避難

「魔獣の暴走だ!」

「道を開けろ!」


 暫く様子を見ていると、騒動と悲鳴がこっちに近づいてくるようだった。


「移動型っぽい」

「どういうことにゃ」

「魔獣の暴走とか聞こえる」

「……ざわめきしか聞こえない……耳には自信あるんだけどなぁ」


 片付けを始めながらフィリアがぼやく。


 そういえば耳が良いはずの兎人族の人たちも、何事かと気配を伺ってるだけで逃げようとはしてない。


 単純な聴力ならぼくとフィリアで差なんて無いと思うんだけどな。


「音からして大型が近づいてきてる。運搬用の魔獣でも暴れた?」

「でっかい足音とざわめきはわかるかな」


 「瓦礫の下に脚を挟まれてる!」「誰か手伝ってくれ」みたいな叫びも混じってる。


 被害はそれなりに大きいみたいだ。


「運搬用のオーガオクスが暴れてるぞ!」

「女子供を避難させろ!」

「ど、どけ! 俺が先だ!」

「おい! 押すな!」

「おい酔っ払いども! 女子供が先だろ!」


 情報が伝わってきて、広場がざわめきだす。


 酔いで顔を赤らめて兎人バニーの尻尾を追いかけていたおじさんたちが、我先に逃げ出そうとする。


 それを真面目そうな若者が咎めて、こっちでも喧嘩が起こりそうだ。


「……アリス、オーガオクスってなんにゃ?」

「確か運搬に使われる魔獣だったはず」


 でっかい牛みたいな魔獣で人に馴れやすく、主に平野での運搬役として活用されてる。


 見た目の厳つさとパワーの割に性質は大人しくて、めったに暴れることはない。


 はずなんだけど……。


「取り敢えず離れるにゃ!」

「……うん」


 なんだろう、避難はすべきなんだけど……しっくりこないな。


「みなさーん! 落ち着いて誘導に従ってください!」


 祭りの係員らしき兎人の女性が声を張り上げて誘導している。


「なんでこんなめでたい日に……」

「ついてないな」


 ぼやきながら移動する客たちに混じってお姉さんの方へ向かう。


 ……ふむ、背中に視線を感じる。


 でもこの騒ぎの中だと正確な音までは拾えないな。


「誰かこっち見てる、警戒したほうがいい」

「火事場どろぼーかなぁ?」

「ろくでもないやつらにゃ!」

「だといいんだけどね」


 星竜祭に向けて外国から来訪者が増えるこの時期、集まるのは貴賓ばかりじゃない。


 騒ぎに乗じて"善くないこと"を考える輩が混ざり込むのは必定。


 この時期はめったに自治区から出てこない珍しい種族も、祭りに乗じて聖都に集まる。


 なので余計に悪い虫が寄ってくるわけだ。


 ここまで来ても誘拐犯との戦いが続くとは、げんなりしてくる。


「近くに避難所がありますですぅ~! 慌てないでくださぁ~い!」


 進行方向でバニースーツで金髪で黒い兎耳の綺麗な女性が、大きな胸を上下に揺らすように飛び跳ねている。


「ふぎゃっ! おっさん! 急に止まるにゃ!」

「アリス、だいじょうぶ!?」

「うん」


 おじさんたちの動きが止まって、危うく押しつぶされそうになった。


 スフィに抱きとめられながら顔をあげると、黒兎の女性が他の兎人にサンダルで叩かれてるのが目に入った。


「落ち着いて! 慌てずにお願いします!」

「す、すぐに強い騎士さんたちが来ますです~! 落ち着いて~! 子どもたちはこっちに来て~! 離れないでください~!」

「お、俺たちは!?」

「なんかあの姉ちゃん不安にゃ」

「わかる」


 どうやら子どもたちの誘導はあの間延びした口調の黒兎お姉さんらしい。


 ミカロルの玩具箱の女将さんを彷彿とさせる人だ、種族はぜんぜん違うのに。


 適任なのかどうか判断に困るけど……輪から外れると目立つな。


「キャッ!」

「きみ大丈夫!?」

「あぁ……ありがとっ」


 隣で転びそうになった鼠人の女の子をフィリアが支える。


「はぐれないように気をつけて」

「いっしょにいこ! 怪我したらやだもんね!」

「う、うん」


 怪我で済んだらマシってことになりかねないからね。


 子どもたちで固まりながら、大人の集団から少し外れると、黒兎のお姉さんが先導をはじめた。


「はぁ~い、みなさんいい子さんですね~。お姉さんから離れないでくださいです~」

「ほらおっさんたち! あんたたちはこっち!」


 ふらふらと黒兎お姉さんについて来ようとした酔っぱらいのおっさん達が、別の兎人のお姉さんに蹴り飛ばされてる。


 周囲に混じっていた大人がいなくなった途端、一気に歩きやすくなった。


 ……なるほど、歩幅が違うのを無理に列にしようとしても混乱する。


 そうなった時に真っ先に怪我をするのは子どもだ、敢えて集団を分けるのは理に適ってる。


「整列! 抜剣!」


 背後でまるで雷のような大声が響く。


「騎士さんたち?」

「そうみたい……うわぁ、でか」

「なんじゃ……おおお、でかいのじゃ!」


 ちらりと背後を振り返れば、大盾を構えた鎧姿の騎士と兵士たちが密集陣形を組み、小屋ほどの大きさがある牛と対峙していた。


 ていうか普通に突進受け止めてるし、一般兵からして練度が違う。


「ここの騎士の兄ちゃんたち、めっちゃ強いにゃ」

「みたいだね」


 そういえばアルヴェリアって大陸東方随一の軍事国家だっけ。


 竜の加護で豊か過ぎる土地を巡って、魔獣や侵略者といつも戦ってるから。


 情報としては知っていたけど、実際に見てみると納得だ。


 暴れ牛の方はひとまず大丈夫そうだ。


 あとは……。


「いっちにいっちに! みなさん転ばないように気をつけてくださいです~!」


 際どい格好で胸を揺らしながら走るせいで、おじさんや一部男児の視線を集めているこの黒兎お姉さんが、余計なトラブルを招かないことを祈るだけだ。


「ふん! すぐに追い抜いてやるのじゃ!」

「競争なら負けないもん!」

「列からはみでないように」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る