根の家を眺めつつ、感慨に浸る。


 横で倒れているのは、作業が終わってからプラスチックで錬金術を練習していたマクスだ。


 建築作業は外注任せになったし、彼に錬成フォージングを教えることに注力していた。


 最初はおじいちゃんの真似をして表面を暗号化させたものを渡してたんだけど、「こんなん解けるか」ってキレられたんだよね。


 仕方ないから一番簡単なところからやることになった。


 主にミリ単位で形状を調整する魔力の精密操作の訓練と、常に形状を変化させる魔力制御の訓練。


 小さい頃、おじいちゃんに言われて"粘土遊び"でやった内容で、理論的にはしっかりしている練習法だ。


 暇だったから全力で詰め込んだけど……まぁ第1階梯の合格基準ギリギリ手前くらいまでレベルアップしたらしいから、ぼくも付き合った甲斐があった。


 後はひとりでも大丈夫だと思う。


「ほっといて中見てきていいにゃ?」

「うん」


 それにしても……。


 いくら魔力切れ寸前まで錬金術使わせたとはいえ、たかが1週間で動かなくなるなんて、男なのに情けないと思わなくもない。


 そもそも魔力切れになるのだって、術の魔力制御が甘いから変な方向に霧散してるのが原因だし。


 全体的に修行が足りないのだ。


「探検なのじゃ!」


 我がパーティの元気良い組が腕を振り上げ、ばたばたと家の中に入っていく。


 因みに建物のリフォームも結局業者を入れることになった。


 猛スピードで完了した理由がそれだ、床張りから屋根の補修、壁のペンキ塗りまで全部やってくれた。


 建築に使う機材のメンテナンスが出来る錬金術師を探していた建築の専門家が居て、見たところぼくがやれそうだったのでお互いの条件が合致したのだ。


 その機材というのは身にまとうようにして使う外装型ゴーレム、いわゆるパワードスーツの類い。


 こんなロボットみたいなものが重機として存在しているのには驚いたけど、帝国の錬金術師はこういった物の開発に力を入れているらしい。


 その外装型ゴーレムにはハウマスキューブが使われていたんだけど、それをメンテナンスできる人間はアルヴェリアでも中々居ないそうだ。


 ……って言うとちょっと誤解を招くな。


 手を出せる錬金術師はそれなりにいる、ただし大半は上級錬金術師だから頼むにしても相手が忙しかったり、額が尋常じゃなくなってしまう。


 修理となると帝国から錬金術師を招くか、南東にある帝国まではるばる送って直してもらうか。


 大掛かりで高価なものとなれば、その大変さは言うまでもない。


 なので、ぼくみたいな程よいポジションの錬金術師が重宝されたのである。


 修理そのものは簡単だったし、一流の建築工房がやってくれたのは結果的にお買い得だった。


「家かぁ」

「アリス、わたしたちも中みにいこ?」

「うん」


 一息ついたところで、スフィに促されて一緒に家に入ってみることにした。


 屋根は青いグラデーションが綺麗な洋瓦、外側は白く塗られた木壁。


 玄関をくぐると、磨かれたフローリングの廊下が見える。


 右手には2階へ続く階段があり、まっすぐ進むとリビングと台所。


 リビングからは工房用に改築した、物置つきの離れが見える。


 トイレはあるけど風呂はなし。


 新築って訳じゃないけど、割といい感じになったんじゃないかと思う。


「アリス、2階の部屋ってどうするにゃ?」

「ぼくはあっちの工房と404アパートの研究室を使うから、4人で好きに決めて」


 2階には3部屋あるから、部屋数的には余裕がある方だろう。


 404アパートの扉は1階の階段裏の隠しスペースにでも設置する予定だ。


「こやつ、さりげなく一番良い部屋とってないかのう?」

「まぁほぼほぼアリスの所有物だからにゃ」


 専有させてもらうだけの成果は積んでいるつもりなんだけどなぁ。


「角部屋はリーダーのあたしにゃ」

「のじゃ!? わしもそこが良いのじゃ、日当たり良さそうなのじゃ!」

「あ、あの、えっと」

「スフィはアリスといっしょのお部屋がいいから、あっちのお部屋使うね」 


 日当たりの良い部屋をめぐり争うシャオとノーチェの横で、スフィはしれっとした顔で404アパートの和室を使うことを宣言していた。


 さりげなく一番良い部屋を確保してるのは、ぼくじゃなくてスフィだと思う。



「んじゃ角部屋はノーチェ、奥はシャオで手前がフィリアね」

「ぐぬぬぬ! あそこでパーを出しておれば……!」

「実力にゃ、実力」


 かくして部屋割りが決まった。


 雌雄はじゃんけんで決められ、4回連続あいこの結果ノーチェが角部屋を使うことになったらしい。


「んじゃ404アパートの扉置くから、荷物運び出して」

「わかったにゃ」

「はーい」


 階段裏にはこっそりと隠し扉をつけている。


 ぼくが鍵を使って開けている間は404アパートへの入り口で、鍵がなければ扉の向こう側はただの壁。


 中々洒落たギミックにもなっていると自画自賛してる。


「スフィも一応、荷物運んでおいたら?」

「あー、じゃあ工房のほうに置いていい?」

「いいよ、簡単に寝泊まりできる場所も作ってもらってるし」


 工房と言っても、広さ的には12畳程度の小屋だ。


 壁で仕切って簡易的な休憩所を作っては貰ったけど、居住スペースにはちょっとつらい。


 ただ荷物置き場にするくらいなら問題ない。


「む、そういえばスフィの部屋はどうするのじゃ?」

「スフィはね、そっちのワシツ、つかうよ」

「そ、その手があったのじゃ!?」

「しまったにゃ……」


 意気揚々と荷物を抱えて出てきたノーチェたちが愕然としている。


「そこも含めてやり直しをするのじゃ!」

「やっ!」

「もう一度決め直すにゃ」

「アリスのお世話はスフィがするの!」


 何とかして部屋割りをやり直せないか相談をはじめたけど、スフィは頑として首を縦に振らない。


 なんとなく噛み合ってない会話を終えて、敗北感に打ちのめされている横でフィリアがこっそりスフィに近づいていた。


「スフィちゃん、時々お泊りにいってもいい?」

「うん! いいよー!」


 大人しく流されがちに見えて、フィリアも結構したたかなんだよなぁ。


 何はともあれ、雨季が来る前に無事に拠点が完成したのだった。


 これで暫く商売に集中できる。

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