星竜教の人たち
「あの鎧のひとたち……」
「みんなつええにゃ」
教会の内装は、地球の写真なんかで見たことがあるような西洋の何とか教の建物によく似ていた。
広く作られた広場には長椅子が並び、先にある祭壇には竜を模した像が置かれている。
その前には演説用らしき台がある。
窓の前や外周には赤いマントの鎧の騎士たちが並び、外を警戒しているようだ。
避難しているのはアルヴェリア人が半分くらいで、残りは肌の色や髪の色からしてバラバラだ。
因みに獣人はアルヴェリア人に含めてある。
「教会がバニーだらけって、なんか微妙」
「そう?」
晴れた午後だから、フロアに綺麗に光が差し込んでいる。
荘厳な教会の中に、色とりどりのバニースーツの女性が立つ光景はなんともいえない。
地球だと年配の男性が好む女性の格好だけど、こっちだと違うのかな。
「きゃあ!」
「ちょっと! 誰かお尻触ったでしょ」
どうやら違わないらしい。
避難が終わって騎士に囲まれて安心したのか、赤ら顔の男がニヤつきながらバニー姿の狐獣人女性にセクハラを行ってる。
「この状況で最低にゃ」
「さいてー……」
「すごい勇気ある行動」
「何がにゃ」
思わずつぶやいたところ、ノーチェに怪訝そうな顔された。
どこに引っかかったのかわからない。
「おなごの尻をさわるのに勇気あるって評価はおかしくないのじゃ?」
ノーチェたちと同意見らしいシャオの言葉で、ようやく理解できた。
なるほどそこか。
「おかしくない」
「なんで?」
「なんでって……」
既に状況が動いている現場に向かって指をさす。
へらへらしている酔っ払いの男が、数秒ほどで背後から近づいた騎士に制圧されていた。
「いててて! 何すんだ!」
「痴漢行為の現行犯だ、痴れ者め! 後ほど地下牢で酔いを醒まさせてやろう!」
「はぁ!? こんなんで……いだだだ! 折れる! 折れちまう!」
騎士は割りと容赦なく男を抑え込み、手錠をかけて別の場所へ引きずっていく。
「騎士の目の前でよくやるなって」
「……そういうことかにゃ」
日本基準だと警官の目の前で堂々と痴漢をやるようなものだろうか。
「この時期はよく出るんだよ、ああいう"西の勘違い野郎"が」
「にゃ?」
背後から聞こえた声に振り返ると、赤いバニースーツを着た背の高い兎人のお姉さんが居た。
……腕と脚の筋肉がすごい。
「ほら、あっちの籠持った白服の女のとこに行きな。教会の奴らがガキに菓子を配るって言ってたからよ」
「ほんとにゃ!?」
「お菓子!」
スフィたちの視線が、お菓子の入った籠を持った白い法衣姿の女性に向かう。
よく見れば空港でビスケット売ってた女性と同じ格好だ。
だけど、頭の上に兎の耳を模したリボンの飾りをつけている。
「菓子なら仕方ないのじゃ」
「アリスちゃん、ベッド貸してもらえるか聞いてみようか」
「…………うん」
ぞろぞろと移動しはじめた矢先。
別の兎人女性が走ってきて、赤いバニーのお姉さんに声をかけるのが聞こえる。
「クローゼ、何人か捕らえたって。やっぱ
「クソ野郎どもが、オレたちの街で好き勝手出来ると思ったら大間違いだぜ……すぐに動ける奴らを集めろ! ライチの野郎はどこだ!」
「さっき捕まえる時に教会の壁まで蹴り砕いちゃって、竜騎士様たちに戦闘禁止されちゃった」
「アホ兎め……」
振り返ると兎人の女性ばかり数人集まって、正面の扉から出ていくところだった。
素材は白い石材っぽいけど、響く音からして密度が高い。
調度品の質からみて資金も潤沢っぽいし、避難所として設定されているなら壁はさぞ分厚く頑丈に作られていることだろう。
それを蹴り砕けるなら最低でもBランク冒険者相当。
……兎人族、意外と侮れない強さなのかもしれない。
今回の騒動では、ぼくたちの出番はなさそうだった。
■
「おねえちゃん、おねえちゃんどこ!?」
「誰か居ないのか?」
「娘がっ、一緒に避難したはずなのに!」
これだけの規模なら、全員がミスなく綺麗に避難できるとは限らない。
ましてや幼い子どもなら、大人の集団に紛れて移動すると簡単にはぐれてしまう。
「なるほど」
だから避難する時にわざわざ子どもだけを分けたのか。
背の高い大人の集団に紛れて、はぐれる子どもを見落とさないように。
それでも完璧とは行かず、行く先のわからない子どもも出てしまった。
「あちらでお子さんの詳しい特徴を……他に家族や友人が見つからない者はいないか?」
「一緒に来たお友だちとはぐれちゃったりしていませんか?」
シスターと騎士たちが手分けして、同行者とはぐれてしまった人間の聞き取りをしている。
「他の避難所へ行っているのかもしれない。そうでなければ外を回っている竜騎士がすぐに保護するだろう、安心して待っていなさい」
「兎人の自警団の方々も動いてますからね」
「は、はい……」
この手慣れている動きを見るに、やはり獣人を狙う犯罪は多いのだろう。
「でもあっさり避難できちゃったにゃ、拍子抜けにゃ」
「へんなひとたちの気配、途中からなくなったよね」
「いくら何でも、正面からどんぱちする気はないんだよ」
聞こえてくる話を総合した感じ、鎧や衣装から色んな組織が合同で動いているようだ。
警邏騎士団の外周3区支部、星竜教会の赤竜騎士団、獣人の冒険者たちによる臨時の自警団。
特に赤竜騎士団はかなりの人数が動員されているみたいで、警邏騎士団の雑談からすると小国の砦ひとつ余裕で落とせるくらいの戦力らしい。
何しろあんな重鎧を着て機敏に動ける連中だ、単騎でもかなり強いと思われる。
それが統率の取れた集団で動いているとか、普通なら間違っても戦いたいと思わない。
「だからこそ、騒動を起こして親からはぐれた子どもを狙うんじゃない?」
「……にゃるほど」
あの時感じた視線は、はぐれそうな子どもや高そうな種族を物色していたのだろう。
「すごい騎士団なのにゃ?」
「なのかな?」
「星竜教会には竜騎士だけで構成された上級騎士団が5つあって、それぞれ赤竜、青竜、緑竜、黄竜、星堂の名前を戴いてるんだよ。竜騎士は亜竜と契約していて、教会騎士の中でも随一の精鋭揃い」
お菓子を配りつつ子どもたちの様子を見ていた法衣を着た男性が口を挟んできた。
「中でも赤竜騎士団は護衛と防衛に長けた騎士団だ。心技体に優れた騎士しか所属することが許されない、すごい騎士団の人たちだよ」
「……それが総動員って大げさにゃ」
「それだけ信徒たちのことを大事に思っているんだ、星竜様の走狗として信徒の安寧を守るのが竜騎士の責務だからね」
「へー」
「すごいんだね」
スフィたちの反応に笑顔で頷く男性。
「本音はね、暇なのよ」
しかし背後から現れた別のシスターが良い話で終わらせてくれなかった。
寝癖のついた髪の毛をかいてあくびをしながら、近くの長椅子に座る。
「シスター・マキア!」
「いいじゃない、本当のことなんだから」
叱られながらもまったく悪びれない女性に、周囲で微動だにしていなかった一部の騎士たちの鎧が鳴った。
……図星らしい。
「我らが星竜様は本来人の助けなんて必要としないお方、竜に使える騎士と言っても任されるのは雑用がせいぜい……防衛なんてそれこそ出番がないのよ。だからこういう時、ここぞとばかりに駆け付けてくれるの。教会の誇る最精鋭が無辜の民のため駆け付ける、素晴らしいことじゃない」
「いい加減にしないか、シスター・マキア!」
「人の子よ、正直であれという教えに従ってるのよ」
「本音で喋ればいいというものではないぞ!!」
男性の言葉をきっかけに、騎士たちから軽い殺気が漏れ始めた。
星竜教徒は割とフリーダムな人間が多いのだろうか。
「なんだ、暇にゃのか」
「平和なのはいいことだと思う」
「ねぇアリス、今って平和なの?」
スフィさん、答えづらい疑問を挟まないで欲しい。
せっかくフォローしてるんだから。
「そんなわけで、すごい騎士様たちが守ってくださるから奥にあるベッドで大人しく休んでなさい、あなた顔色悪いわよ」
「うん」
寝癖のシスターが親指で奥に続く扉を示す。
隠してるつもりだったんだけど、やっぱり油断ならない人が多いな。
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