リフォームしよう
祭の日から数日ほど経ち、借りた建物の改築作業がはじまった。
本当は手配だけして掃除しながら待つつもりだったんだけど、思った以上に錬金術師ギルドの動きが迅速だった。
手配した翌日には見本が届き、確認から3日以内には全ての資材が借地まで運び込まれていたのだ。
なんというか、錬金術師ギルドという組織の力の強さを感じ取る一幕だった。
「兄ちゃん、大人なのにだらしないにゃ!」
「お兄ちゃん、はやくもってきてー!」
「ぜぇ、ぜぇ……俺は……インドア……派……!」
「ほれ、いそげいそげ!」
今現在、太陽の下では屋根の修繕中。
まずは屋根から直すべきというアドバイスに従い、ノーチェたちが屋根で作業している。
今は人手として引っ張ってきたマクスが重い屋根用の洋瓦を持ってハシゴを昇っている最中だ。
人手についてギルドに相談したら、彼の指導役に「好きに使ってくれ」と言われたのでありがたくお借りした。
「基礎は軽く直すだけで十分そうだ、やはり問題は床材だな」
「ほぼ全部ダメになってたからね」
「原因は虫と水気か……」
環境の変化として一番大きいのは、裏にある小さな滝。
やっぱり崖上にある池から地中を通って流れ出ているようで、補修は不可能。
流れ込む水による湿気で木材が傷み、更には放置状態の結果繁殖した虫が床下に入り込み床材を食い荒らしていたのだ。
「流れ込む水はプラスチックで隔離して溜池にする、庭は管理して虫は駆除剤で一掃考えてる」
「この辺りは住宅地だから使える駆除剤に制限がある。6区に昆虫学を専門にしている錬金術師の研究所がある、そこを頼るといいだろう」
「わかった」
少しお金はかかるけど、確実性と安全性を考えれば専門家に任せるのが一番だろう。
虫さわるのやだし。
「水に強い木材ならこれだな、成形は出来るか?」
「問題ない」
今話している彼は、建築学部の第2階梯錬金術師。
アドバイザーをお願いしたら来てくれた人だ。
背が高くちょび髭で、額がちょっと眩しい。
適当な床材を手に持って……手に、持って。
……積み上げられた山からシートの上に1枚引ずり落として、
ぐにゅっと丸めてから、魚をくわえた狼の形に。
うん、問題なく変形させられる。
「見事に変形させるものだ」
「ありえねぇ……木だぞ、なんであんな粘土みたいに……」
いつの間にかマクスが屋根から降りてきていた。
ぼくが作った置物を見て、何故か頬を引きつらせている。
「幼くして錬成で五指に入るという噂こそ聞いていたが、ここまでとは」
「普通こんな曲げたら割れるだろ……錬成つったって物の性質が変わる訳じゃないんだぞ……」
「流れに沿って動かす?」
「無茶苦茶だ」
そうはいっても、材質によって流れみたいなのはある。
例えば木材なら繊維のかみ合わせを壊さないように動かせば割らずに変形させられる。
ようはパズルみたいなものだし、あとは慣れじゃないかと思う。
「実技で詰まる学生は多いが、優れた錬金術師の
「……はい、ここまでとは思ってませんでした」
マクスは先輩錬金術師の言葉で悔しそうに拳を握りしめて、ぼく作の似非木彫りの狼を睨みつけている。
そういえば、省略のための錬成はやってみせたけど、一般的に高難度と呼ばれる素材への錬成はまだ見せたことがなかったっけ。
自分の技量なんてぼく自身ですら把握しかねているのに、客観的にどのレベルかわからないから態度を決めかねていたのかもしれない。
難しいな。
「アリス……錬師」
「うん」
暫く像を見ていたマクスが、真剣な表情でぼくを見た。
「この亀の像、少し借りてもいいですか?」
「ふかひれ――やれ」
「のわああああああああああ!? 突然サメが! 食われる!?」
「やれやれ……」
飛びついたフカヒレに頭ごとまるかじり風に甘咬みされるマクス。
断末魔を聞き流しながら、ぼくは木材と並んで置かれているプラスチック塊へ手を伸ばすのだった。
■
日が傾き始めた頃、屋根の修理が終わった。
ノーチェたちが自力でやっていることからもわかるとおり、屋根の損壊は非常に軽いものだった。
やっぱり荒れ放題だった庭で繁殖した害虫による被害が一番大きいというのが、建築学部の錬金術師の共通見解だった。
「今日はこれで終わりにゃ?」
「うん、床と柱は庭の処理と虫の駆除が先だね。次は庭で溜池作り」
板状に加工したプラスチックを指さす。
こっちのプラスチックは加工が簡単で強度もある優れた素材だった。
今回発注したのは耐水性が高く、土の中でも分解されにくく調整された物。
牛乳から作ったプラスチックの研究は、アルヴェリアではかなり進んでいるらしい。
因みに建築学部の人は昼食は一緒に取って、作業が終わったらすぐに帰って行った。
「……お兄ちゃん、大丈夫?」
「なんじゃ、美少女に囲まれておるのじゃぞ、しゃきっとせんか!」
「…………」
マクスは終了を告げるなりシートの上に崩れ落ち、フィリアとシャオにつっつかれている。
「一応……貴族だぞ……俺は!」
「親しみやすくていいと思う」
民と一緒に汗を流す貴族、いいじゃない。
「これ絶対筋肉痛だぞ……明後日から学校だってのに」
「貴族のくせに労働なんて! って馬鹿にされるとか?」
「…………」
なるほど、元から馬鹿にはされてると。
そういえば普通にバイトしてたなこの人。
とはいえ働かせまくったのは事実だし、一方的にこき使うっていうのも少し違う気がする。
「業者はいるまでやることないし、今日のお礼に明日は錬成教える」
ぼくで良ければ、今度はついでじゃなく教えられる範囲で教えよう。
マンツーマンレッスンってやつだ。
「いや、俺、たぶん酷い筋肉痛に……」
「仮に手足が折れても、錬金術使うのに特に支障はないでしょ。手を錬金陣に乗せて魔力を流せればいいんだから、筋肉痛は問題ない」
「…………」
何故かマクスの顔に恐怖が浮かんだ。
そりゃぼくのカンテラみたく手足を動かなさなくても好きな場所にってわけにはいかないだろうけど、筋肉痛は手足がなくなるわけじゃない。
「自分で腕動かすのがつらいなら、他の人が手で持って動かせばいい。ノーチェたちも暇なら手伝ってくれるだろうし、心配ない」
安心させようとしてるのに、恐怖の中に絶望が交じるようになってきた。
……うぅん、どう言えば安心するんだろう。
人に教えるって難しいな。
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