騒動のち夜宴

「んー……んー……んー?」


 おそらく急病人用だろう、奥にある看護室のベッドに横になってしばらく。


 聞こえてくる妙な音に顔を上げると、首をかたむけたシラタマを頭の上に乗せたスフィが首をかしげていた。


 動きがシンクロしてる……。


 何を見ているのかと思えば、壁にかけられた青いマントの鎧騎士の絵画。


 フィリアの背中でうつむいていたから、入ってきた時は見えなかった。


 特に変わったところはないけど……ん?


「…………あのマント」


 騎士が羽織っている青い生地に翼を広げた竜の紋章が入ったマント。


 なんとなく見覚えがあるような気がする。


 ……そういえば、おじいちゃんの青いマントの裾をつかんで引きずられた記憶がある。


 似た色合いの青いマントだからだろうか。


「あ、アリス起きた?」

「……結構寝てた?」

「うん、こんなに疲れてたんだね……ごめんね、スフィ気付けなかった」

「ううん、スフィが気にすることじゃない」


 新天地に早く慣れるため、気兼ねなく楽しい気持ちになれるように。


 そうやって疲れを隠していたのはぼくだ。


 もしかしたら両親と会えるかもしれないって、気持ちが逸っている7歳の女の子に細かく気を配れというほうが無茶だろう。


「ついでだから、もうちょっと寝てたら?」

「いいけど、みんなは?」


 休んでいるのはぼくだけで、ノーチェたちの姿がない。


 会話の最中、シラタマが羽ばたきながらぼくの頭の上に移動してきた。


「暇だからって、教会のお手伝いしてるよ」

「その格好のまま……?」


 スフィは未だにバニースーツのままだった。


 というか疲れてるとはいえ、ぼくもバニーのまま寝ちゃったな。


 変なシワがついてないといいけど。


「結構動きやすいよ? これ」

「ベースはレオタードだしね……」


 装飾がついてはいるけど、そもそも運動用の衣装がベースだ。


 冒険者向けの防具屋でインナーとしてレオタード型は結構人気あるらしいし、こっちでも扱いとしては運動用のはずだ。


「それにね、アリス寝てたら着替えだせないじゃん」

「……そういえばそうだった」


 忘れてた、着替えはぼくの不思議ポケットの中だ。


 ぼく以外が手を突っ込んでも狙ったものを取り出せないから、ぼくが起きなきゃ着替えも何もないのか。


「着替える……?」

「今日のお祭りがおわってからでいいよ」

「まだやってるの?」

「無事だった屋台から卵料理あつめてきてるよ。お外のお祭りは落ち着いたらもう1日やるって」

「なるほど」


 流石に祭りそのものは中止したみたいだけど、無事な料理を集めて避難民に振る舞っているらしい。


 確かに耳を澄ませると、扉越しに喧騒が聞こえ……って誰かが近づいてきてる。


 少し警戒しながら待つと、扉が開いて赤いバニースーツのお姉さんが現れた。


「おぉ、起きたのか?」

「……うん」


 右手にボコボコになった顔面の男を引き連れて。


 男は顔赤いし酒臭いし、酔っぱらいか。


「動けるなら移動しちゃいな、これから救護室使うからさ」

「スフィ、おなかすいたし、動けるかも」

「そだね、無理しちゃダメだよ」

「料理はタダだから、食いたいもんあるなら早めにな」


 乱雑にベッドの上に要救護者を放り捨てるお姉さんの横を抜けて、逃げるように部屋を後にする。


 当然スフィに背負われながら。


「何があったのかな」

「想像はつく」


 広間では残った料理に酒も振る舞われているのだろう。


 そこには種族を問わずバニー姿の女性がたくさん、人によっては酔って強気になってしまうに違いない。


 あっちの方はさぞカオスな状況になっているって、簡単に想像がつく。


「ぎゃはははは!」

「やれー! やれー!」

「貴様らは大人しく祭りを楽しむということができんのかぁぁぁ!」

「じぬううううう!!」

「想像以上」


 広場にたどり着くと、赤マントの鎧騎士が男の首を掴んで振り回していた。


 顔が真っ赤なのは酔いのせいなのか窒息のせいなのか。


「騎士様やっちゃえー!」

「騎士様! 騎士様!」


 周りは止めるどころか騎士に声援を送っている始末。


 何をやったんだあのおっさん。


「あぁ~! おちびちゃんたちはあっちです~! ごはんをちゃんと食べた子にはお菓子とジュースもありますです~!」


 事件現場になりかけの状況に硬直していると、気づいた黒兎のお姉さんが慌てた様子で駆けてきた。


「あ、あのね」

「ささ、行きましょうです~!」


 黒兎のお姉さんは、ぼくごとスフィの背中を押して別の扉へ押し込もうとしてくる。


 あっちに子どもたちやその保護者が集まってる部屋があるんだろう。


 このカオスの中にいるのは疲れそうだし、奥ならベッドほどじゃなくとも休める場所があるかもしれない。


「よう兎の姉ちゃん、そんなガキより俺の相手を――」


 移動中、懲りない酔っ払いが手を伸ばしてきた。


 黒兎のお姉さんの右足がブレたように霞み、男の前髪が何かで切られたように散る。


 動作から一瞬遅れて鋭い風切り音がして、髪の毛を揺らすほどの風が巻き起こる。


「おじさん、子どもの前でおいたはだめです~!」

「……お、おう」


 頬に走った赤い筋を撫で、青ざめた顔で男が手を引っ込めた。


 ……どんな蹴りだよ。


 このお姉さんが子どもたちの誘導を担当した理由がよくわかった。


「アリス、どうしたの?」

「別に、行こ」

「うん」


 気付いてないスフィが背中を押されて、どんどん奥の部屋に向かう。


 防衛が万全そうなのはいいけど、なんか周りの人間の戦闘力がインフレしてきてない……?



「おーす、起きたにゃ?」

「おっす」


 奥にある談話室のような場所では、子どもたちが集まって大皿に乗った料理を食べていた。


 少し離れた場所には保護者らしき大人の姿もある。


「料理まだたくさん残ってるにゃ」

「よかった、スフィおなかぺこぺこ!」

「動いてなくてもおなかはすくんだよね……」


 動き回っていたスフィはともかく、ほとんど動いてないぼくまで空腹だ。


 背中から降ろしてもらい、フリルの下でお尻の食い込みを直す。


「お肉ある?」

「たくさんあるにゃ、兎人は肉食わないから余ってるにゃ」

「中々うまいのじゃぞ、卵が濃厚なのじゃ」

「嫌いってわけではないんだけど……」


 ノーチェとシャオは串焼きつくねの卵黄ソースかけを食べているようだ。


 その横ではフィリアが野菜スティックをかじっていた。


 白いディップソースをつけてるけど……げ、マヨネーズの匂い。


「そのソース美味いよにゃ、肉にも合うにゃ」

「でもちょっと酸っぱいのじゃ」

「こっちも美味しいよ、オーロラソースっていうんだ」


 見知らぬ獣人の女の子が、ピンク色に近いソースの入った小皿をノーチェに渡している。


 匂いからしてトマトソースとマヨネーズが混ぜられたものか。


 アルヴェリアは色んな作物が豊かに存在してるけど、中でもトマトは甘くて旨くて味が濃い。


「……それまさか、兎人に養鶏をもたらしたっていう」

「え? 君よく知ってるね、そうだよ。マヨネーズもオーロラソースも、ナル・シャート様が開発したんだよ」

「アリスちゃん、ほんとによく調べてるよね」

「おのれ……」


 どこの島国の民族だから知らないけど、余計な物を持ち込みやがって。


 卵の安全管理とかどうなってるんだ、サルモネラ菌は人を殺すんだぞ。


「アリス?」

「生卵は危険」

「あなた、マヨネーズの作り方を知ってるのね?」


 苛立ちながら愚痴っていると、小さい子の面倒を見ていた兎人族の女性が言った。


 口の周りをソースでべとべとにした女の子の口を拭いていた布を畳んで、苦笑を浮かべる。


「元々は安全を十分にチェックして身内で使う分だけ作ってたんだけどね。生でも食べれる卵っていうのを、とある養鶏場が販売するようになったの。そこの卵を使ってるから、安全にたくさん作れるようになったのよ」

「そんな卵あるにゃ?」

「そうなの、養鶏場の娘と異種婚姻した錬金術師様がね、なんとかっていう食べ物の専門家だったそうで」

「食品衛生学部め……畜産学部と薬学部も1枚噛んでやがるな」

「アリス、なんか口わるいよ?」

「そうそう……って詳しいのね?」


 さてはバニーに釣られたか、これだからおっさんは。


「アリスもソースつかう? 美味しいよ」

「いらない」


 警戒していたのに、既に広められていたとは。


 何を隠そう、ぼくはマヨネーズが苦手なのだ。

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