活気のある街

 不思議な事が起こった。


「ここどこ」


 なぜチーズを作ってないのか、その疑問が解消した勢いでちょっと物思いに耽っていたら、知らない場所に瞬間移動していた。


 ぼくは移動した覚えがない、なんだこの怪奇現象。


 アンノウンの仕業?


「兎人街の中央広場だよ、休憩しながらみんなで食べてたの」

「ほんとに気づいてなかったにゃ?」


 みんなは広場の東屋に設置された小さなテーブルを囲んでいる。


 ぼくもその中の1席に座らされていた。


 ってことはいつの間にか運ばれてたってことか。


 ……馬鹿な、一体どうやって気配も感じさせずにぼくを。


「覚えてるのはスフィたちが何かを運搬する相談してたこと、お昼を食べたら奥にあるお祭りの催し物を見に行くってことと、今日はいくらまでお小遣い使っていいか相談してたことくらい」

「おぬし、とぼけておるだけでしっかり状況わかっておるじゃろ」

「どうしてそれで自分が運ばれてる事に気付かないにゃ」


 どうしてと言われても、意外と自分のことなんてわからないって言うし。


 でもまぁ怪奇現状とかじゃなくてよかった。


「原因わかって安心した」


 一安心したところで、時間もあっておなかがすいてきた。


 小さなテーブルの上に取り分けられている自分の皿とフォークを手に取る。


 やっぱりこれもプラスチック素材だ、これだと町中にもプラスチックが多用されてると見るべきだろう。


「やはり自分の皿も把握しておるのじゃ!」

「……間違ってた?」

「間違っておらん!」

「アリスがよくわからんのはいつものことだけどにゃ」


 ならよかった。


 食べ物の奪い合いは関係を壊すから。


「アリス、卵スープもあるよ」

「いる」


 大きめのカップに、レードルが沈んでいる。


 スフィが小さな紙コップサイズの容器に取り分けて、目の前に出してくれた。


 色は琥珀色で具は殆どない、白と黄色の卵の帯が泳いでいる。


 匂いからして野菜系のコンソメがベースか。


 味は薄めだけど美味しい。


「それにしても、アルヴェリアのメシは美味いにゃ」

「文武芸術、錬金術に美食……東大陸で最も栄えていると言われておる国なのじゃ、流石じゃのう」

「北の港と飛竜船があるから、他の国からたくさんの品物が入ってくるんだって」


 みんなそれぞれ、いつの間にか身につけた知識を披露している。


「ノーチェのそれ、なあに?」

「この生地に、卵とベーコンと青い葉っぱを挟んで食べるにゃ」

「似たような料理なら知っているのじゃ」


 卵とベーコンは普通だけど、ノーチェの手にしているレタスに似た葉っぱがほんとに青い。


 青々としてるみたいな、緑色の表現じゃなく本当の青、ターコイズブルーだ。


 ここまでいくとちょっと怖いんだけど。


 生地はもっちりした小麦のもので、パンというよりナンやブリトーに近いかも。


 ……ますますチーズが欲しくなる。


「ほー」

「うむ、ミインという穀物の粉で作ったミインジーという生地での、具材を包んで食べるのじゃ。薄くて中身が透けて見えての、面白いのじゃ」

「ラオフェン料理、ちょっと興味あるけど」


 404アパートに置いてある日本料理の数々、シャオが居る時に少しずつ小出しにしてるんだけど意外と驚いた様子がない。


 和服っぽい装束もあるし、日本に似た調味料や作物があるのかもしれない。


 もしも短粒種……いわゆるジャポニカ米があるのに黙っていたら狐わからせ棒を振るうことになるかもしれない。


「アルヴェリアでも食べられると思うのじゃ、大昔に分かれた分派が北の方に行ったと伝え聞いておるからのう」

「獣人自治区の方かな」


 アルヴェリアには、魔王に滅ぼされた獣人王国ビーストキングダムの生き残りが集まる獣人自治区がある。


 確か狼人族の将軍が代表として割譲された土地を治めていて、アルヴェリアとの関係は非常に良好なんだっけ。


 たぶん獣人であるぼくたちなら簡単に入れると思うけど、アヴァロンからは距離がある。


 場所は西の海側にある森林地帯の一部だったはず。


「さすがに自治区まではいけない、しばらく旅はいい」

「それは同感にゃ、ちょっと落ち着きたいにゃ」


 好き好んで旅をする人もいるけれど、ぼくたちにとって旅の負荷は非常にでかい。


 移動手段が発達して多少安全にはなったけど、本来の旅っていうのは10人出て半分戻ってこないようなもの。


 正直、4人で旅立った時はアルヴェリアにたどり着くまでに誰かひとりは欠けてる覚悟をしてた。


 それが仲間も増えて、全員五体満足でたどりついた。


 暫くはこの安寧を享受したい。


「この街だけでもおっきくて探検する場所いっぱいだし」

「7区だってまだ全然回れてないにゃ、見る場所多すぎにゃ」


 左右に横断するなら子供の足で2日程度だけど、じっくり見て回るなら区ひとつに最低数日。


 7区は勿論、最初に拠点としていた8区すら殆ど把握できてないのが実情だった。


「そういえば、7区は拠点としてどう?」

「距離は遠くなったけど、いい街にゃ」

「宿もかわいかったよねー」


 ひとつの区切りとして、雑談に混じって聞いてみる。


 みんな7区での生活に慣れてきてはいるようだ。


「アリスこそ治療院はどうにゃ?」

「ひどいことされてない?」

「平気、いいところ」


 こういう仕事をする上での悩みはあるけど、職場環境としてはとてもいい感じの場所だ。


 同僚はみんないい人だし、スフィの言うひどいことなんてされてない。


 いや、まった。


「スフィ、ひどいことって例えば?」

「ひとりで椅子に登らされたり、おトイレまで抱っこしてもらえなかったり?」

「…………」

「過保護すぎ……と言ってよいのかのう?」

「微妙なところだと思うにゃ」

「アリスちゃんだし……」


 ひそひそ話、ぜんぶ聞こえてるんだよなぁ。


 流石に今はその程度で倒れたりしないんだけど。


「さすがに……」

「キャアアアアアア!」


 悲鳴が割り込んだのは、ぼくが反論しようとした時だった。


「何にゃ?」


 反射的に耳を動かして音を探る、道の向こうからざわめきと破壊音、それから悲鳴が聞こえてくる。


「なんか騒ぎみたい」

「事件にゃ!?」

「事件なのじゃな!?」

「貸衣装で暴れるのは無しで」


 見に行きたいとうずうずしているノーチェとシャオを止める。


 服は原則高いのだ、避けられるトラブルで破損して修理費が発生するのは勘弁して欲しい。


「暫く様子見て、必要があれば避難に一票」

「スフィもそれに賛成」

「わ、わたしも!」

「ぐにゅ、仕方ないのにゃ」

「つまらんのじゃ……」


 賛成多数によりぼくの提案が可決され、逃げる準備だけすることにした。


 時期も時期だし、ただの喧嘩だといいんだけど。

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