星竜教会へ

 大人と子ども、2列になって道を進む。


「はーいみなさーん! ちゃんとついてきてますかー! お姉さんから離れちゃダメですよ~!」

「…………うおおっ!」

「あぶねぇ!」


 軽快な動作で飛び跳ねるように前を進む黒兎のお姉さん。


 隣の列では横目で凝視していたおじさんの一部が転びかけていた。


「なんか危なっかしいにゃ、あの姉ちゃん」

「おっぱいおおきいねー」


 確かに危ないな、主に大人のおじさんたちが。


 大人組に混じった女性陣からゴミを見る目を向けられている。


「押し合ったりしないように~、お隣の子と仲良く進んでくださいです~、騎士さんたちもすぐ近くに居るので大丈夫ですよ~!」


 周辺の子どもたちも、不安そうに身を寄せ合いながらお姉さんの後を追いかけている。


「おまえら、気づいてるにゃ?」

「あ、やっぱり?」

「気のせいじゃなかったんだ……」

「何の話なのじゃ?」


 不意にノーチェが真剣な表情を作った。


 シャオ以外はぼくたち……というか子ども組を見つめる視線に気づいていたらしい。


「建物の陰から気配を消して、誰か子どもたちを覗ってる奴がいる。たぶん騎士とは別」

「なんじゃと!? まさか黒の牙のやつらが!」

「違うと思う」


 タイムラグを考えても早すぎるし、ぼくたちを狙うには騒ぎの規模が大き過ぎる。


「せっかくああいうのから離れられたと思ったのに、最悪にゃ」

「……時期的に仕方ないのかもね」

「どういうこと?」

「対処が迅速すぎる」


 考えてみれば、1区画でやる祭りで起きた騒動にしては対応スピードが速すぎる。


 騒動が発生してまだ30分も経っていない。


 なのに大盾持ちの重装備の騎士団が駆け付け、慣れているように避難誘導が行われた。


 まるで今回の騒ぎを想定していたようだ。


「祭りに向けて諸外国から人が集まってる。獣人の居住区が狙われるのはよくあるのかも」


 少なくとも光神教発足以後、獣人の歴史は奴隷狩りとの闘いで染まっている。


 今まで旅してきたラウド王国やパナディアは西側でもかなり緩いほうなのだ。


「どこまでも追いかけてくるのにゃ」

「さいあくー……」


 ノーチェとスフィはげんなりとした雰囲気でため息を吐いた。


 せっかく差別と偏見に満ちた土地から離れられたと思ったのに、追いかけてきた感じがして嫌になる気持ちもわかる。


「まぁ、ただでやられる訳じゃなさそうだから」


 目的地に近づいてきたようだ。


 青いマントに星マークふたつ、純白の鎧を着た騎士たちが教会のような建物を守っている。


「そんな顔しなくても、たぶん光神教じゃないよ」

「にゃ?」


 三角形の屋根の先端に掲げられているのは光神教のシンボルである十字架ではなく、星を抱える竜のオブジェ。


「ここって……」

「星竜教会」

「みなさぁ~ん! よくがんばりましたね~! えらいです~!」


 足を止めた黒兎のお姉さんが手をたたき、笑顔で子どもたちを褒めている。


「さぁ~、お母さんやお父さんたちと一緒に教会に入りましょうね~、竜騎士様たちが守ってくださいますです~」

「おとうさん!」

「急いでこっちに!」


 隣の列にいた大人が飛び出してきて、子どもたちを引き連れて教会の中へ入っていく。


「おい早く入れろよ!」

「押すなって! 酒くせぇ」

「なんで半獣どもが先なんだ!」

「ええい! 静まれい!! 子どもと子連れが優先である!」


 押し合うように我先にと教会に群がるおじさんたちを一際大きな鎧の騎士が一喝する。


 すごい音量に耳がキーンってなった。


「アリス、うちらも行くにゃ」

「アリスちゃん、ちゃんと捕まってる? いくよ」


 ふらふらしていると、フィリアに注意された。


 因みに当然のようにここまでフィリアに背負われ、ノーチェとスフィに前後を固められていた。


 なんかもう、慣れてないシャオを除いて自然とこの陣形になるね。


 陣形のまま進むと、背負われたままのぼくに気づいたのか黒兎のお姉さんが声をかけてきた。


「おやや~、怪我しちゃったです~?」

「あ、違うにゃ」

「アリスね、お病気なの」

「ふわぁ、そうですかぁ~、奥のベッドを貸して貰うといいですよ~。せっかく卵祭りに来てくれたのにごめんなさいです~」


 病気ではないんだけど?


 なんか『闘病中にたまたま行けたお祭りでこんな目にあった子』みたいな流れになってる。


「アリスちゃん、疲れてない?」

「もうちょっとだからね、疲れたらフィリアに言うんだよ」

「ぼくを背負って早足で逃げてたフィリアより、なぜ背負われっぱなしのぼくの体力が案じられるのか」

「おぬしはもうちょい自分を省みるべきじゃのう」


 申し訳ないけど、シャオにだけは言われたくない。


「ぼくは健康だし、タフなオオカミだし、ワイルドウルフだし」

「おまえのバイト先の治療師に入院するように説得してって言われてるにゃ」

「あ、それスフィも言われた」


 あの治療士め、とうとうそんな姑息な手段を。


 もう無理して旅しないし、落ち着いたら自宅療養で十分だって。


 作れる薬も処方も自分でやるのと治療院でやるの大差ないんだし。


「なんでアリスに直接言わないのじゃ?」

「階梯差で黙らせた」

「うわぁ……」


 持つべきものは権力パワーである。


「フィリア急いで、アリスちょっとぐったりしてるから」

「うん……あ、確かにちょっと熱っぽいかも」


 態度に出さないようにしてたけど、流石にこんな薄着で密着してると伝わってしまうらしい。


 短い時間だったけど、お祭りではしゃいだからかな。


 そんな感じで駄弁りながら、ぼくたちは他の子どもたちに混じって星竜教会の門を潜る。


 ……着替えるタイミング、完全に逃したなこれ。

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